Chapter1 -桜のない世界-
ここは、桜の咲かない世界。――いや、咲かなくなった世界と言ったほうが適当だろうか。
桜ってのは昔、1つの桜の木から接ぎ木とやらで世界中に増やされていったらしい。
つまり、かつて世界中にあったらしい桜は同じ遺伝子の所謂クローンというものらしい。
それらの桜は同じように美しく、全ての桜に人を魅了する力があったとか。
その桜がある日、一斉に枯れたらしい。
『春樹……』
――ところで、何でオレがガヤガヤと賑わう教室の隅で1人、こんな説明じみた感慨に耽っているかというと。
『ねえ、春樹……』
――夢を見たんだ。もう、ここにはないはずの桜の木、その下でみんなと笑いあっている夢を……。
『おーい』
――あ、みんなと言っても、知ってるのは1人だけで、他の何人かは知らない人だったけど。
「ねぇ……」
さっきからオレの肩を揺らしていた手が離れたかと思ったら、さっきまでとは違う低い声が聞こえてきたりして……。
「っー……」
はい、いきなり肩を殴るのはやめて下さい。地味に痛いのが続きます……。
「何だよ、小鳥」
肩をさするオレの目の前に立っているのが夢にでてきた1人だったりするのだが。
名前は小鳥。――じゃなくて、小鳥遊桜。陸上部所属。顔はまだまだ幼さを残した感じで可愛らしく、髪は短めで陸上してる時だけ髪をくくるとかくくらないとか、性格は基本的に明るくて面倒見がいい。
学年の男子には、かなりの人気で、――親同士が仲良く、家は隣、生まれた日も一緒、ゆえに幼馴染なオレは学年の男子から命を狙われてるとか……。
「今日の晩御飯、何がいいか考えといてね。あ、買い物は手伝ってよ」
あー、今日は親が……。というか、皆さん、急に静かになるの止めて下さい……。
「あ、うん……」
またね、と立ち去る小鳥……。ひそひそと話し始める女子たち……。――そして、小鳥が教室から出るのを待つ男子たち……。
「いや……。違うよ」
殺気だった目でオレを睨む男子たちを尻目に後ずさると……。
軽く肩を叩かれて振り返ると。
「いや、わかってるんだよ。お前ら幼馴染だし親が仲良しだもんな。どうせ、親同士で旅行とかそんなノリだろ……?」
口の端をひくつかせながら、肩の手に力を入れて問いかける友人その1……。
その通りですよ。わかってるならそんなに睨むのやめてくれ……。
「わかってるんだけどさ。ほら、小鳥遊さんの手料理食べたいじゃん。羨ましいじゃん? だから、1発殴らせろ」
「あはは……」
――しばらくしてオレは、何とか廊下に出て走った。全力で。
その後ろを何人もの男子が追いかけて……。
「1発、1発だけでいいからさ」
後ろで誰かが叫ぶと、何人かの賛同の声があがり……。全員に1発ずつ殴られたら、何発殴られるんでしょう……。
「逃げるな、ロリコンやろー」
ロリ……って、関係ないだろ、べつに……! 何で、そんな趣味を公開されなきゃならんのだ。
「他の奴ならまだしも、何でお前みたいなロリコンに」
オレ、泣くよ? 泣いてもいいよね? つか、ロリコンの何が悪いんだよー。
ん? 何か、静かになった……? 後ろばかり気にしながら走っていたオレが悪いんだけど……。
目の前に女の子が2人……。もちろん、オレは全力疾走中で止まれるわけもなく……。