たった一つだけ策はある
騒がしい城内の中、この独房の中だけ時が止まったように静かだった。
なにせアンサングに見習いとして出入りしているころから、クロノは弱気な事など一度として言わなかったのだ。
俺とクロノの間だけにある積み重なった時間が、軽々に言葉を出させない。
レイナもまた、俺たちの世界に入ってこられない。
これは最弱職の盗賊として、与えられた力を最大限に生かして名を上げてきた俺たちの世界なのだ。
意地もあればプライドもある。その果てに成功を収めてきた実績だってある。
結果として、俺もクロノもSランクの盗賊として名を馳せた。
潮時――このとてつもない大仕事から手を引くということは、それらの積もった歴史に泥を塗るどころでは済まないのだ。
だとしても時間はない。やがてクロノは諭すように口を開いた。
「……悔しいけどさ、エレクには勝てる気がしないんだ。一か月間の盗みも、この前二人で忍び込んだ時も出し抜かれたんだよ? 裏をかくのが仕事のボクたちにとって、相手するには分が悪すぎる」
金持ちの貴族や大商会が、ネズミ一匹忍び込めないように厳重な警備を張り巡らせた最奥へと盗みに入る。それはまさしく相手の考えの裏をかく行為であり、時に思いもよらぬ事をするから成功してきた。
だが、エレクはそのどちらを取っても俺たちの上をいったのだ。
事実、俺たちは二度も裏を突かれ、思いもよらぬ方法で捕まった。
二度も負ければ、勝ち直すのは非常に難しい。この世が賭場なら、誰もがクロノのように降りろと言うだろう。
だから俺が胸に秘めている策をこの場で話しても、負けが込んでまともな思考ができていない奴の戯言に聞こえるだろう。
ならどうするべきか。クロノを見つめると、お道化ることなく、真面目に返した。
「逃げるのは時に、盗賊の仕事の一つだ。だがな、今回ばかりは逃げるわけにはいかねぇんだよ」
「……そりゃ、君の考えていることくらい分かるよ。ボクたちは最弱から這い上がってきた身だ。その歴史に笑われるようなことはしたくない。だけど、この世界じゃ意地を張ってる奴から死ぬんだ。アンサングを率いていて、ボクはそれをよく知ったよ。だから――」
続けようとしたクロノを制し、指を二つ立てる。言い淀むクロノへ、逃げない理由が二つあると無言で告げたのだ。
「これは俺たち三人に共通する問題だが、エレクの奴は場合によっちゃ、聖女様を人質に取ろうとしてやがる」
思わず言葉を失った二人へ、エレクの執務室で交わした内容を掻い摘んで話す。
俺の有用性と、自分の思い通りに事が進まなければ聖女様に何をしでかすか分からないこと。
マオの現状や、エレクの考えなども話した。
「このままじゃ、イベルタルの貧困層は間違いなく消し飛んじまう」
「だからって、今のボクたちに出来ることなんて……」
「いいのか? 聖女様だってどうなるか分からねぇんだぞ?」
クロノは聖女様の考えを綺麗事で片付けて孤児院を出た。しかし聖女様に救われ、育てられたから今があるのだ。
そうでなくては、痩せっぽちの孤児として野垂れ死んでいたかもしれない。
見捨てられるわけがない。クロノの心根はそこまで冷たくない。簡単に見捨てるような奴なら、危険を冒してまで俺たちを助けには来ない。
しかし、打開策がない。クロノだって考えに考えて、それで駄目だったから、諦めてここに来たのだ。
俯きながら悔しそうにするクロノと、怒りを顔に映すレイナに、俺は「諦めるのは早い」と、立てていたもう一つの指を頭上に掲げた。
「たった一つだけ策がある! エレクだって読めないだろう、盗賊がやるわけない方法で逆転させる事が出来る!」
声高に言うが、いい加減にクロノがここへ侵入してきたのもバレたようだ。
こちらへと向かってくる衛兵たちの足音に急かされながら、クロノがその策は何なのかと問いただした。
なので簡単に説明してやると、流石のクロノも面喰い、同時に「懐かしいね……」と、いくらか調子を取り戻して苦笑いを浮かべている。
「で、この賭けに乗るか?」
手を差し出すと、クロノはこんな状況でよく余裕でいられるものだと呆れながら、その手を取った。
互いにニヤッと笑い、そして二人で申し訳なさそうにレイナを見る。
「俺たちはこれから”バカ騒ぎ”を起こすが、失敗したらお前も人質にされるかもしれない。最悪、殺されたって文句が言えなくなる」
「……はい」
「俺たちはいったんここから逃げるが、お前もつれて行くのは無理だ。ここに残すことになるが……」
言葉に詰まるも、レイナは微笑んだ後に、だったら話は簡単だと言った。
「もしどうしようもなくなったら、私を盗んでから逃げてくださいね?」
「……ハッ! 聖女様直々に盗みの許可が下りたな」
「だね、じゃあとっとと逃げるよ! 久しぶりに”らしくない事”をやりに行こうじゃないか!」
「っと、その前にだ。一つだけやることがある」
急かすクロノを説得し、エレクの部屋からコソッと盗んできていた紙切れにペンで”お約束”を書いておく。
「愛をこめて、っと。さて、どうせここにエレクかマオが後で来るだろうから、これを渡しておいてくれ」
レイナに渡すと、プッと噴き出していた。これだけの余裕があるなら、きっと上手くいくとも言ってくれた。
「さて、じゃあ戦略的撤退だ!」
「素直に逃げるって言いなよっ!」
独房さえ出てしまえばこちらのもの。俺とクロノは向かってくる衛兵たちを撒いて、城外へと逃げたのだった。
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「無事か!?」
シビトとクロノが逃げた後、しばらくしてマオが私の下へ駆けつけてきました。
一国の王子が一介の聖女の身を案じてくださることに感謝しつつ、二人が逃げた事を話す。
マオはきっと、私が置いて行かれたのだと思ったのだろう。言葉を探しながら黙ってしまったが、私は心配ないと返しておく。
「あの二人はSランクの盗賊ですよ? 私を置いていったのは確実に逃げるためです。一度逃げたら、今度は私を盗みに来るとも約束しましたから」
「そうは言うが……」
「大丈夫です。私はあの二人を信じていますから」
そんなところへ、呆れた様子のエレクもやってきました。
マオといいエレクといい、王子がこうも集まるということは、余程シビトの存在は大きかったのでしょう。
マオがエレクを睨みますが、興味なさげな様子でした。あくまで本当にシビトが逃げたのか確認しに来ただけのようで、独房のどこかに隠れていないか探していましたが、私は今こそ預かっている者を渡すべきだと思い、エレクへ向けて一枚の紙きれを差し出します。
今度は意外そうな顔をしたエレクですが、書かれている内容を目にすると、その顔に僅かながら怒りが見えました。
「コソ泥め」
それだけ言うと、エレクは紙切れを捨てて去っていきます。一連の流れを見ていたマオは、いったい何が書かれていたのか気になったのか、拾って中を確認すると、焦燥感に満ちていた顔に笑みが見えました。
「なんとも盗賊らしい事をしてくれる」
紙切れに記されていたもの。それは、シビトがエレクへと向けた挑戦状であり、マオに向けた逃げずに戦う意思表示である『予告状』だった。
『第一王子の野望を盗ませてもらうぜ? 愛をこめて 盗賊シビト』
これから、きっとイベルタルは大騒ぎになるでしょうが……まぁ、目を瞑るとしましょう。
シビトとクロノが予告通りに盗まなければ、聖女様も、孤児たちも、貧困層も道ずれなのですから。




