【第一部終章】聖剣は誰の手に①
「だ、第二王子と第六王子の……!」
「護衛ですって……!?」
イベルタルを観光していたジルとピアを宿泊している宿に連れて行き、これまでの経緯とこれからの依頼について話した。
知られると面倒なアンサングとの関係やクロノの正体は伏せたが、例え伝えていても頭に入らないだろう。
開いた口が塞がらない様子の二人だが、もはや頭を整理してもらう時間も惜しい。
クロノを加えた五人でマオとエルンの身を最優先で守るための陣形や作戦を練ると、ダンジョン攻略に向かうため合流地点へと赴く。
『二人の王子を危険なダンジョンで守れ』なんて無理を言ってくるくせに、出発がその日の午後だったので、とにかく急いだ。
そうして合流地点の市壁前に着くと、マオとエルンを守るためか、沢山の騎士が待っていた。
国の未来を担う二人の王子を守るので戦力が多いに越したことはないのだが、それにしても多すぎるのは気のせいだろうか?
腕を組んで考えていると、クロノが他の三人の目を盗んで話しかけてくる。
「……メネス、あそこにいる騎士たちだけど、ほとんどがエルンの側近でエリートだよ」
「それがどうかしたか?」
「杞憂かもしれないけど、ちょっとね……第二王子エルンは立場に胡坐をかくだけのデブ王子じゃなくて、イベルタルの貴族たちに裏で金を流したり、自分に異を唱える相手はアンサングを使わないでも始末させるような狡猾な奴なのさ。ここまで話せば、君なら今までの事からなんとなく悪い予想はつくんじゃない?」
裏社会で大金や宝の絡む仕事では、物事は常に悪い目が出ると思っていた方が長生き出る。
クロノからの情報と、マオやエルンがアンサングに訪れてからの事を思い返して、この先のダンジョン攻略で悪い方へ事が進んだ時の事を考えると、目を細めて言った。
「そんな相手が可笑しな条件で聖剣の持ち主を決めようと言ってきて、向かう先は危険なダンジョン。しかしエルンは側近に守られるが、マオは見たところ護衛に見える騎士をほとんど連れていない。急なことで用意できなかったか、末席王子だからそもそもからして味方が少ないか……」
「その少ない騎士だって、買収されていてもおかしくない。なんにしても、都合の悪いことが起こったときにマオを守れるのはボクたちくらいだってことさ」
それだけの条件が揃えば、一つ最悪の予想がつく。
ダンジョン内でマオの側近たちもエルンへつき、聖剣をどちらが使いこなせるかなどという勝負ごと潰してくるということだ。
この場合、反乱分子となるのは俺たち黒翼の竜だが、エルンからしたら構成員は割れており、戦いとなったときに役立つ戦闘向けのジョブを持つジルとピアならその場で買収できる。
マオ側へ残るのがSランクとはいえ盗賊二人と聖女では戦いになるはずもなく、聖剣はエルンへ渡ることになるだろう。
最悪、口封じのために黒翼の竜は始末されてもおかしくない。
まぁもしそうなったら、俺とクロノなら逃げられる。レイナはこれから玉座を狙うエルンからしたら神に認められたSランクの聖女なので、殺したらどんな神罰が下るか分からないので生き残れるだろう。
となると死人が出るとしたら、買収されていても切り捨てられるだろうジルとピアだ。いや、ダンジョンでの不慮の事故ということで、マオも殺されてもおかしくない。
様々な予想を立てていると、分の悪い方につく確立だけが上がっていく。
レイナたちにも伝えるべきかと思ったが、あくまで予想であり、実際に決闘の如く聖剣の持ち主を決めるかもしれない。
そうであってくれと願いながらも、最低限の保険はうっておこうと、出立前のエルンとマオへ歩み寄った。
「アンタら二人の内、どっちかが聖剣を手にするわけだが、正当な持ち主が決まるまでは俺が管理させてもらう」
エルンは僅かばかり顔をしかめだが、別に構わないと言った。
マオに関しては、中立である俺が持つことには大賛成のようだった。
そうして、俺は聖剣を盗賊のスキルである『エクストラポケット』を発動してしまっておく。
エクストラポケットは、魔力で創られた空間内にアイテムなどをしまっておけるスキルだ。
盗みに入った際、手に入れたものを持ち歩いていては俊敏性も攻撃もできないので、基本的にはこの中にしまっておき、逃げ伸びるために使う。
発動者である俺しか開くことも閉じることもできないため、最悪追い込まれても聖剣を盾にすれば殺されることはない。
