【第一部終章】聖剣は誰の手に②
「盗賊が逃げたぞ!」「追え! 逃がすな!」「マオ殿下も殺害してかまわないとの命令だ!」
なんてダンジョンの中が魔物ではなくエルンに従う騎士たちの声で騒がしい中、マオを含めた俺たち四人は入り組んだ迷路のような道を走って逃げていた。
「あーもう! なんでこんな下っ端みたいな逃げ方しなきゃならないのさ!」
「堅気二人抱えてんだから仕方ねぇだろ!」
クロノの言う通り、こんな当てずっぽうにバタバタ走って逃げるなんていうのは下っ端盗賊のやることだ。
俺とクロノだけなら、どこかに身を隠して逃げたように見せかけてからエルンを始末し、ダンジョンの出入り口を壊し、なんなら騎士連中を生き埋めにして逃げることもできる。
だが、ここには体力のないレイナとエルンの暴虐を許せずダンジョンから頑なに出ようとしないマオがいるのだ。
レイナのペースに合わせ、マオを説得し、追ってくる連中をあの手この手で煙に巻いているが、このままではいつか追い詰められてしまう。
かといって、聖女ゆえに殺されないだろうレイナと勝手にすればいいマオを残して逃げたら、今度はアンサングが危なくなる。
マオという王族の後ろ盾がなくなれば抗うこともできずに潰されるだろうし、レイナが攫われたら人質にされてしまう。
だから見捨てられるわけもなく、一緒に逃げている。
しかし、盗んだり逃げたりが専売特許の盗賊では、二人を守りつつ騎士の相手までできないのだ。
「本当にどうするのさ!? 考えてた悪い目が全部出ちゃってるよ!?」
「ここが賭場だったら、今頃丸裸にされて奴隷船と娼館送りだな……」
「むしろ賭場なら逃げられるのに!」
なんて、ああでもない、こうでもないと喚きながら逃げていると、マオが立ち止まった。
なにしてるんだと怒鳴る前に、マオはエルンがいるだろう広間の方角を見据え、言った。
「君たちをこのような事に巻き込んでしまい本当に済まないと思っているが、やはり私には、あの愚鈍な兄をこのまま放っておくことはできない」
「それはボクたちも同じなんだよ! アイツにいい顔されたままだと、アンサングだって存続が危ういんだから!」
「……だからこそ、この手でケリをつけなければならない」
戦う気なのだろうか。だとしても、戦力差は圧倒的だ。
いくらマオが剣術に優れていようと、数の暴力には勝てない。ジルやピアもいるので、仮に騎士たちの注意を引けたとしても、まともな勝負ができるはずもない。
つまりは、どうにもならない。だから逃げながらあれこれ思考を巡らせているというのに、マオは今にも一人で行ってしまいそうだった。
流石に第六王子だろうが、この状況では殴ってでも俺たちの言うとおりにしてもらう。
そう思って胸倉を掴もうとした時、マオが頭を下げた。
いや、正確には俺やクロノではなく、レイナに頭を下げたのだ。
「今回の事で、君の言葉がいかに正しいかを痛感させられた。力の在り様とは、まさに君が語る通りだったようだ。愚鈍なる者がこれ以上の力を持ってしまえば、国どころか君たちすら守ることが出来ない」
俺とクロノが訳も分からずいると、レイナは息を切らせながら、微笑んだように見えた。
「あのような方が更なる力を持てば、いずれは国すら滅ぶでしょう。ですが、正しき心を持った者が力を振るえば違うはずです」
「その通りだ。そして力を持っても振るうべき時と場所を心得るよう努力し、見極めなくてはならないだろう」
「では、その力を振るう時とはいつですか? そしてあなたの言う力とは?」
「それは、」
「あーもう!! なんでこう堅気で真面目な奴って話がまどろっこしいのさ! なんか二人で通じ合ってるところ悪いけど、もう時間ないんだよ! 煙球とかの盗賊の七つ道具だって底を尽きそうなの!! なんか考えがあるんなら手短に話して!!」
言いたいことはクロノが代弁してくれたので黙っていると、マオは「すまなかった」と詫びてから、俺へと向いた。
「まだ手付金も支払っていないが、聖剣を貸してほしい」
「聖剣を……? おいまさか、あれ一本でこの状況ひっくり返すとか言わねぇよな?」
「ひっくり返すと言ったら?」
「そいつは……たまげる事になるけどよ」
「なら”たまげさせてみせよう”」
マオは本気だ。この窮地を、聖剣一本で切り抜けようとしている。
聖剣の力は認められし者しか使えない。ヴルムは勇者の名で無理やり振り回しており、王族のエルンは手にした時に輝きはしたが、なんというか鈍い光だった。
だが、マオが持てばどうなる? この状況をひっくり返すほどの力を発現できるのか?
