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イベルタルの盗賊事務所

 一晩経った後、手持ちの金で故郷であるイベルタルまで帰れるか計算してみた。

 ヴルムに無理やり付き合わされて半年経っており、徒歩での旅とはいえずいぶん離れている。


 今までパーティーとして稼いだ金は盗まれてしまったので、帰るための費用は俺の財布に残っていた金でなんとかしなくてはならない。


 結論から言うと、満足な旅どころか安宿生活すら不可能なことが発覚した。それどころか、王都故に馬鹿みたいに高い関税も払えるか怪しい。


 いや、まぁ盗みをしてこなかった盗賊の財布一つで何かと金のかかる女三人を抱えての旅が出来るなどとは思っていなかったが、少しばかり解決策を考えなければならない。


 最低限必要なのは四人分の食事から宿泊費、加えてジルとピアが戦えるように装備を整える装備品代。


 誰かから盗むか? とも頭によぎったが、ヴルム相手はともかく罪のない人々を相手に盗みを働くのは、レイナの前だと憚られた。



 盗賊だというのに盗みを制限しつつ、四人でイベルタルに帰るための方法を考えながら地図と財布に残る貨幣とを睨めっこしていると、「なぜ俺ばかりが頭を悩ませるのだろう?」と疑問に思う。


 いっそのこと、装備だけ整えさせてジルとピアにギルドの依頼をクリアしてもらうかとも思ったが、剣と杖を持ち逃げされる可能性が否定しきれない。


 だが二人に戦わせるというのは悪くない案だった。元々そういう目的で光翼の竜改め黒翼の竜のメンバーにしてやったのだ。



 二人ともAランクにして、前衛と後衛に分かれている。傷つけば聖女であるレイナが治してくれる。


 しかし、いつ裏切られてもおかしくない関係だ。イベルタルには可能な限り迅速に向かわなければならない。



 つまり馬車での移動が求められるわけでだが、四人を乗せるほどの資金はない。

 だが、条件にもよるが二人ならなんとかなりそうだった。ついでに残った二人も交代で休むことが出来る。


「そういうわけだ、魔物が現れたら任せたぞ」


 数多く並ぶ馬車の一つに飛び乗りながら、周囲の護衛に交じったジルとピアに声をかける。二人は釈然としない様子だったが、これが一番費用を削減しつつ二人を見張りながらイベルタルへと馬車で向かえるのだ。


 話は簡単だ。イベルタル方面へと向かう行商人たちが結託して冒険者を護衛として欲していた。

 本来ならCランク程度の冒険者が請け負う仕事なのだが、俺は時として人を騙す盗賊として培った交渉術でAランクの二人を護衛として動向させる契約を結んだ。


 当然道中の安全は格段に増すわけであり、その分を金に換算して、イベルタルの関税と馬車に乗せてもらう費用を安くしてもらった。


 これで二人は馬車の上で安穏としていられる。

 当然乗るのはパーティーリーダーにして金を出している俺と、昔馴染みのレイナだ。


 ジルとピアには、他の冒険者たちと護衛役を交代してもらう契約を行商人相手に結ばせた。

 ちなみに、金が絡むと魔王より恐ろしい行商人たちとイベルタルまでの護衛契約書は俺が預かっている。


 これで二人は逃げられない。下手に逃げれば、地の果てまで取り立て屋に追われるからだ。


 追放の際は散々言ってくれた二人への仕打ちには丁度いい、なんて思いながら鼻歌を口ずさんでいると、同じ馬車に乗ったレイナが申し訳なさそうな顔で口を開く。


「本当に私も乗っているだけでいいのでしょうか……」


 進みだした馬車の周りを警戒しているジルとピアへ視線を向けながらの言葉に、俺は気にすることはないと言っておく。


「お情けで仲間にしてやったアイツらと違って、お前とは最初から一緒に行くって話だったろ? そこに打算しか見えねぇ口ぶりで俺に助けを求めてきやがったんだ。待遇が違って当たり前なんだよ」


 というか、俺とレイナだけなら手持ちの資金でなんとかなったのだ。身ぐるみ剝がされたも同然な二人と違って、レイナは装備品が無事だったため、俺がいなくてもなんとでもなった。


