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エレクの本性

 盗賊にとって独房など別荘のようなものだ。行く先々で捕まっては、その場所なりの臭い飯を食ってから脱獄する。


 イベルタルの独房だって、入ったのは一度や二度じゃない。もちろん抜け出したのも同様だ。


 だがそんな汚れた身である俺と違って、独房には似つかわしくない清らかな聖女――レイナの姿もあった。


 同じ牢屋に入れられ、互いに言葉も出ずに黙ってしまう。


 レイナにとって、聖女として神の名のもとに正しい行いをしてきたというのに、独房に捕まるなど屈辱では済まされないだろう。


 俺は暗い顔のレイナになんとか笑ってもらおうとして、大根演技なのは百も承知だが笑い出した。


 不思議そうな顔をしたレイナだが、すぐに暗い表情に戻り、俺へと問いかけた。


「なぜ、笑っているんです?」

「そんなの、もう笑うしかねぇからだろうがよ。お前だって、今の状況知ってるんだろ?」


 聞くと、レイナは俯きながらポツリポツリと口にした。


「第一王子エレクは、シビトとクロノが盗みに来るのを見抜いていました。その上で自ら囮となり、アンサングの周囲に音をかき消す雪の魔術を張り巡らせ、あなたを捕らえた……マオ王子とあなたが繋がっていることはもちろん、アンサングとの繋がりも知られています。これでは、マオ王子はアンサングという裏の組織を使ったことが大勢に知られ、もはや強く出ることはできません……」

「加えて、俺たちは牢屋の中ときた。クロノがいないのは、まぁアンサングの長だから利用価値があるとかだからだろうな」


 捕まった瞬間、連れてこられないクロノが裏切ったのかと頭によぎった。

 しかし、そんな考えはすぐに立ち消えた。クロノは俺たち孤児院トリオを何よりも大事にしており、俺個人への執着も凄まじい。


 見捨てるわけがない。希望的観測ではなく、これは俺も、レイナも確信している事だった。


 しかし問題は、この後どうするかだ。牢屋の中ではマオがどういった立場にいるのかもわからず、クロノとアンサングもどう動くか不明。

 エレクの腹の内も読めないので、もはや笑ってごまかすしかなかったのだが、そんなところへ意外な客人がやってくる。


「ずいぶんと楽しそうだね、盗賊シビト」

「……ああ、アンタのお陰でな、第一王子様よぉ」


 エレク自らが、衛兵を連れてやってきた。なんのつもりだか知らないが笑うのを止めると、エレクと鉄格子越しに睨み合う。


 だがエレクは余裕の笑みを見せると、牢屋の鍵を開けさせた。衛兵たちに俺を連れてくるように命令すると、独房を出て行く。


 レイナを置いていく事になるし、もしかするとこのまま首を跳ねられるかもしれない。


 そんな不安に駆られながらも、俺はエレクのあとをついて行ったのだった。




 ####




 連れてこられたのは、エレクの執務室だった。俺とクロノが忍び込んだ部屋とは別の場所であり、こちらが本当の仕事に使う部屋だろう。


 とりあえず首を跳ねられるとかではないのを安心してから、俺は机越しに窓の外から城下を見下ろすエレクを睨む。

 この場に衛兵はいない。エレクが下がるように命じたのだ。気配からするに、扉の外にもいない。


 目の前には背中を向けたエレク一人。武器はなくても、始末できるかもしれない。


 盗賊として、闇夜に紛れて相手を倒す格闘術の類は身につけてある。

 背後からの奇襲なら、例えエレクが相手でも、勝てるかもしれない。


 エレクさえ死んでしまえば、俺たちの――マオの勝ち。殺した俺は罪人となるだろうが、そもそも盗賊だ。

 王族殺しの盗賊として、逆に利用してやる。そういう意味でもチャンスではある。


 だが、エレクがそんな馬鹿な真似をするだろうか。


 しばし考えた後、動こうとして、やめた。それを察してか、エレクもフッと笑って「懸命だ」と言い振り返る。


「今の私には何重にも氷の防御壁が張ってある。仮に君がSランクの武闘家でも砕けないほどに堅牢な防御がされているのだ」

「そんな大層なものは見えねぇが?」

「私の異名を知っているだろう? まさに防御壁は薄氷の如く薄く、光の反射加減などで目に映らないように調整してある。いくら盗賊の君でも、どこにどれだけ張られているかを把握するのは無理だろう」

