末席王子からの依頼
王都と名乗るからには、当然ながら王城があり、王族がいる。
アンサングは秘密裏に、王族から所謂『汚れ仕事』を依頼され、それをこなしてきた。
国に仇なす貴族を始末したり、別の国にわたると政治的にまずい物を盗んだりしてきた。
王族としてもこの手の付き合いがある組織は少なくしたいのか、依頼するのはアンサングだけだ。
それだけ信頼を得ていると言えるが、だとしても依頼を申し込みに来るのは、ここに居るのがバレても切り捨てればいいような木っ端役人だけだった。
しかし、再会を祝したパーティーでクロノが話した内容は、そんなケチなものではなかった。
末席とはいえ、第六王子自らがアンサングへ訪れるというのだ。
こんな裏組織とのつながりが露見すれば王族全体に悪影響があるというのに、第六王子『マオ・ヴィル・イベルタル』は数日としないうちにやってくる。
俺もレイナも驚いていたが、クロノは一人、聖剣を叩き売ったときの分け前の事だけを上機嫌に話していた。
ついでに条件として、レイナに王族お付きの回復術師を紹介することも考えているようだった。
そもそも聖剣を買い取るのかと思ったのだが、どうやら訳ありのようで、アンサングへは「口の堅いA級以上の実力を兼ね備えた側近となれる戦力」が求められていた。
本来なら俺のような盗人では戦力にならないが、聖剣を持つのは俺だ。聖剣に勝る武器はない以上、戦力を求めるなら買うだろうという算段だ。
更に言うなら、聖剣を振るえるのは選ばれた者のみ――勇者と王族だけなのだ。
イベルタルの王族なら、どんなジョブでも聖剣を振るうことが出来る。そのため、歴代の国王は剣の鍛錬を欠かさなかったという。同時に、聖剣に認められるよう、心を清めていたとも聞く。
ヴルムは勇者として選ばれたが、その後に生まれた傲慢さから人間性が歪み、真の力を出せなくなった。
だが話によると第六王子マオはとても誠実であり、王族として貧富の差をなくすために奔走する清い人物らしく、聖剣が拒むとは思えない。
本人が戦うという話ではないのだが、戦力を欲するなら、いざという時の為に持っておいて損はない。
だから売れる。クロノはそう確信していたが、俺はいくつか疑問を感じていた。
なぜ王族ともあろう者がこんなところを頼るのか。王族御用達の騎士なり傭兵などはいなかったのか。
口の堅いA級以上の実力を兼ね備えた戦力だけなら、こういった裏の仕事を任せる人材を必要としているからとも取れるのだが……
とにかく真実は、実際に会ってみないと分からない。マオを迎え入れるため、事務所の周囲の防備から中の掃除までを徹底して行い、その日を待った。
そうしてマオが訪れる日になり、俺とレイナは引っ込んでいようかと思ったのだが、クロノが同席するように礼服を用意していた。
「なんで盗賊の俺がいなくちゃならねぇんだ」
「この聖剣の出所を聞かれた時のためだよ。まさかアンサングのトップが事務所放りっぱなしで勇者から盗んだなんて言えないだろう?」
「それはそうだが、なら俺が盗んだって明かしていいのか?」
「あのクズ勇者が聖剣を振るえなくなってたのは王都に届いているからね。そんな勇者に見切りをつけて、君が王族に返しに来たら丁度この話が来てたってことにすれば、なにかと都合がいいだろう?」
一理ある。そういう風にしておけば、少なくとも俺は「国を想って聖剣を選ばれし者ではない者から盗んできた」ということになるのだ。
そうせずにいると、俺はただの「勇者から聖剣を盗んだ悪党」ということになる。有り金も盗まれているので、どこかでヴルムが騒いだら面倒だと思っていたのだ。
それに、クロノの語ったことに大きな嘘はない。仮に嘘だとバレても、ヴルムについて話せば罰はくだらないだろう。
「はい、そういうわけで二人とも着替えてね」
「えっと、私はなぜ同席するのでしょう……?」
「S級の聖女だからだね。末席とはいえ王族迎えるのに、相手が盗人二人じゃ何かと失礼だろう? それと、ここには神に仕える清らかな聖女かいるのでご安心を~……とかなんとか、状況次第では君の存在は使えるからね」
色々と考えつくものだ。レイナと二人で肩をすかしながら着替えて来客用の部屋で待つと、アンサングの扉を叩く音がする。クロノが出迎え、この部屋に案内する手はずだが、果たして具体的にはどんな要件なのか。