 つまり、ジルとピアは盗賊の俺がわざわざ金を出して助けてやったのに対し、レイナは最初からSランクの聖女としてパーティーメンバーだった。


 冒険者としてのランクが上であり、特に金はかからず、ついでに昔馴染みでもある。


 待遇が違って当たり前なのだ。


 とはいえ


「別に聖女のスキルで回復してやったりするのは止めねぇよ。どうせあの二人とはイベルタルまでの仲だろうしな。盗賊の俺は金食い虫のごく潰しには厳しくあたるが、清く正しい聖女様は神様とやらの教えに従ってくれ」


 なんて話しつつ、ゴロンと寝ころんだ。運よく毛皮商人の馬車に乗ることが出来たので、真昼間からフカフカの毛皮に包まれて微睡んでいられる。


 レイナは何か言いたげだったが、一言「では好きにします」と言い残してから、俺の横に寝転んだ。


「……なんで隣に寝た?」


 もうこんな事で動揺する歳ではないが聞くと、レイナは声を殺して笑った。


「ヴルムさんとの旅では、なかなか二人で話す機会もなかったですから。イベルタルにつくまで、お互い孤児院で離れてから何があったのかとか話そうと思いまして」


 あのクズ勇者は、俺たちを加えた当初からハーレムを築こうとしていたのか、基本的に女連中をヴルムが引き連れ、俺は一人で行動することが多かった。


 だから再会してすぐに光翼の竜に参加させられた俺たちは近況報告をしていない。


 イベルタルへは、早くても二か月はかかる旅路だ。昔話に花を咲かせるには十分すぎるのだが……


「自分で言うのもなんだが、あんまりお前と仲いい感じで”アイツ”に会うと、俺はともかくお前が心配なんだが……」


 それを聞いて、レイナは顔をひきつらせた。


「……あの人は、その……あなたの事が大好きでしたからね」


 未だ遠いイベルタルの地にいる旧友を二人して思い出しつつ、「ほどほどに」と決め、馬車での旅は始まった。



 ####



 イベルタルまでは、いくつかの大きな街での休息や悪天候とぶつかっても、幾人かの商人が急ぎの品があるとかで、ほぼ休みなしで向かうこととなった。


 そのお陰もあり、予想より少し早い到着となった。


 もちろん無理をして急いだため、その分だけ護衛役の出番は多かったが、俺とレイナは余程のことがない限り馬車の上で守られているだけだった。


 その分、ジルとピアには見るからに不満と疲れがたまっているようだが、どうせイベルタルまでの仲だと割り切っていたので気にはしていない。


 到着した今も一応は同じパーティーメンバーだが、護衛契約は切れているのでいつ出ていってもらっても構わない。


 だがジルとピアが王都の中心部に足を踏み入れると、目の前に広がる景色に息を呑んでいた。


「やっぱり王都って凄い広いわね……」

「こんなに沢山のお店があるなんて、私の故郷では考えられません……」


 石畳の広場には豪華な噴水があり、四方には壮麗な建物が立ち並んでいる。行き交う人々の服装も洗練されていて、恐らく二人の生まれ育った故郷とはまるで違う世界が広がっていることだろう。


「あ! ピア見てよ! あの噴水、宝石みたいに光ってるわ!」

「本当ね……魔法で作られてるのかしら? こんなに綺麗な噴水、見たことないわね」


 王都の中心部での驚きと興奮を共有する二人は、田舎から出てきた身だ。

 つまり二人からするとイベルタルは故郷でも何でもないため、土地勘や知り合いのいる俺とレイナに付いてくることとなった。


「それで、まずはどうしましょう?」


 ジルとピアへの説明も兼ねて、レイナが俺へと尋ねたわけだが、遠くに見える孤児院を細目で眺めてから首を振って答えた。


「聖剣を売り捌ける奴に会いに行く」

「そう、ですか……そうですよね」


 俺が孤児院の方を見ていたことなどバレバレだったようで、レイナの返答は、どこか気遣いを感じさせるものだった。


 聖女様の前で盗賊の生き方を否定された日からずいぶん経つ。レイナにもこの事は話したが、押し黙ってしまうだけだった。


「……俺の事は気にせず、お前は聖女様に会いに行ってもいいんだぞ」


 俺の問題は、俺が解決する。だからお前は久しぶりに挨拶にでも行ってこい。そう思い伝えたのだが、レイナはフッと笑った。


「これからあの人に会うんですよね?」


 頷くと、レイナは困ったような、それでいて嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「私が居たら居たで機嫌を損ねるでしょうが、居なくても陰口を言われそうですから」