……可能かもしれない。そもそも、聖剣の力を否定していたということは、その強大性を理解しているということだ。
アンサングでレイナからあれだけ言われても、すぐには首を縦に振らなかった。
先ほどの広間でも、エルンに先を譲っていた。
もしその行為が、自分が持てば必ずエルンに勝るから、敢えて先に持たせて騎士を含めたあの場にいる者たちに絶対的な優位性を示すためのものだったら。
「ここが賭場なら、これが最後の賭けになるな」
俺の言葉に、クロノは本気で渡すのかと慌てていた。しかし、マオはすぐさま金貨は払うと宣言し、クロノを諫める。
「手付金などというケチな真似はしないつもりだ。全額即金で払おう。アンサングも必ず守ると誓う。代わりに、この場でアンサングの長である君に依頼を申し込みたい」
「こ、この場でかい?」
クロノは動揺しながらも、マオの依頼を聞き終えると、盛大な溜息を吐きながら「賭場の例えが適切だ」とボヤいた。
「どんなに負けてても、一回バカ勝ちしたら有利な状態からやり直せる……勝ったらだけどね」
勝ってみせる。マオの迷いなき言葉に、クロノは賭けに乗るしかないと答えるだけだった。
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逃げるのが得意な盗賊の特技として、どんな入り組んだ道でも元来た道を引き返せるよう記憶できる。
騎士たちを撒くように逃げた道も同様だ。見つからないように四人で広間へと戻る事に成功した。
とはいえ、ここにはエルンと、配下の騎士たちが大勢待ち構えている。
ジルとピアもいたが、もう仲間でも何でもないので無視した。
しかし、エルンはこちらの再訪を嘲笑うと、マオを指差した。
「我が愚弟マオ! 盗賊の手を使い私を傷つけた罪は反逆罪に値する! よって、この場で処刑とさせてもらう!」
さっきボクが叩いたことかな、なんてクロノが言う中、騎士たちが今度は逃がさないように距離を取りつつ囲んでくる。
『吸命奪力』もこれでは使えず、レイナとマオを連れて逃げることは不可能になった。
それでも、マオは一切動じることなく、エルンに激しく言い返した。
「我が愚かなる兄よ! 卑怯な手を使い、私だけではなく無関係の者たちまで巻き込んだあなたに王族の資格はない! 今回の一件、その全てを公衆の場で明かしてもらうぞ!」
資格がないと言われ、エルンは顔に怒りを映した。そりゃ、今まで第二王子として玉座に座るためにあれこれと時間を割いてきたのだ。金も使ってきたろう。
同情する気などないが、エルンもエルンで王族としてのプライドがあったのだろう。
知った事ではないし、これからそのプライドをズタズタにしてもらう。
エルンが騎士たちに「殺せ!」と怒鳴り散らすと同時に、マオは俺から受け取った聖剣の柄に手をかけた。
すると、エルンが手にした時とは比べ物にならない眩い光を放つ刀身が鞘から抜かれ、この場にいる者たち全員を釘付けにした。
誰かが「太陽だ」と言ったように、まさしく光の届くところ全てを照らす輝きは、まさに『聖剣エクスカリバー』の名に相応しい。
騎士はおろか、ジルもピアも、エルンも言葉を失う中、マオは片手で握った聖剣で虚空を斬った。
すると、聖剣から発した魔力を宿す衝撃波が広間の壁に衝突し、深き溝を作る。
片腕且つ一振りで、誰も見たこともないような、それでいて伝説に語られるような『飛ぶ斬撃』を目にした騎士たちは、剣を使う者だからか、一人、また一人と膝を折り、頭を下げ、マオへ無抵抗と忠誠の証を見せる。
そんな中、なんとか我を取り戻したエルンはやかましく「奴を殺せ! 私を守れぇ!」と、一歩一歩歩み寄ってくるマオに恐怖を抱きながら騒いでいる。
しかし、もはや誰一人としてエルンの言葉に耳を貸す騎士はいなかった。
誰もが、好き好んでエルンのような奴に従っていたわけではないのだ。騎士たる者、仕えるに相応しい相手に仕えたい。今までは大金と権力に目が眩んでいたが、それをしのぐ輝きを前に、目が覚めたようだ。
ジルとピアも戦う意思をなくして立ち尽くしているが、アイツらはあとで仲間を裏切ったとしてギルドに突き出せばいい。