とにかく、限られた時間で打てる手は打った。市壁の外へ騎士たちに守られたマオとエルンが出て行くと、念のために前衛としてジルとピアをその先に配置する。
俺とクロノはいつでも逃げられるように最後尾からついて行きつつ、レイナもまた俺の近くにいる。
このあと、ダンジョンでどんなことが起きるかいくら予想してもキリがないが、到着までの半日はクロノと共に様々なケースを話し続けたのだった。
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ダンジョンは、A級冒険者で構成されたパーティーで挑むレベルの難易度だった。
Sランクだが戦闘向きではない俺やレイナ、それとクロノは戦うことなく、常に最後尾を陣取っている。
一方、最前線で剣と魔術を使うジルとピアは、騎士たちと共に雑魚を蹴散らしていき、やがて開けた間に出る。
ボスエリアではないようだが、大型の魔物が多数見受けられた。
どうやら聖剣の試し切りはここで行うらしく、エルンが聖剣を渡すように迫ってきた。
チラリとマオを見れば、異論はないようだ。魔物を足止めする騎士たちの身を案じてか、むしろ早く出すように急かした。
「ほらよ」
色々と考えはあるのだが、この場で聖剣を出し渋っても意味はない。
エクストラポケットを開き、聖剣を取り出す。
マオとエルンのどちらが先に使うのかは知らなかった……というより、こういう場合は立場が上のエルンからだろうか。
案の定エルンが迫ってきたので渡してやると、聖剣が鈍い光を発した。
認められし者が持てば光り輝くらしいのだが、クソ勇者ではチッとも光ることはなかった。
つまり、エルンはクソ勇者より聖剣に認められた者なのだろう。
意気揚々と「私を認めたか!」と口にするエルンは、騎士が足止めをしていた魔物へ向かっていくと、大振りの斬撃を魔物へと振り下ろす。
流石は聖剣だけあり、Aランクの冒険者が相手をする魔物でも一撃で倒すことが出来た。
エルンは「やったぞ! 私こそ相応しいのだ!」とはしゃいでいたが、どうにも今の聖剣の扱い方なんだが、なんと言うか……
「下手だな」
素人目に見ても無駄ばかりの動きに見えたので、クロノとレイナにしか聞こえないよう呟く。
レイナは不遜な態度にあわあわとしていたが、クロノは「そりゃそうだよ」と呆れたように口にした。
「マオも言ってたろう? 他の兄弟たちは私腹を肥やすことしか考えてないとかってさ。エルンはその筆頭でね。さっき話した通り狡猾な面もあるけど、基本は第二王子の立場にふんぞり返ってロクな勉強も鍛錬も積まず、イベルタルのお偉いさんたちと毎晩夜会で美味しいものと高い酒でお腹をデップリ肥えさせている奴だから。剣なんて、振ること自体初めてなんじゃないかな」
一方、マオは末席だからか勉学も鍛錬も怠ることなく積み続け、剣の腕だけなら国一番とも名高いそうだ。
そこまで聞き、クロノも言い終えると、やはりおかしいと顔を見合わせた。
これでは、正々堂々やってはエルンに勝ち目はないのだ。例え戦う相手を変えてボスとマオが戦っても、クロノ曰く勝つそうだから、どちらが聖剣に相応しいかとなったら、マオだとなってしまう。
つまり、何らかの手でマオを妨害する事が目に見えていた。
最低限の準備の時間で話し合った通り、裏があるのは確実だ。
マオが聖剣を手にしたら、振るう前に背中から刺すとか、そもそも渡さないだとか……エルンには強力な騎士たちが大勢ついているので、無理やり奪うことなど造作もない。
もはや、エルンが何か仕掛けるのは明白だ。そうなると、一旦聖剣を俺が預かるべきだろう。
場合によっては逃げる。持ち主は俺なので、咎められたらマオとアンサングに守ってもらいながらイベルタルを去ればいい。
そう思って行動に出ようとしたのだが、どうやら一歩遅かったようだ。
聖剣を手にするエルンが、渡すように迫っているマオを嘲笑うような顔で馬鹿にしていた。
「聖剣は私を認めたも同然だろう? そう! 第二王子たる私を認めたのだ! であれば、末席の王子が私より相応しいなどあり得ないだろう?」
「なっ!? そんな事は試してみないと分からないではないですか! これでは話が違います! このような危険なダンジョンにまで連れてきて、兄上は嘘まで吐くと言うのですか!」