 これが気遣いからくる言葉なのか本心なのか。これから会う奴が変な奴だけに、本心は分からない。


 しかし、レイナも含め全員で行くことが決まった。つまりは、女三人に囲まれて行くわけだが……


「機嫌が悪くないといいんだがな……」


 そう呟きながら、俺は賑わう王都の中心部……ではなく、かつて孤児だった頃にゴミを漁っていた貧民街へと足を向ける。


「……変わらねぇな、ここは」


 イベルタルの西端にある貧民街に足を踏み入れると、かつての記憶が鮮明に蘇ってくる。


 石畳は依然として壊れかけており、歩くたびに足元が軋むようだった。

 そんな通りには貧しい家々が立ち並び、窓からはぼんやりとした灯りが漏れている。


 どこを見ても、まるで時が止まったかのように変わらない。


 聖女様に救われるまで、ここでの生活が全てだった。朝から晩まで空腹と戦い、日々を生き延びるため、スキルも使わずに盗みを働いていた。


 あの頃の俺は、それを当然のことだと思っていた。今となっては、信じられないほどの過酷な環境だったことがわかる。


 王都の華やかな中心部からは、ここはまるで別世界だ。ここまで露骨に貧富の差があるのは今の王族の体たらくが原因らしいが、お偉いさんたちは貧乏人に興味などないらしく、何の打開策もうっていない。


 ジルとピアは、なぜこんなところに来るのかと不思議そうにしていたが、次第に周囲が目つきの悪い連中だらけになると、途端に身構えた。


「ちょ、ちょっと、アタシたちをどこに連れて行く気よ!」

「汚らわしい視線ばかり感じるのですが、まさか私たちを売るというわけではありませんよね……?」


 女からすると、こういう所謂スラムは男以上に危険が伴うので当然の反応なのだろう。


 だが、すぐに心配はいらないと口にする。


 何の根拠があって、と言いかけた二人だが、睨みつけてくる奴らが俺の顔に気づくと、驚いたように目を見開いてから、バツが悪そうにそっぽを向いた。


「ほらな?」


 言葉よりも結果で示せば、ジルとピアの俺へ向ける視線が変わった。


 こんな薄気味悪い場所で、ガラの悪い奴らを黙らせたのだ。


 少なくとも今までは、まぐれで勇者に勝った盗賊くらいにしか見てなかったのだろうが、それが変わったかもしれない。


 以降は黙ってついてくるようになった二人と、普段通りのレイナ。三人を連れて貧民街を奥へ奥へと向かえば、場違いに小奇麗な煉瓦の建物が見えてくる。

 しかし入口の扉の上には、長らく手入れされていないのか、傾いた『アンサング』という看板がぶら下がっている。


 この二階建ての建物を、”アイツ”は列記とした事務所だと語っていた。


 扉に手をかけると、案の定鍵はかかっていなかった。開けた先には来客用のソファーや散らかった机などの奥に、件の人物はいた。


 ゆったりしたソファに腰かけ、足は机の上に投げ出され、顔は天井を向いたまま寝息を立てている小柄な少女。


 相変わらずだな、と肩をすくめながら「客だぞ」と声をかけてやる。


「……んあー?」


 間の抜けた中性的な声がすると、続いて「ここは週休六日制だよ」と寝ぼけた声で寝ぼけたセリフが返ってくる。


 それでも帰らずにいれば、やっとのこと身を起こすと、こんなところに似つかわしくない少女の顔が露わになる。


 金色のツンツンとした短い髪と天辺にある一本のアホ毛が特徴的で、眠そうだが次第にパッチリ開かれたツリ目気味の紫紺の瞳は、確かに美少女のそれだ。


 しかし、少女と呼ぶには声が中性的であり、真っ白な肌は女性らしさを感じさせるが、体つきはシャツの上からでもわかる寸胴。背も低く、風が吹いたら飛びそうな華奢な体つき。