問題は、これでも第二王子であるエルンだ。この場でマオに斬ってもらえると楽なのだが、それではマオが一方的にエルンの首を跳ねたとかいう噂が立ちかねない。
だが未だ喚くエルンを、ある程度は黙らせないといけない。
ということで、マオは聖剣をエルンの首元に突き立てると、喚くその口を閉じるように強く命令した。
「これ以上王族の血が流れる身で醜態を晒すとあれば、即刻首を跳ねる。命が惜しければ、我が命に従え」
聖剣の威光と、それに従う騎士たち。そして王となるべく鍛錬を積んできたマオの畏怖に満ちた顔と声に、エルンはとうとう膝から崩れ落ち、哀れにも失禁しながら泣き喚き「命だけは!」と懇願したのだった。
「……なんか、ボクたち場違いじゃない?」
「奇遇だな。こんな英雄譚に出てくるみたいな場面に盗賊がいるなんて聞いたことないからな――だが、ここから先はお前の仕事だろ?」
マオが振り返り、クロノの名を呼ぶ。俺の言った通り、ここから先はクロノの領分――アンサングに依頼された依頼の時間だ。
「ボクの管轄じゃないんだけど」とぼやきながら、トップだから仕方ないと、クロノはマオとエルンの元へと向かっていった。
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「じ、実はアタシはエルンの奴に……」
「わ、私も……」
ジルとピアが性懲りもなく目の前にやってきたことに呆れかえりつつ、どうするか考えてから言葉を出す。
「……お前に任せていいか?」
ダンジョンから出て、マオがクロノと共に騎士を従えながらエルンを連れて行くのを見送ってから、駆け寄ってきたあの二人に呆れを通り越して言葉ではなく手が出そうになったので言うと、レイナが「はい」とすぐ答えた。
スゥッと息を吸い込み、何かを言いかけたが、それは溜息となって消えた。
レイナも呆れすぎているようで、両手を合わせて「神よ、しばし目をお瞑り下さい」と口にしてから、目を見開くと手を振りかぶってジルとピアの頬を引っぱたいた。
「東国の仏なる神は三度目まで罪を赦すと聞きましたが、私が仕える神はそこまで寛容ではありません!! これ以上何か言いたいのであれば、修道院で身を清めてからにしてください!!!」
おお、長い付き合いだが、こんなキレ方は見たことがなかった。
てっきり言葉で諫めると思っていたが、まさか暴力に訴えるとは。
まぁやらかした事から考えれば優しい方だ。
それでもまだ食い下がろうとしてくるので、仕方なく俺が言ってやる。
「テメェらも、エルンと同じ目に遭いたいのか?」
言うと、二人とも顔を真っ青にしていた。
「……金輪際、俺たちに関わるな。ヴルムにも似たようなこと言ったが、次は命を盗むからな」
そのままへたり込んだジルとピアとは、もう会うことはないだろう。
下手にイベルタルに戻って俺かクロノの考えが変われば、先ほど言ったようにエルンと同じ目に遭わされるかもしれない。
それだけは嫌だろう。なにせエルンはこれから、マオの許しを得てアンサングの『拷問チーム』によって、決してマオに逆らったり王座につこうとする意志を抱けなくなるくらい過酷な拷問を受ける。
何度か後学のために同席させてもらったが、男だろうが女だろうが、それはもう、身体の穴という穴を……
「……やめた」
何度か見てから、俺は絶対にあんな目に遭いたくないし、やる側に回るのも嫌なので盗賊稼業を続けたのだ。クロノは命令する側だが、拷問相手が相手だけに同席するだろう。
とても嫌そうな顔をしていたが、こればかりは仕事だ。マオからも相当な金が聖剣とは別に入る。
とはいえ、これで聖剣を盗んだことによるゴタゴタからようやく解放された。
隣に立つレイナと、道の先にいるクロノとを見比べながら、まだ答えを出せない自分に情けなさを感じつつ、思いもよらぬ繋がりが生まれたマオという存在とのことも考え、帰路へ着いたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!!
これにて『第一部』は終わりとなりますが、すでに十万字想定のプロットは完成し、執筆も進めております。
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