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再会の宴とデカい取引

 アンサングの二階へ聖剣に関する話をするため、クロノの後をついて行く。


 案内された部屋は散らかった一階と違って掃除の行き届いた品のある部屋だった。


 王都であるイベルタルの暗部を担っているだけあり、貴族などの客人をもてなす用意はしっかりしているのだ。


 義賊としてここで働いていた時は、何度か盗みの依頼を聞くために通されたことはあったが、客として訪れるのは初めてだ。


「シビトは葡萄酒でよかったかい? それとも蜂蜜酒?」

「まずはシラフで話がしたいんだが……」

「この手の話は酒が入ってる方が捗るものなのさ」


 コイツを相手に口先で勝てるとは思わない。ソファに腰掛けながら「葡萄酒」と答えていれば、聖女であるレイナは「ミルクか何かを……」と遠慮気味に答えた。


「相変わらず神様とやらは酒にうるさいんだね」


 なんて言いながら、クロノはドカッと豪華な椅子に座ると、指を慣らして男たちを呼ぶ。


「最愛の相手に相応しい葡萄酒と、まぁそこそこの聖女が好きそうなミルクとつまみを持ってきて」


 クロノの身の回りの世話が主であろう男たちは黙って指示通りに動くと、俺とレイナとの再会を祝してのパーティーが始まった。


 カチン、とグラスをぶつけて葡萄酒を喉に流し込むと、旅の疲れもあってか深いため息が出た。

 そんな様子を見て、真っ白な頬をほんのりと赤らめたクロノが呆れたように口を開く。


「だからアンサングを抜けずに盗みをやってればよかったのに」

「色々と精神的に揺れてたからな。今にして思えば、抜けたのは気の迷いだったかもしれない」


 聖女様から盗むことを止めるように言われ、何年もの間メチャクチャな心理状態でアンサングに舞い込んでくる盗みの仕事と向き合っていた日々。


 汚い世界でも、いつだってクロノが支えてくれたが、俺はその好意すら無下にして逃げた。

 その結果、ヴルムのパーティーに入れさせられたのだ。


「聖女様の言葉がそんなに重要かな……」

「……まぁな」


 同じ孤児院で育ったが、聖女様の言葉を「綺麗事」で片付け先に出ていったクロノには分かるまい。


 人生の全てを救われた恩返しのつもり――あくまで「良い事」をしているつもりで盗みを働いていたら、それを全否定された時の言葉にできない苦悩が。


 『もう人の物を盗んではいけない』。そう言われて、今まで死に物狂いで盗んできた金を全て返された時の、悲しみと失望の混じった瞳。


 俺はただ、盗んだ金を前に震えることしかできず、やがて命の恩人とも言える聖女様に怒鳴ってしまったのだ。


 その日から、俺の心には深い傷が残り続けた。俺は聖女様のために何かをしたかっただけだというのに、初めて拒絶された事が頭から離れなかった。


 だが大人になり時間の経った今でなら、例え自分を正当化しているとしても、ロクに援助をしない国に代わって恩返しをしたかったと胸を張れる。

 ある意味、世界を救うとされる勇者があんなクズだったので、誰かのために頑張った自分は間違っていないと思えるようになった。


 早い話が、いい加減に気持ちの整理もついた。酒をグイッと一飲みして、これまでの経緯を話すと、クロノを見据えて口にした。


「これから話す取引が終わったら、もう一度ここに置いてもらえないか?」


 言うと、クロノは飲みかけていた酒を一気に飲み干して机にドン! と置けば、すっかりできあがった顔で満面の笑みを浮かべた。


「その言葉をずっと待ってたよー! というか、何度も手紙で誘ってただろう? クズ勇者のパーティーなんか抜けて、ボクんとこに来いってさぁ!」


「そう言ってくれると助かる。今の俺は無職の盗賊だからな」


 盗賊に無職も何もあるかとケラケラ笑うクロノだが、やがてしんみりした表情を浮かべた。


「君がいてくれるなら、どんなことだってしてあげるつもりだったんだからさ」


 クロノは俺よりずっと幼い頃から孤児院とアンサングとを行き来していた。クロノはSランクの盗賊でもあったので、あっと言う間に実績を作り、子供ながら幹部へと昇りつめていた。


 そんな彼女から依頼を与えられていた俺も、Sランクの盗賊ということで、いたく気に入られていた。


 その繋がりがあったから当時のトップから割のいい仕事を斡旋してもらったこともあるし、いい経験を積めたと思う。


 それとは別に、男女としてのアプローチもされ続けていた。


 正直なところ、クロノはとても美しい。俺と同じくSランクの盗賊で、アンサングに在籍すれば仕事仲間になる。トップである彼女の隣に居られるなら、盗賊として何不自由ない生活と愛に満ちた日々が続くことだろう。


 俺の心はクロノを欲している。だが、同時にもう一人を想ってしまっているのだ。


「……男として最低の事をしてるのは分かっているが、どうしても気がかりな事があってな……」


 そうして隣に座るレイナに視線を向けると、クロノは一瞬眉間にしわを寄せる。


「話には聞いてるよ。なんでも母親が病気なんだって?」


 話の矛先を向けられたレイナは、少し迷う素振りを見せたが、小さく頷いた。


「どんな回復スキルでも、ポーションでも治らないらしいのです……お医者様は高位の回復術師ならどうにかできるかもと仰っていましたが、とてもそんなお金は用意できず……」


