お宝返却大作戦
「第五王子の脱税のせいで我が商会が被った被害額は金貨にして百枚以上だ! 証拠が揃っている以上、言い逃れできまい! 商人の意地にかけて損を取り戻すぞ!!」
とある大きな商会の長がそう叫ぶと、商会に属している商人すべてと、懇意にしている行商人たちが大声を上げ、脱税の証明書という羊皮紙で作られた剣を手に王城へと詰めかけていった。
税金の変更をする予定だとか言い逃れ出来ないように、チョロッと紛れ込ませたアンサングのメンバーに「税金を取り決める噓の期日についてのサイン付き証書」を持たせた。
別に脱税が正されようがどうなろうが構わない。俺たちが望むのは、脱税が第五王子によって起こされたという真実の証拠と、反論してきたときに言い返す武器だ。
とにかく騒いでくれと、雑踏の中に紛れながらクロノと笑いあう。
そうしていると、今度は王族と懇意にしている侯爵家の当主が屋敷から兵を連れて出てきた。
「我が家の長子を第四王女の婚約者とするのは嘘だったのか!! この私をよくもだましたな!! もはや我慢できん!! 武力をもってでも第四王女を引きずりだしてやる!!」
これもまた「皆の者続け!!」と侯爵家当主が叫べば、仕えている騎士たちは本物の剣を手に王城へと攻め入っていった。
ちなみに、あの中にもアンサングのメンバーを紛れさせ、何か言い返そうものならすぐにでも反論できるネタを持たせてある。
まぁ、これもまた婚約がどうなろうと知った事ではない。大いに騒いでくれたら、それで結構だ。
なんてニヤニヤしていれば、次は王城にて宰相として政治の場で働く爺さんが、他の政治家たちを扇動していた。
「第三王子の行った汚職記録は私の手にある! これの尻拭いにどれだけの時間を割いたことだろうか!! 真偽を確かめるためにも、私たちは正門より第三王子へ謁見する!!」
あれは俺が盗んだ奴だ。そうクロノに自慢していると、ちょっと待つように偉そうな男が立ちふさがる。
「第三王子には、まず我が公爵家の血筋の者を差し置き、自らの子供を魔術学院において不正を働き厳正なるテストにおいて上の順位に立った事について問いたださせていただく!! 政治屋は退いてもらおうか!!」
ああ、あれはボクが盗んだやつだ。クロノが指をさして笑っていると、王族を支える宰相たち政治家も、イベルタルにおいて重要な役職にいる公爵家の当主たちも「私たちが先だ!!」と、取っ組み合いの喧嘩を始めた。
ああなるのは目に見えていたので、これまたアンサングの荒っぽい連中を紛れさせて、喧嘩を助長させている。
他にも沢山盗んだ第五王子から第二王子までのあらゆる不正だとかの記録を、立場、社会的地位に関係なく、貴族、平民、貧民にばら撒けるだけばら撒いた。
そこに騒ぎを大きくする嘘を混ぜ、潜り込ませたアンサングのメンバーにより勢いを絶やさせないようにしたのだ。
国中が王族たちの不正により騒ぎを起こしているので、騙されたとか、被害を受けた連中は戸惑うことなく、この流れに乗って王城へと詰めかけている。
力のある貴族なら自らの持つ武力によって。商人たちは証書という武器を手にして。平民たちは一致団結して。貧民たちは捨て身になって。
中には、特に何も被害を受けていないが、こういう祭りが好きな血の気の多い冒険者たちが、普段から偉そうな王族をぶん殴ってやろうと剣や杖を手に突っ込んでいっている。
このバカ騒ぎに乗じて、王族によって何らかのマイナスを被った奴から何も関係ない騒ぎたい奴まで、王城という一つの目的地に向かって攻め込んでいるのだ。
野次を飛ばす喧噪の中で、俺たち二人は大笑いだ。今頃、各王族は対応に追われているか、逃げる準備で大忙しだろう。
いい気味だ。王族なんていう恵まれた生まれのくせに欲をかくからこうなる。
最弱の盗賊にして、孤児として育った俺たちのせいで頭を抱えている姿を想像すると、クロノと二人で騒ぎを見ながら酒でも飲みたいところだ。
しかし、まだ俺たちの計画は始まったばかりだ。王城を守る衛兵たちとイベルタルのあらゆる民がぶつかり、衛兵たちも、こんな汚い話ばかりの王族に仕えるのが嫌になって職務を投げだした頃、アンサングのメンバーが報告に来た。「そろそろではないか」と。
クロノと顔を合わせ、互いに頷き合う。ここから先は、より荒っぽくなる。
俺たちのメインステージはまだ先だが、次の一手を繰り出したら、後には引けなくなる。
覚悟はいいかと確かめ合い、俺たちは王城付近へ散っていき、声を上げた。
「これじゃ、信用できるのは第六王子のマオ様だけじゃないか!!」
俺が叫ぶと、遠くにいるクロノが返すように声を上げる。
「何言ってるんだ!! 第一王子のエレク様に決まっているだろう!!」
俺たちの声を受け、王城付近の民も衛兵も顔を合わせると、次第に「そうだそうだ!!」と騒ぎ始めた。
「潔白なのはその二人だけじゃないか!!」「これだけ情報が漏洩されても悪い話の一つも出ないんだ! その二人しか信用できない!」
よしよし、まずは計画通りに大衆が二人に興味を示してくれた。
これにより、アンサングのメンバーたちも各所で声を上げる。
「第一王子であらせられるエレク王子が相応しい!」「マオ王子ほど民を想ってくれている王族はいないだろう!」「エレク王子だ!」「マオ王子だ!」
意見をぶつかり合わせていると、王城に集まった民たちもエレク派とマオ派で別れ始める。
貴族たちからの人気が高く『薄氷を渡る者』として名高い第一王子エレクか、平民や商人などからの支持が高いマオか。
貴族相手では分が多少悪く思えたが、聖剣を使いこなせるのはマオだ。
イベルタルに属する冒険者や剣術を嗜む者たちは、マオへと流れていく。
そうやって、エレクの目を盗み隠れていたアンサングのメンバー総出でエレクとマオのどちらかが国王に相応しいと、この場に集まった者たちを敢えて二つに分けた。
ちなみに俺を助けるためにアンサングのメンバーを使い捨てるような真似をしたクロノだが、信頼を取り戻すのは簡単だった。
隠れていたメンバーたちや脱獄してきた奴等を夜に集めて、これからの計画を話したのちに「この勝負に勝ったら今までの比じゃないくらい儲かるよ!」とクロノが言葉巧みに扇動すれば、後には引けないのは彼らも同じなので乗っかってくれた。
それに実際マオが勝てば、アンサングは秘密裏に依頼を頼まなければならないような組織から、表向きは何でも屋としてでも経営し、裏では国王となったマオ自らの依頼が来るようになる。
もっと言うなら、今回の一件で王城に住まう膿は排除されるだろうから、汚い仕事ばかりではなく、本当に義賊組織として胸を張っていられるかもしれない。
なんて、あれこれと計画しているわけだが、このバカ騒ぎは始まりに過ぎず、同時に陽動でもある。
更には俺たちとエレクの知恵比べのようなものであり、今回の一件を受けて、エレクがどう動くかが最大の勝負どころでもある。
「さぁて……賽は投げられたな」
喧噪の中、俺は一人呟いた。