緊張するレイナとは別に、こんなところにやってくるマオとやらの腹の内を考えていると、部屋の扉が開かれた。
「失礼、待たせてしまったかな」
護衛と思しき数人の騎士と共に扉が開かれると、そこには誰もが一目で名のある者だと思うだろう、第六王子マオの姿があった。
青い髪は肩まで優雅に流れ、その色はまるで湖のような深みのある色合いで、同じく青い瞳は冷静さと聡明さを感じさせる。まるで王族として内に秘めた知恵と経験を物語っているようだった。
年の頃は若く見えるが、その顔立ちは驚くほど大人びている。末席の王族でありながら、その威厳と存在感は圧倒的であり、部屋の空気が一瞬にして変わるのを感じさせるのと同時に、あまりにも場違いで、ここに来るまでバレなかったのかと心配になってしまう。
「……やはり、待たせてしまったか?」
「ん? ああいや……」
どう接したらいいのだろうか。相手は王族であり、俺は盗賊だ。いくらなんでも社会的なレベルが違いすぎる。
そんな事に迷っていると、マオの横からクロノが部屋に入ってくると、俺とレイナを力強く指差した。
「この二人こそ! あの愚鈍な勇者から聖剣を取り返し、遥か遠方より王都へ返すために旅をしてきたS級の冒険者さ!」
その通りなのだが、何か違う。
とはいえテンションこそ高いが、クロノはいつも通りの口調で接している。
敬語じゃなくていいいのだろうか? その辺も迷っていると、マオの方から「楽にしてくれて構わない」との声がかかる。
「私はここに依頼に来た身だ。そのために、アンサングにはずいぶんと人払いをしてもらった。その上依頼までするのだから、あまり畏まられると、こちらがやりづらい。それに聖剣を取り返してくれたのだろう? だとするなら十分に役目を果たしてくれているから多少の不遜は許されるべきだ」
なんとも謙虚な王族なことで。しかしこちらとしても、権力に胡坐をかいた相手よりかはマシだ。
「だったらいつも通りに話すとするが……」
チラリと横に座るレイナを見ると、ガチガチに固まっていた。
マオはそれを見て、もう一度楽にしていいと言ったが、ブンブンと首を振る。
「お、王子様相手に不遜な態度を取っては、神より罰が下ります!」
この対応もどうかと思ったが、マオは微笑むと、向かいに腰掛けながら言った。
「そういう対応の方が大半だから構わない。しかし私は、ここに敬われに来たわけでも、友を作りに来たわけでもない」
それまで微笑んでいた顔からスゥッと笑みが消えると、俺はいよいよここへ来た本当の目的に移るのだなと理解する。
クロノも隣にやってくると、マオは真剣な面持ちで口にした。
いったい何を言われることやら。身構えていると、マオの口が開いた。
「私を国王にする力添えを頼みたい」
盗賊の身に余りすぎる要求に、流石の俺も言葉を失った。
いきなりとんでもない事を言ったのは承知なのか、マオは咳払いをすると「順序を追って話すべきかな?」と問いかける。
俺とレイナはともかく、クロノはこの話を聞いていなかったのだろうか。聞いていたとしたら、なぜ話さなかったのか。
肘で小突いてみると、やれやれと言った様子で、初めて聞いたと呟いた。
しかし、王になる力添えとは……
アンサングはあくまで、イベルタルの汚い仕事をする組織に過ぎない。俺は盗賊として盗みを主に行っていたが、他にも暗殺や拷問などを専門にする奴らもいる。
だがその程度だ。末席の王族を国王に成り上げる力など持っていない。
「……とりあえず、事情を聞いてもいいかな」
ここのトップとしてクロノが問いかけると、マオは深い溜息と共に「情けない話」と切り出した。
「私の上には五人の兄弟と、国王たる父上、それから王妃である母上がいる。だがその誰もが、ハッキリ言ってしまえば愚鈍なのだ」
愚鈍と吐き捨てるように言ったマオは、上の兄弟と現国王について話した。
「考えていることはイベルタルを私腹を肥やすために発展することだけであり、貧しき者や孤児院などには目向きもしないのだ」
「……そうだろうな」
貧しく生まれ、孤児院で育ったので、その辺の腐敗は身に染みて分かっているつもりだ。
そんな俺の言葉に、マオはフッと笑った。
「その王族を前に肯定する胆力があるとはね」
「対等に接してくれって言ったのはそっちだからな。自分で非を認めるんならいくらでも肯定するつもりだ」
「非、か……ああ、その通りだ。そして誰かがその非を正さなくてはならない」