「嘘ではない。真実だよ。皆もそう思うだろう!!」
騎士たちに問いかけたエルンへ、皆が「エルン王子こそが聖剣の持ち主に相応しい!」と声を上げている。
マオの味方だったはずの騎士たちも同様にエルンを指示しており、最初から聖剣を渡す気などなかったのだと、マオも理解したようだ。
俺とクロノはとっくに理解していたので、この後どうなってもいいようにジルとピアを呼び戻そうとして、その二人はエルンの近くでこちらへ剣と杖を向けている。
「悪いねシビト、アタシの価値を認めてくださるエルン様の頼みなんだ」
「そういうことです。私たちはとっくに黒翼の竜を脱退し、エルン第二王子殿下の側近になっていたんですよ」
予想が当たってしまったことに思わず頭痛がしてきた。
一応少しは信じていたのだが……なにせ追放の際に散々言ってきたことを許してやって、装備を整えてやり、イベルタルに連れてきてやったのだ。しかしあの二人はエルンの威光と、恐らく金で転んだのだ。
つまり、今の状況はエルン側に大勢のエリート騎士と二人の戦闘向けA級冒険者。
マオ側には、S級だが戦闘向きではない盗賊二人と聖女一人。
更に聖剣はエルンが手にしている。溜息どころではすまない状況へ、エルンは更に追い打ちをかけるような命令を口にした。
「これで玉座は私の物だ! さて皆の者、一々うるさい出来損ないの弟と、そんな弟に肩入れしている汚らわしい盗賊を始末しろ!」
……もはや、溜息も出ない。あんなのが王族では、そりゃイベルタルは腐敗する。
おそらく、聖剣を手にするついでに優秀にして鬱陶しいマオを始末するのが真の目的だったのだろう。
ダンジョンの中でなら、いくらでも死を偽装することは可能であり、戦闘向きではない俺やレイナ、クロノといったジョブ持ちは更に簡単に死んだことに出来る。
辛くも逃げ伸びたとかにすれば、ジルとピアはエルンを守ったとして召し使えられ、聖剣の力もあって、あんな醜い奴が次期国王となってしまう。
クソッタレが。そんなことになっては、イベルタルの未来は真っ暗だ。孤児院や貧民街はいずれ限界がきて取り壊されたり立ち退きを強制させられ、金持ちとエルンを指示する者だけが支配する国になってしまう。
まったく、大変な物を盗んでしまったものだ。盗賊の身に余り過ぎて、もう聖剣なんて関わりたくない。
なので、今回限りだ。動揺するレイナにヒソヒソとこのあとの段取りを告げると、クロノへ目くばせする。
頷いたので、俺は両手を広げて「大したもんだ」と口にした。
「潔癖なマオやレイナだけじゃなく、俺たちみたいな盗賊まで騙そうとしてるんだからな」
そうして広げた両手を上げて降参だと告げながらエルンに歩み寄る。
しかし、ここで俺たちを始末するのは決定事項なのか、騎士たちが駆け寄り、エルンへの道を閉ざした。
やがて俺の周囲は騎士に囲まれてしまうのだが、ここで盗賊のスキルを使わせてもらった。
「『吸命奪力』」
クソ勇者に使った上級スキルだ。またしても勝手に近づいてきてくれたので、体力を盗むのは簡単だった。
バタバタと倒れていく騎士だが、元の数が多いので、すぐさま別の連中が斬りかかって来ようとする。
しかし、エルンへの道が一瞬でも開き、注意が俺一人に向けば良かったのだ。
『透明化』のスキルで姿をくらましたクロノが倒れた騎士を踏みつけながらエルンへ迫る。手刀を構え、華奢な体を大きくひねって聖剣を手にする腕の関節を強打すると、悲鳴と共に柄を握っていた手のひらが開かれた。
つまりは、聖剣は地に落ちるわけだが……
「おっと、大事なお宝を傷つけたら大変だ」
クロノがキャッチすると、次の得物とばかりにマオへ視線を向けた。
「ボクたちだけで逃げると、後々アンサングが困るから一緒に来てもらうよ」
「で、出来るのか!? この状況から、私を連れて逃げるなど……」
「なぁに、盗賊は逃げることに関してはSSS級なのさ」
そんなランクはない。肩を透かしながらも、クロノが足元に煙球を投げると、俺はレイナの手を取り、同様に煙球を投げた。
「探せ!」と怒鳴るエルンの声や「見えないのは奴らも同じだ!」と指揮する騎士もいたが、生憎とそう簡単に見つかる逃げ方なんてしないし、俺たちレベルの盗賊なら煙球の中程度なら迷うことなく合流して逃げられる。
騒いでいるエルンや騎士たちを尻目にマオを連れたクロノと合流すると、ダンジョンの広間を後にしたのだった。