 一見すると、どこかの貴族の令嬢か子息にも見えるというのに、立ち上がった時の身のこなしは、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた隙を感じさせないもの。


 そんな相手が寝ぼけ眼のまま続けた。


「ここのルールを知ってもボクを起こして、あまつさえアンサングに居座る輩は、悪いけど力づくでも帰って……えっ」


 寝起きの不機嫌さを感じさせる声音から一変、俺を一目見ると、しばらく口をポッカリ開けてから、やがてパァッと満面の笑みを浮かべた。


「シビトじゃないか!! やっっっと帰って来てくれた!! いやはやー! 待ってたよ!」

「久しぶりだな、クロノ」


 クロノ。それがこの少女の名だ。

 正しくは俺やレイナと同い年なので女性と呼ぶべきなのだろうが、一向に成長しない体つきのせいで、ジルやピアには歳派のいかぬ少女に見えているだろう。


 紹介しようとして、クロノは小柄な体からは想像もつかない速さで俺の胸に飛び込んでくると、その顔をこすりつけてきた。


「うん! この匂いも胸板の厚さも本物のシビトだね!」

「逆に聞くが、偽物なんているのか?」

「ボクに取り入ろうって連中がたまに幻惑スキルでそういうことをするからね。ま! 一回も間違えたことないけど!」

「お前にそんな真似する奴の方が可哀そうになってくるな」

「ああ勿論、ボクの最高の理解者であるシビトを偽った相手からは何もかもを『盗んでやったよ』――ところで」


 たっぷりはしゃいでから一気に声のトーンを落とすと、スゥッと息を吐いてから俺の後ろへ眼をやる。


 さながら刃物のように尖った瞳に睨まれて、ジルとピアが身をすくませた。


 しかし、レイナは苦笑いだ。


「……レイナは久しぶり。というか、シビトが来たなら君もそりゃ来るよね。あの女たらしのクズ勇者から解放されたって情報が入ってきた日から待ってたよ」

「あ、あははは……その割には、ちょっと目と声が怖いんですけど……」

「いや、君の事は嫌いじゃないよ。むしろ好きな方。もしもボクの目つきと声が怖くなる理由があるとしたら……」


 クロノがジルとピアを睨むと、先ほどまでのご機嫌な声からは想像もつかない冷淡な声音を突き刺すように発した。


「ボクの事務所へクズ勇者に媚び売ってた尻軽女がセット且つ土足で入って来てるからかな? ああそれと、たかがA級の癖にシビトの悪口言いまくってたっていう情報も入ってる相手だからかな? いやそれとも……」


 と、そこでクロノの口を手でふさぐ。


 むぅっ、と暴れたクロノだったが、すぐに手を伝って胸の中へまた入ってきた。

 何か言う前に、俺は簡潔に要件を述べる。


「“美味い話”をもってきた。ついでに懐かしいメンツで飲まねぇか?」


 それだけで、俺が何を求めているのか理解したようだ。クロノ――かつて共に夜を駆け、今ではイベルタルの暗部を担うアンサングのトップは指を鳴らすと、二階から屈強な男たちが下りてくる。


「じゃ、そこの尻軽二人もしっかり客人としてもてなしてあげるよ」


 男たちへ、記憶が正しければイベルタルでも有数の高級宿へ二人を連れて行くように告げてから、クロノは改めて俺とレイナを見据える。


「それじゃ、ボクたち”孤児院トリオ”は二階で再会のパーティーだね」

【作者からのお願い】


最後までお読みいただきありがとうございました! 面白いと少しでも思って頂けたら、広告下の★★★★★で応援していただけますと幸いです!


執筆活動の大きな励みになりますので、よろしくお願いいたします!

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