なんて俺とマオが話していると、クロノが俺の前に割り込んだ。
「そんな腐敗を断ち切る聖剣がここにあるよ! さてさて、いくらで買う?」
まさか上の兄弟をぶった斬るというわけでもないというのに、クロノは値段交渉へと進もうとしているようだった。
しかしマオは青い瞳を細めると、その首を振った。
「悪いが、今の私に聖剣は必要ない」
「へ……?」
クロノの間の抜けた声がすると、マオはハッキリと口にする。
「聖剣のような暴力的な力で解決しては他の兄弟と同じだ」
「え……ちょ……じゃあこれ、買わないのかい?」
「必要ないと、確かに言ったつもりだが?」
話が違うぞ。そう思って今度は強くクロノを小突けば、何か口にしようとしているが、なにも思い浮かばないようだ。
しばらく唸ってから、なんとか「でも、スッゴイ強いんだよ?」なんて言っていると、マオもその点に関しては同意していた。
「聖剣の真の力は恐ろしい。それは認めよう。だがそんな力で他者を従わせるなど愚王のすることだ。私は物理的な力ではなく、政治により民の支持を得、その後に王族の腐敗を正し、やがては隣国とも繋がりを持ち、一人ずつ兄弟たちを失脚させ、その後に国王となる。その間、聖剣が他の王族に渡ってしまっては面倒なので、手付金くらいは支払ってここに隠してもらうつもりだ」
「なら金になる!」とクロノが顔を輝かせていたが、俺はマオの言葉を聞き終えてから、目を細めて問いかけた。
「大層な計画だが、それが実現するのにどれだけかかるんだ?」
「私一人の代では無理かもしれないとだけ言っておこう。だがいつかは必ず、この国の腐敗を正すことだけは確かだ」
最初の印象がここにきて大きく変わった。確かに聡明であり、その雰囲気に合うだけの思想を持っている。
だが、マオには見えていないものがある。見えてもらわないと、見られない方からしたらたまったものではないものがあるのだ。
言うべきだろうか。そう数舜迷った時、今までガチガチに固まっていたレイナが静かな声を発した。
「力は必要でないと、本当にそう仰るのですか?」
緊張している声ではない。レイナは覚悟を持った瞳と声で、マオへ問いかけている。
問いを投げかけられたマオは、雰囲気の変わったレイナへの返答に言葉を探してから「一概にそうとは言えない」と返した。
「数十年とかかるだろう私の計画に対し、裏で動いてくれる力ある者は必要だ。それこそアンサングのような組織に在籍する君たちには、悪いが汚れ仕事を頼むだろう。だから、私は取引条件に力のあるAランク保持者を提示した」
「……あなたの計画は立派です。根回しもきっと、入念に行うのでしょう。だから計画は、いつかは成功します。ですが、その”いつか”に辿り付くまで、あなたの御兄弟たちは変わりません。私の代では無理かもしれないと仰いましたか? でしたら今の腐敗は、次の世代にも続くのです」
「――なにが言いたいのかな?」
ほんの少し、マオの眉間にしわが寄った。しかしレイナは気にせず、おそらく俺が言いたかったことを言ってくれた。
「“いつか”にたどり着くまで、沢山の孤児たちが苦しむのです。この貧民街に住む人々も貧困に喘ぐのです。時間が経てば経つほど、あなたの御兄弟の力も増すでしょう。あなたの計画が実を結ぶのが一日伸びる毎に、孤児も貧民街の人々も更に苦しみ、まだ平民でいられる人々も、やがてはあなたの御兄弟のせいで大切なものを失うかもしれないのです」
レイナがここまでハッキリ他人へ意見をぶつけることなど珍しい……いや、俺の追放の時だって、怒りをあらわにしていた。
そういえばレイナは昔から、大切な物のためには強くなるのだ。それがきっと、彼女をSランクの聖女へと押し上げた大きな要因なのだろう。
今の場合は、マオに王族として守ってもらいたい貧民や孤児たち。何より、自分の母親を含めた病に苦しむ人々だろう。
とはいえこうまで言われたマオだが、怒って喚き散らすようなことはしない。
言われたことを頭の中でしっかりと考えているのか目を閉じると、やがて静かに口を開いた。
「では、私に他の王族を聖剣の力によって黙らせろとでも言うのか?」
「はい」
即答だった。長い付き合いだが、流石にこんな力強いレイナは初めてだ。
クロノと顔を見合わせていると、マオは意表を突かれたような表情で問いかけた。
「君はSランクの聖女なのだろう? 力で他者を黙らせるなどという暴力的で野蛮な方法を肯定するのか?」