「仮に見えても、丸腰の盗賊には壊す手段なんかねぇよ。で、どうして部下を下がらせてまで俺とタイマンで話そうとしてるんだ?」


 今は戦うことより、情報を集めることが先決だ。椅子があったので座らせてもらうと、エレクは気味の悪い微笑み顔を浮かべながら、向かいに腰掛けて口を開いた。


「単刀直入に言おう、マオから私へ寝返ってほしい」

「……なんだと?」

「もちろん報酬と身の安全は保証する。君の仲間である聖女と、アンサングを率いる女盗賊も同様だ。更に言うなら、私が王位についた後、君たちには望む物――どんな大金も、なんなら爵位だって渡す約束も書類で交わそうじゃないか」


 どうかな? と問いかけてくるエレクへ、俺は事態が呑み込めずに考え込んだ後、二つの謎を聞いた。


「なんでマオの事をそんなに気にするんだ? アンタは王位継承権一位だろ? いくらマオが国王候補として有力になったからって、そんなに警戒するか? それに俺だって、ただの盗賊だぞ?」


 その問いに、エレクは二つの過小評価が混ざっていると答えた。


「まず君だが、調べたらこの一か月でずいぶんと愚弟たちの急所を盗んでいるじゃないか。更に密偵から聞いたが、エルンの配下をダンジョン内で出し抜いたとも聞いている」


 あの場の誰がエレクの配下なのか。というか、そんなところから見られていたのか。


 エレクは、とことん奇跡を起こすために準備を怠らないようだ。


「さらには仮にも勇者を相手に盗賊の身で勝ち、聖剣まで盗んでいるわけだしな。そして、君はマオ個人から絶大な信頼を得ている。次期国王を決めるこの国において、君はもはや、ただの盗賊では済まない立場にいるのだよ」

「過大評価な事で……それで? もう一つの過小評価とやらはなんなんだ?」


 俺が聞くと、エレクは一つ溜息を零した。それから「イレギュラー」と口にする。


「イレギュラーだと?」

「私でも読めなかった……いや、こればかりは神でなければ知らない事が起こったのだよ」


 聞き返すと、マオの事だとエレクは言った。


「第二王子のエルンを始め、その下の兄弟たちは皆、浅ましく愚鈍だ。私はね、第一王子として生まれ持って王位継承権の序列で優れていたこともあるが、仮に争うとしてもあんな愚か者達ならどうとでもなると考えていたのだよ――末席としてマオが生まれるまでね」


 エレクは語る。マオは他の兄弟と違い自分と同様に知略に優れ、野心があり、エレクからしても政治面では勝てるか分からない相手だと。


 なにより剣術では絶対に勝てないと分かっており、聖剣を手にされているのは非常に厄介だそうだ。


「とはいえ、所詮は末席の王子だ。指示する民は少なく、配下も私の一声で寝返る者ばかりだ。それでも念のため、愚かな兄弟たちに意図して金や人員を渡すことで欲を煽り、マオの動きを封じさせていた。現国王である父上は私を恐れていたが、所詮は凡夫だ。国の中に敢えて問題を散りばめることで、私への手出しに割く時間や金を奪わせてもらった」