 回復術師は、その名の通り回復スキルに特化した魔術師だ。そう呼ばれる者は極稀であり、基本的には公爵クラスの貴族に召し使えている。

 下手をすれば王族を相手に仕事をするような回復術師に治療を頼む金など、レイナ一人ではとても稼ぐことはできない。


 かといって、俺がアンサングに戻って盗みの仕事に戻っても、いったいどれだけの時間がかかることか。


 クロノが初めての”悪友”にして”大人の女”として見た相手だとすれば、レイナはたぶん、初めての友達にして、初恋の相手なのだ。


 そんな彼女を助けたい。だからヴルムのパーティーに居続けた。追放されたら真っ先に盗み出して自由にする選択をした。


 しかし結果として、今の俺たちは無一文に等しい。


「頼みの綱は、これだけか」


 荷物を漁りながら、俺は自嘲気味にポツリともらす。


「んあー? そういやさっき言ってた、美味い話の品かい?」

「ああ――ちょっとばかり訳ありの品でな、虫のいい話なのは分かっているが、捌けるのはクロノくらいしか当てがなくてな」

「なんだよー、ボクたちの間で虫がいいとか悪いとかは言いっこなしだってば」

「そうは言ってもな……」


 荷物の中から丁寧に包装した聖剣エクスカリバーを取り出すと、クロノの酔いが吹っ飛んだのが目に見えて分かった。


「ちょ、ちょちょちょちょっと!! まさかこれ盗んできたの!?」

「色々あってな」

「王族が直々に勇者へ献上した聖剣だよ!? ここまで無事に持ってこられたからいいものを、もしどこかで見つかってたら……」


 そこまで言ってから、「まぁシビトならそんなヘマはしないか」と落ち着いてくれた。


 やがて吟味するようにエクスカリバーを目にして、何やら考え込んでいた。


 ブツブツと呟いているので、どうしたのか聞いてみると、クロノは真剣な面持ちで俺を見据える。


「もしレイナの抱えている問題が解決して、なにも君を縛るものがなくなったら、君はボクとレイナのどっちを選ぶ?」

「なっ!?」


 唐突な問いに声を上げると、レイナもまた非常に動揺していた。


「へっ!? わ、私を、選ぶ……?」

「そうだよ、レイナ。君だって薄々は感じているんだろう? シビトが揺れていることくらい」


 言葉を探すようにしていたレイナだったが、やがて小さな声でつぶやいた。


「私は神に身を捧げる聖女ですから、その……」


 そんな様子を他所に、クロノはレイナに続けて問いかけた。


「じゃあシビトのこと好きじゃないの? 子供の頃からの付き合いで、一緒に冒険して、君の母親のことまで解決しようとしてくれているんだよ?」

「わ、たし、は……」

「いらないならボクが貰うよ。盗賊らしく、心から何まで盗んでやるから」


 しばらく黙ってしまったレイナだったが、やがて俺へと向けた視線は、愛情の籠るものだった。

 ただその愛情が、子供たちや貧困に喘ぐ人々に無償の愛を向けていた聖女様に似ている気がして、男として見られていないのではと思ってしまう。


 もしレイナが、年来の付き合いにして恩のある俺には好意こそあれ、生涯を共にする相手と思っていなかったら。


 今までも危惧していたことに、複雑な気持ちが心の底から湧き出てくる。


 だがもしそうなら、同時に踏ん切りがつくだろう。元々聖女と盗賊だ。水と油とは言わないが、本来なら交わらない者同士だ。


 本来なら、盗賊同士、クロノの想いを受け取るべきなのだろう。


 だとしても、俺は黙ってしまう。元が孤児で、愛してくれた聖女様に生き方を否定されたのだ。


 愛に飢えている。だから簡単には選べない。

 愛ばかりは俺には盗めそうにないから、決断が下せない。


 数舜考え込んでから、やがてクロノへ視線をやる。


「虫がよくて失礼も承知だが、保留にしてほしい」


 真剣に見つめて伝えれば、クロノは小さく溜息を吐いた。


「そんな目で見つめられたら、断れないじゃないか……」

「……すまない」

「いーよ、どうせボクは付き合いの時間じゃレイナに負けてて、体つきも全部負けてるんだ。早い話が分が悪いのは承知の上。そんな賭けに勝つために、あれだけ煙に巻かれても誘い続けたんだからさ。この勝負になら、どれだけだって時間をかける覚悟はとっくにできてるよ」


 確かに、義賊としてアンサングにいる日々は毎日のように口説かれ、デートに誘われ、少しでも一緒にいたいとタッグでの盗みを斡旋してきた。


 多忙なはずの彼女が、そうして時間を作るのは、さぞ苦労したことだろう。


 彼女もまた孤児であり、誰かに愛されることに飢えていた。俺以外にも男などいくらでもいるというのに、何度断られても諦めない彼女の姿は、少し困りはしたものの、決して嫌な気はしなかった。


 いま思えば、少しずつほだされていた、ということだろうか。


「まぁいいさ、最後に全部盗んでやるのが一番盗賊らしいからね。さて、そのために必要な事として、この聖剣を金に換える手段だけど、実はある」

「……本当か?」

「ついでに言うなら、上手いこと交渉が進めばレイナの問題も解決するよ」


 その言葉に、レイナはビクンと震えた。


 無理だと諦めていたことだけに、とても驚いているのだろう。

 俺とレイナの視線がクロノに集まると、ニヤッと笑った。


「ちょうど近日中に、イベルタルの第六王子との取引があるんだ」


 とんでもない相手の登場に言葉を失いつつ、ニヤッと笑ったクロノは、勿論秘密裏にと付け加えた。

 そうして、これから始まるデカい取引についてを話し始めたのだった。

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