「力は持つ者によって振るわれ方も変わります。あの勇者が無理やり乱暴に振るっていたように、欲望に塗れた人では野蛮で暴力的になるでしょう。ですがあなたなら、清く正しい力の振るい方ができるはずです――ハッキリ言いましょう、あなたのやり方では時間がかかりすぎるのです。それでは多くの命が失われてしまいます」
言われるにつれ、マオの表情には明らかな苦悩が浮かんでいた。おそらく、見ないふりをしていただけで、分かってはいたのだろう。
今まではそれで済んでいたが、レイナが静かに、しかし揺るぎない口調で「多くの命が失われる」と真実を告げた瞬間、マオの表情に隠れていた葛藤が浮かび上がる。
「……私は……」
マオは正義感と理想に燃え、腐敗した王族を正そうと必死に努力しようとしている。きっとこれまでもそうだったのだろう。己の信じた道こそが正しいと信じていたのだろう。
だが、末席とはいえ王族という立場が、マオを相手に誰も異論を唱えるということをさせなかった。それゆえに、マオは見失っていたのだ。
今を生きる命の事を。自分とは違う、かけ離れた世界で死ぬような思いで生きる人々の本当の苦悩を。
懊悩するマオへ、レイナは続けた。
「今この瞬間も食べるものがなくて苦しんでいる人もいるのです。孤児院もたった一人の聖女様が支えているのが現状なのです。あなたは、それを変えられる立場を持ち、変えられる力を目の前にしながら、手にしないのですか?」
マオの瞳に明確な焦りが浮かんだ。レイナの言う事は本当に起こっており、マオなら変えることが出来る。それはマオ自信が痛いほど分かっている事だろう。
今まで歩こうと思っていた遠回りの道から外れ、たとえ近道をしていると揶揄されても、救える命が目の前に沢山ある。
俺自身もクロノも、そしてなによりレイナがその命だったからか、俺たちに囲まれるマオは感覚的に理解しているようだった。
しかし、その表情を見ていると、マオが抱える責任の大きさと、何を選択すべきか迷う苦しさが感じ取れた。マオは仮にも王子なのだ。理想だけでも、現実だけでもあってはならない。元より、一人で背負うべき問題ではないのだ。
それでも理想と現実の間で揺れ動き、その心の葛藤が表情を険しくしていった。
俺たちの前にいるのは一国を背負うかもしれない相手――第六王子、マオ・ヴィル・イベルタルなのだ。俺のような盗賊とは、何もかもが違う。
強く、賢く、決断力がなければならない。それでも、マオだって俺たちと同じ人間だ。
一人では全てを支えられない。脆さも、確かに秘めているのだ。
「……わたし、は……」
二人の問答の間、俺は黙るばかりだ。聖女様の行いを綺麗事で片付けたクロノも思うところがあるようで黙ってしまっている。
そうしてマオが何かを決断し口にしようとした時、護衛の騎士たちをかきわけ、一人の大柄で身なりのいい男が現れる。
「ゲッ!」
黙っていたクロノが声を上げると、男は不気味に笑いながら「いけないなぁ」と口にした。
「仮にも僕の弟が、こんな掃き溜めに秘密で来るなんて」
マオもまた見るからに不機嫌そうな顔になると、見上げながら口にした。
「……それはあなたもでしょう、エルン兄上」
「エルン”第二王子”兄上だよ? そう呼ぶように何度も教えたよね?」
「……失礼しました」
とんでもない人物の登場に、マオの答えは聞けなくなってしまう。
エルン第二王子と言えば、次期国王の有力候補なのだから。
末席であるマオからしたら、天敵もいいところなのだ。アンサングを頼りに来たことを弱みにでもしようというのだろうか。
しかし、エルンの目的は別にあるようだった。
「さて、聖剣を持つという盗賊はどこにいるかな?」
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どうやら俺が目的らしいが、いったい何の用なのか。
様子をうかがっていると、エルンはマオを押しのけクロノを引っぺがし、俺の事を視界に捉え、ニタニタ笑いながら肩を叩いた。
「そうだ君だよ君! なんでも聖剣を持ってるんだって?」
「あるにはあるが、これはマオを相手に……」
売ると言いかけて、そういえば手付金だけだの言っていたのを思い出す。
言葉に詰まると、エルンはニタァと笑い、背後から幾人もの手下らしき男たちを連れてきた。
