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孤児院トリオの祝賀会

 王族同士のゴタゴタに巻き込まれ、、助けてやった仲間に裏切られ、大勢に殺されかけた。


 聖剣一本を盗んで金にしようとしただけなのに、とんでもない事に巻き込まれたものだ。


 しかし結果だけ見たら上手くいったどころか、有頂天になって騒いでも可笑しくないほどに稼げた。


 聖剣をマオが金貨千枚で買い取り、エルンを黙らせる拷問の依頼金が弾み、マオ個人から今後の付き合いやダンジョンで守ってもらった事への謝礼金が支払われたのだ。


 歴史あるアンサング史上一の売り上げだという計算も出ており、騒ぎたいのだが、まだ再在籍していないし、もう大人だろうと言い聞かせつつ、盗賊として、大金を前にした興奮に揺れていた。


 更にこんな大金を手にして、エルンを退けたことで一気に次期国王候補となったマオと親密な関係が築けたのだ。


 とんでもない結果に、なんとか俺も騒ぎたい気持ちを押さえていたのだが――


「そーれそれそれ! 飲め飲め飲め!! 飲んで食って騒いで、なんなら一夜の間違いを起こしてボクを抱いて既成事実作っちゃえ!!」

「最後の方はやらないが、まぁほどほどに飲んで騒ぐのは賛成だ」


 俺は抑えていたが、クロノは知った事ではないようで、次々と届けられる金貨の山から乱雑に財布いっぱいにしまうと、イベルタルの高級酒場に繰り出した。


 俺とレイナを加えての祝賀会という事だが、実際は騒ぎたいだけだろう。


 なんやかんやで、クロノはアンサングのトップだ。普段から気を張ることも多いだろうし、命を狙われたっておかしくない。

 しかし、ここにはクロノが酔いつぶれても守る事の出来る俺と、酒を飲まないのでシラフの聖女たるレイナがいる。


 クロノとしても久しぶりに羽目を外せるのだろうからと、俺とレイナはジャンジャン飲んでいるクロノに心の中で「お疲れ様」と告げていた。


「しかし、流石は高級店だな。蒸留酒だったか? 初めて飲んだが、味も香りも素晴らしいな」

「オマケにガツンとキツイだろう? なんとコップ一杯分を作るのに、原酒を何倍も使わないと作れない代物らしいからね」

「酒の旨味とキツさが凝縮されてるってわけか。贅沢な品だな。孤児院にいた時の俺たちに話しても信じてもらえなそうだ」

「レイナは信じるんじゃない? 相変わらずミルクしか飲んでないし」


 話を振られたレイナだが、コホンと咳払いしてから答えた。


「聖女として身を律するのは、今も昔も変わらない私の生き方ですから。それは誰かに強いられたものでもなく、神より常に選択を委ねられ、私自身が選び取った生き方なのです。それに、酔いに心を奪われていては、人々の祈りに応えることなどできません。聖女として、私は常に澄んだ心であるべきだと信じていますから」


 俺たちが盗賊としての生き方や価値観を改めないように、レイナもまた、聖女としての生き方を譲る気はないようだ。


 とはいえ、レイナは真面目な顔から少し微笑むと「しかし、成すべきことを成した後なら、多少の事なら神もお許しになるでしょう」と言い、薄めたリンゴ酒のジョッキを手に取った。


 俺とクロノも察してか、それぞれジョッキを手にする。


「孤児院時代からの腐れ縁に乾杯」


 俺がそう言えば、三人で酒を飲む。そうしてジョッキを置くと、レイナもクロノも頬を赤らめていた。


 しばらくはそんな調子で、飲んで騒いでと時間が過ぎ去っていったのだが、クロノが思い出したように「酔いつぶれる前に伝えておくよ」と口にした。


「今もこうして騒いでいるわけだけど、マオから連絡があってね。次期国王になるために開く夜会にボクたちを招待するってさ」


 王族の主催する夜会への招待に、思わず酔いも覚めるところだった。


 クロノも流石に場違いだからと断ったそうだが、こうして次期国王を早い段階で狙えるようになったのは俺たちのお陰だと深く感謝しているようで、どうしても出席してほしいという。


 聖剣を盗んでからというもの、部不相応な出来事ばかりだなと思いつつ、俺とレイナは了承したのだった。


 特に、レイナは「あの方なら、きっと良き王になってくださる」と信頼を込めた言葉を漏らしていた。


「……Sランクの清い聖女と、若くて聡明な新たな王か」


 ふと漏らした言葉は、レイナには聞こえていない。

 ただ、耳が命であるクロノには聞こえていたようだ。今の言葉を聞けば、俺はレイナから身を引き、クロノを選ぶことを察せるだろう。


 しかし釈然としないようだった。これで俺がクロノを選んでも、それは消去法のような選び方だからだろうか。


 しばらく言葉を探すような迷うそぶりを見せてから、諦めたのか「あともういくつか話があるよ!」と、誤魔化していた。


 とは言っても、切り出される話はあまり明るいものではなかった。


 レイナの母親と、孤児院についてだった。


 なんでも、レイナの母親はイベルタルを出て、自然豊かな地で療養中とのことだ。

 アンサングが手を回したとのことだが、完治には至っていない。あくまで延命措置らしく、回復術師の用意も難しいとのことだ。


 それを聞き、レイナには更にマオと親密になってもらえれば、王族御用達の回復術師を斡旋してもらえるのではと思ってしまう。


 ジョッキに映る自分の情けない顔に嫌気がさして飲み干すと、クロノはもう一つ伝えることがあると、今度は溜息交じりにして、神妙な顔つきで口にした。


「孤児院だけどね、もう長くないみたいなんだ」

「なに……?」


 思わず聞き返すと、クロノは残念そうに続ける。


「ボクたちがいた時ですら聖女様が一人で孤児の面倒から掃除とかの雑務までこなしていたんだ。ボクたちは大人になって成長したけど、聖女様は年老いてしまった。それでも無理をしているから、はたから見ていても、今にも倒れそうなほどだよ。それに、国からの支援金も年々減ってるから、どっちみち長くはもたないだろうね……」

「……そう、か」


 聖女様が過労で倒れるか、金策に窮して孤児院が潰れるか。

 俺たち三人が出会い、そして育った場所だけに、どうにか助けたい。


 だがアンサングの長であるクロノがこう言っているということは、裏社会からの援助は相変わらず断っているのだろう。


 本当に潔癖で、誰に対しても平等で、誰一人見放さない。自分が倒れてでも、孤児を救おうとしている。


 俺たちのような盗賊が手にした汚い金では助けることはできず、イベルタルの王族に任せていては、支援金がなくなり潰れてしまう。


「……マオなら、なんとかしてくれるかもな」


 ふと漏らした俺の言葉に、クロノもレイナも頷いていた。


 レイナの言葉を聞き入れ、聖剣を手にしたマオなら、目の前の命を救ってくれるはずだ。


 聖女様の言葉を綺麗事で片付けたクロノも、俺より先に引き取られたレイナも、生き方を否定された俺も、孤児院を救いたい気持ちは同じだ。


 だとするなら、先ほどのマオからの誘いの場を利用して、少しでも次期国王に押し上げる手伝いをするべきだろう。


 俺たちは頷き合うと、騒ぐのを切り上げ、店を出たのだった。

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