「ちょっと待て、色々と聞きたいことはあるが、国の中に問題を散りばめただと? 何をしやがった?」


 まさか、という疑惑を抱いて問えば、エレクはさも当たり前のように答えた。


「国中の貧富の差を助長しただけだが?」


 途端に、俺は身を乗り出していた。氷の壁とやらに顔をぶつけたが、それでも噛みつくように問いただす。


「テメェが裏で手を引いてやがったのか!? 孤児院も、貧民街も、何もかも昔と変わらないどころか悪化してるのは、テメェのせいなのか!?」

「その通りだが? おかげで孤児は溢れたが新たな世話役を向かわせないことで受け入れるべき孤児院は衰退していき、貧しき者は時に騒動の種となってくれた。父上はそれらへの対策で、私が水面下で進める玉座への道作りに気付けてすらいない」

「テメェ……!! 民を見捨てて王様気取りか! そんなんで国王になれると思ってんのか!」

「なれるとも。むしろ、貧民たちが減ってくれたら私が国を治めるときに負担が減って楽になる。その分、イベルタルはどのような大国にも負けない超大国に発展するだろう」


 だめだ、コイツには俺たちのような貧民は捨て駒か邪魔者にしか映っていない。


 そんな奴が、このままだと国王だと? 俺は怒りをぶちまけようとしたが、エレクの言葉を思い出す。


 そう、確かに言ったのだ。「剣の腕ではマオに勝てない」と。


 つまり、この場に俺を呼んだ理由は……


「……その超大国とやらにするために、マオから聖剣を盗んで来いってか?」

「ほぼ正解だ。しかしマオからの信頼は失わないように心がけ、いざ戦争等のいざこざが起きた時に戦ってもらうよう説得も頼みたい。盗みを得意とする盗賊なのだ、嘘もまた得意だろう?」

「そうだな……へっ、ああ得意だ! 大得意だよ!! 正々堂々の知恵比べならともかく、嘘を混ぜた口喧嘩なら、アンタにだって勝てる自信があるくらいにはな!!」


 突然大見得を切ると、エレクが少し目を細めた。それを見逃さず、俺は続けて言ってやる。


「ついでに俺は失う物のない盗賊だ! いくらでも捨て身になれる! だがアンタからしたら、俺はどうやら大事な駒みたいだな? そこで聞かせてもらいたい事がいくつかあるんだが?」

「……私が素直に答えるとでも? 君より優れた頭脳で嘘をつくかもしれないぞ?」

「嘘をつく者は嘘を見抜く力に優れてんだよ。それに、これから聞くことはアンタにとってそこまで知られても不利な事じゃない」


 しばらくエレクは俺を睨むと、やがて溜息と共に言うよう急かした。


 なので聞かせてもらった。クロノとマオについて。


「アンサングの長クロノと、アンサングという組織自体は今どうなってる? それと、マオは今どんな立場にいて、どんな問題を抱えている?」


 そんなことか。エレクは拍子抜けするように両手を振ると、二人について答えた。


「マオは現在、私に対してアンサングを使った武力による始末を画策していたとして、私に逆らえない状況にいる。補足しておくと、まだ公にはしていない。しかしクロノだったか? 理由は知らないが、あの女盗賊はなにやら姿を消しているな。これも補足しておくと、私としては君を捕らえた後、彼女がアンサングに戻った後に呼び出し、この場に同席させたかったのだがな」


 なるほど、俺としては欲しい情報が手に入った。だが、エレクは氷のように冷たい表情を浮かべると、刺すような視線を向けてくる。


「下手な事は考えないことだ。今は利用価値が大いにあるから生かしているが、あまり時間がかかるなら強引な手も、非人道的な手も使うつもりだ。調べはついているぞ? 君がかつて世話になった孤児院の聖女とやらについてもな」

「悪いが俺は悪党だ。脅しは慣れっこでね。絶対にこの状況をひっくり返してやる。だが敢えて言っておくがな……聖女様に手を出してみろ、その時、命はねぇからな」

「……勝手にしろ」


 話し合いはここまでのようだ。俺は独房に戻されると、心配するレイナを他所に、今後について考える。


 一介の盗賊と、次期国王との騙し比べという、盛大なパーティーの策を考え続けた。

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