彼らは木箱をいくつも抱えており、それを俺の前にドンドン積み重ねていくと、エルンが箱の一つの蓋を取った。
途端に、俺の目は箱の中身に奪われてしまう。
「金貨にして千枚で、その聖剣を買わせてもらう!」
次々に開けられていく木箱には、全て金貨が詰まっている。百枚あるのは数えなくても明らかだ。
金貨千枚など、途方もない額だ。イベルタルの公爵が食事をするような店でも、払って銀貨五枚程度だ。
その銀貨が十枚で金貨一枚となるため、これだけあれば、なんなら高位の爵位だって買える。
この聖剣一つで、盗賊の俺は貴族の仲間入りだって可能なのだ。
言葉を失う俺に対し、エルンはもちろん即金で払うと付け足す。
すると、ガタッとクロノとマオが立ち上がった。クロノは「買ッ」と言いかけたので一応口をふさいだが、今度はマオが声を上げた。
「私も買わせてもらう! 金貨千枚はここにはないが、王宮に帰ればすぐにでも……!」
エルンがそれに対し「即金が優先」と余裕ぶり、マオは「最初に約束を取り付けたのは私だ!」と返す。
その渦中には、俺と聖剣がある。たかが盗賊の手に、国の今後を左右しかねない品があるのだ。
とんでもない物を盗んでしまった。上手く立ち回らなければ、アンサングという背景があるとはいえ、首が飛んでもおかしくない。
なにせ相手は愚鈍だが富裕層から絶対的な支持があり金と権力もある第二王子と、聡明さと計画力のある第六王子だ。
二人とも、恨みのある相手には何をしでかすか分からない。
いっそのこと、この場は逃げるか? そんな考えさえよぎるが、エルンの護衛だろう気配がアンサングの外を囲んでいて無理だ。
俺の手に余る品物に、クロノを押さえながらただ頭を回していると、エルンの方が「ならば」と、相変わらず余裕な態度で口にした。
「どちらが聖剣に相応しいか、近くのダンジョンで試そうじゃないか」
エルンがそう言うと、マオは信じられないといった様子だった。
「王族である私たちがダンジョンなどという危険な場所に行くなど、下手をすれば命の危機に……」
「ああ、もちろん危険なのは承知だ。だが聖剣の持ち主のシビト君だったかな? 君を調べてみたら、なんでも黒翼の竜とかいうパーティーを率いているそうじゃないか。構成員は、Sランク二人とAランク二人で、いずれも勇者が認めた逸材だ。彼らに守ってもらおう」
もちろん、別途金は出す。そう言われて提示された額は、ギルドで受けるどんな依頼よりも高額だった。
「それに騎士団員も何人か連れて行こうじゃないか。これだけに守られながら、ダンジョンで聖剣を振るってより強い魔物を倒した方が聖剣の所持者になる。これなら文句ないだろう?」
マオへの問いは、決して断れないものだった。ここでもしダンジョンに行かなければ、臆病者として、王族にも聖剣にも相応しくないとなるだろう。
しかしだ、この条件は、もともと有利なエルンからしたら、敢えて下の土俵に降りているような行為だ。
何か裏がある。マオが了承する前に、ジルとピアに連絡して、エルンへの警戒を強めるように指示を出さなくてはならないだろう。
そう思い、先に用意する事があると告げてアンサングを出ていこうとすると、クロノが待つように言った。
急いでいるんだと振り返れば、クロノはどこからか盗賊が使う武器などを装備しており、二ッと笑った。
「そのパーティーにたった今から臨時で入らせてもらうよ」
なぜなのか理由が真っ先に思いつくだけに、断ろうにも断れない。
大方、自分のいないところで取引が進むのが嫌なのだろう。エルンもマオも特に気にしていない様子だったが、クロノは小柄故に素早い。
状況次第では、聖剣を持って逃げてもらうことも出来る。
とにかくだ
「俺のパーティーを使うっていうなら、パーティーメンバーと最低限の話は付けておきたい。流石にアンタら相手に断るとは思えないから、集合場所と時間の連絡と、それから準備を済ませておいてくれ」
そう言ってなんとか場を解散させると、どうしたものかと頭を抱える羽目になる。
まさか、あのクズ勇者から盗んだ聖剣一つで国一つの行く末が変わるかもしれない事態に巻き込まれるとは。
エルンもマオも傷一つでも付けたら首が飛んでもおかしくないので、ジルとピアとは限られた時間で入念に話し合う必要がある。
それに、飛び入り参加のクロノはどういう風に扱うかも決めなくてはならない。
山積する問題に、俺はただ溜息を零すだけだった。