表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/21

【バカ騒ぎ当日】嵐の前の静けさ

 シビトとクロノが逃げてから、もうすぐ十日ほど。独房の中に囚われている私の元には、毎日のように二人の来客があった。


 一人は第一王子エレクだ。日に日に苛立ちの積もる顔で、シビトとクロノがどこへ隠れたのかとか、二人と繋がりがありそうな組織などを聞いてくる。


 その度に私が知るわけないと答えていた。神に身を捧げる聖女として嘘は厳禁だが、本当に知らないのだ。

 比べたくないけれど、私は教会に仕え、神の教えのもと人々を救う聖女だ。


 しかしあの二人は、神も悪魔も恐れずに、どんな恐ろしい相手からでも宝やお金を盗みに行く盗賊なのだ。


 世の人が言う通りなら光と闇のように対極的で、水と油のように交わらない。

 関りがあるとしても、低ランクの盗賊が罪の意識に耐えきれなくなって教会に懺悔へ来る程度だ。


 もちろん、あの二人が懺悔などするような性格の持ち主ではなく、盗賊としての行いを躊躇するような価値観を持って生きていないことはよく知っている。


 なにせ孤児院時代――まだジョブも分かっていない幼い頃からの仲なのだ。

 その期間だけでも二人については誰よりも知っているつもりだし、勇者パーティーを出てからイベルタルに来てからの日々で、更に深いところまで彼らの世界に入れたと思う。


 そういった事を丁寧に説明すれば、エレクは苛立つ顔で思考を巡らせ、やがて何も言わずに去っていく。


 声を荒げたり、知っているはずだと決めつけたりはしない。

 エレクはとても優秀で、知的で、合理的だ。


 物事を冷静に分析し、あらゆる側面から見て判断する。余計な怒りや焦燥感で答えを急いだり偏らせたりせず、知りえた情報と私の立場と追っている二人についてを熟考し、私は本当に知らないのだと結論づけるのだ。


 それでも毎日のように私のもとを訪れる理由は、同じことを何度も聞きに来ているのではない。

 最初の数日で全ての側面からの質問を終えたのか、私に対して行うのは、質問ではなく脅迫へと変わっていった。


 簡単なことで、私を人質として「二人が現れなければ死刑にする」と脅し、もしくは私に大衆の前で二人に助けてくれと叫べだとか言うのだ。


 メチャクチャなやり方に見えて、これが結構効果的だったりする。私だって死にたくないし、病弱な母を残して処刑されるのなどもってのほかだ。

 嫌ならば大衆の前で叫べというのも、どこかに隠れている二人からしたら、たまったものではないだろう。


 二人で逃げて、あんな予告状を残したのだ。まだイベルタルに隠れていて、何かを画策しているのは当然のこと。

 タッグとして行動しているのなら、私の助けを求める声は、二人の間に亀裂を生むだろう。


 助けに――私を先に盗みに行くべきだと主張したり、これは罠だと反論したり。そうやって私を中心に主張がぶつかり合えば、この後やろうとしていることも上手くいかなくなる。

 最悪、どちらか片方が独断で助けに来るかもしれない。二人がかりで来ることだって十分ありうる。


 もしそうなったら、エレクの勝ちだ。認めたくないが、エレクはあの二人よりも頭が回る。そんなエレクが助けに来ることを想定していて、この独房までの警備を固めたり、罠を張ったら、捕まってしまうだろう。


 つまり、私が死を恐れて助けを呼べば終わりだ。しかしエレクが脅すたびに、私は両手を握って祈りを捧げるように言っている。「神よ、この傲慢で愚かな者に裁きを」と。


 言葉こそ違えど、毎度そんな事をSランクの聖女から言われてしまえば、エレクとて強硬策に出られない。

 どんなに冷徹な性格でも、罪のない聖女を脅したり、ましてや殺したとあってはタダでは済まない。


 純粋に民や部下からの信頼を失うだろうし、エレク自身も、これからマオを相手に国王の座につく勝負をしようとしているというのに、神の怒りを買ったら運も落ちる。


 神など信じていないようなエレクでも、心のどこかで「聖女を殺すのは不味い」と分かっているのだろう。この十日間、脅しに脅しても、結局は何も情報を引き出せずに去って行ってしまった。


 唯一、私の命を危険に脅かさず、有利に話を進められる情報――私の母親については、もう一人の来訪者であるマオが必死に隠してくれている。


 十一日目もまた、エレクが私の態度に苛立ってから去っていくと、無事なのか確認するように独房へと駆け行ってきてくれた。


 それだけではなく、エレクの目を盗んでは独房でも不自由のないように食事なども取り計らってくれている。


 時には、私を巻き込んでしまった事を悔い、懺悔するような場面もあった。


「神の子羊たる聖女をこのような場に押しとどめてしまったのも、脅迫などという愚かな行為をさせているのも、すべて私の落ち度だ……」


 ガクリとうなだれるマオへ、私はいつだってそんなことはないと、神の名のもとに否定してきた。


「あなたはこの国の貧しき者にとって希望となるべき王子なのです。そのような方が欲に塗れた兄を止めるために行動し、その結果として私が捕まっていようと、神はお怒りになられません」


 そう諭すように私が言うと、マオは暗い顔のまま「神か……」と呟く。


「……神とは寛大だな。いや、寛大すぎる。エレク兄上も、他の兄弟たちも、欲に塗れ、罪を犯しているのだから、裁いてくれればいいものを……」


 欲に塗れた者を裁く。教会や高位の聖職者がいくらそう謳っても、神は裁いてくれない。

 そもそも、本当に神はそれを望んでいるのだろうか。私たちが決めつけているだけではないか。


 どちらにしろ、私からすると、


「それでは私が困ってしまいますね……」


 なぜだ? と首を傾げたマオに、クスリと笑って答える。


「私は聖女の身でありながら、これでもかと罪を犯している二人の盗賊を長年にわたり赦し続けているのですから。あの二人に罰が下ってしまったら悲しいですからね」


 言われてみればそうか。マオは納得したのか頷くと、私へ微笑んだ。


「君は優しいな。Sランクの聖女である以上に、もっと称賛されるべき女性だ」

「そのような事はありませんよ。私はただ、紆余曲折あったとはいえ、聖女の身でありながら教会で過ごすのではなく、広い世界を冒険してきただけです。その中で私の友達――盗賊があるとき語ってくれた、絶対などないという考えを自分の物とし、聖女としての生き方に反映させているだけです」


 でなければ、もっと堅苦しい考えの持ち主になっていた。この国の腐敗を正すために、アンサングという組織やシビトたち盗賊から抹消すべきだという考えに至っていたかもしれない。


 けど、そうならなかった。他でもない盗賊が語ってくれた価値観が、私という聖女を変えてくれたのだ。


「聖女の多くは言うでしょう、欲望は悪であり、忌諱すべきものであると。清廉潔白な身であることこそが美徳にして、誰もがそうであるべきだと――でも、私は違うと思うのです」

「理由を聞いてもいいかな?」


 頷くと、今までのシビトやクロノと過ごしてきた日々を思い返す。あれを盗もう、いや、こっちにしようと悪そうな顔で笑いながら語っている姿を。

 何度も咎めようとして、その度に、二人の行いが招く結果を考えると、神ではない私という個人が、二人の行いを決めつけるのはおこがましいと考えるに至ったのだ。


 二人が今にも消し飛んでしまいそうな商人たちから、品物を売る先を裏で操り、最安値で買い取っては儲けているような悪徳商会からお金や品物を盗む。


 すると経営が傾き、商品が足らなくなるので最安値では買い取れなくなり、虐げられていた商人たちは今までよりも高く売りつけることが出来る。

 欲をかかずに適正価格で売った商人なら信用を得て、経営を立て直した後に改めて良好な関係を築くかもしれない。


 盗みという行為そのものは悪でも、その後に生じる出来事は、思いもよらぬところで人を救い、正しき者たちをより良き道へ誘うことだってある。


 そんな話をマオにすれば、深く深く頷いた後に、私もまた同じだと口にした。


「聖女でありながら盗賊と関わることで、どんな思慮深い聖人でも持たない瞳を手にして、世界を見ている。彼らが盗賊として生きたからこそ、今の君がいる――どうかな、一つ提案があるのだが」


 マオはそう言って間を置くと、私を見据えた。


「私が玉座についた後には、王族専属の聖女として、この城で働いてはくれないか?」

「えっ……そ、そんな大事な役目を、私に……?」


 王族専属ともなれば、パレードなどの式典や、隣国との和平の場などで、国を代表して神に今後の幸を祈る役割が与えられる。


 Sランクの聖女というだけでは決して辿り付けず、全ての聖職者たちが欲を持たないといいながらも憧れている存在。


 それを、私に……?


「わ、私のような若輩者でなくても、もっと相応しい人がいるはずです!」

「イベルタルの孤児院や貧民街があのような有様だというのに、助け船の一つも出さない教会の者の方が自分より相応しいとでも?」

「それは……」


 私たちが一番よく知っている現実だ。孤児院でも、なぜ神の教えを説きながらも、私たちを救ってくれないのかと疑問に思っていた。


 だからこそ、私は誰よりも誠実な聖女になりたかったのだ。

 それでも、私がこの国の聖職者たちを否定していいなんて口実にはならない。


 私の葛藤を見抜いてか、マオが「確かに」と続けた。


「この国の教会の聖職者とて、何もしていないわけではない。貧しき者のために祈り、強欲は罪だと貴族たちに意見する。だが、所詮はその程度なのだ。自ら貧しき者たちのために身を捧げている聖職者は、私の知る限り今のところ一人だ。たった一人で増え続ける孤児たちを長年にわたって救い続けてきた聖女だけだ――彼女は素晴らしい存在だ。しかしきっと、私が誘っても孤児院を離れないだろう。それは君だってよく知っているだろう」


 聖女様の事を知ってくれていた。その行いを肯定してくれた。


 なんだか自分の事にように嬉しく、笑みがこぼれる。


「……本来なら、彼女を何とか説得したかったところだが、何の因果か、ここに彼女の元で育った見目麗しい聖女がいる」

「見目麗しい!?」

「謙遜はしない方がいい。君は美しく、若く、心もまた清い。本当なら婚約者にしたいところだが、生憎と君は神に身を捧げる身だ。しかし、近くに置いておく……いや、近くにいてほしい。私が王となって率いていく未来を、共に祝福してほいのだ」


 頬を赤らめながらも言い切ったマオに、私は言葉を返せずにいた。


 ここは独房で、マオが国王になるには目の前に大きな問題があって、まだ現実的な話ではないというのに、夢見てしまう。


 正しき王と共に、聖女として国と民を導き、救えたらどれだけ良いことだろう。

 聖女様に救われたこの命に、胸を張って意味があるのだと言えるだろう。


 マオが国王になれば、そんな未来がやってくる。けれど現実は厳しく、マオには行く手を阻む分厚い壁がある。


 だから私は、せめてマオに勇気を与えようと、その役割を受けると言おうとして、駆けつけてくる彼の部下がいた。


 とても急いでいるようで、息を切らしている。なにかが起きたのだと察するのと同時に、独房に聞こえてくるほどに、外が騒がしい。


「外の騒ぎは何事だ。誰が騒いでいる。以前のようにアンサングの者たちか?」


 マオが問うと、部下は首を振ってから「誰と言われましても……」と困っていた。


 言葉というか、適する名前を見つけたのか、マオの部下は口にした。


「イベルタルの、ほぼすべての民とでも言いましょうか……」

「なんだと? どういうことだ?」

「それが、公爵の方々から貧民に至るまで、王城に詰めかけているのです。王族の腐敗を許すな、と。それと、このような物がマオ様とエレク様に向けて届けられております」


 差し出されたのは、きちんと封のされた手紙だった。マオはそれを解いて中を見ると、目を見開いて驚いた後、苦笑いのような、本当に面白がっているような、何とも言えない笑みを見せた。


「これを見るといい、まったく、君の友人は仕事を増やしてくれるものだな」


 手紙を受け取り中を見ると、私もまた苦笑いだ。


 二人がここを逃げる前にシビトが言っていたことだが、本当にやるとは。

 こんな事をして捕まったらマオ一人では到底守れない。だというのに、イベルタル全土がパニックになるような、そう、バカ騒ぎを始めてしまったのだ。


「本当に、罪深いですね」


 手紙に記されていた内容。それは至極簡単だった。


 『盗んだ王族のお宝を、元の持ち主たちにお返しいたします。こちらの方で謝っておきますので、王族の方々にはお手数をおかけしません。 愛をこめて 盗賊シビトと最愛のクロノ』


 二人が盗みに盗んでいた、マオを国王にするための、王族の腐敗についての情報。アンサングのあの部屋で二人で馬鹿みたいに競っていた数えきれない情報をばら撒くのだろう。


 まさか盗賊が盗んだ宝を自分から返しに行くとは。こんな不合理な事、合理的なエレクも読めなかったに違いない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