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薄氷を渡る者

「退屈な仕事だね」

「もうそのセリフは聞き飽きたぞ」


 夜の王城内において、クロノがそう零した。


 見つかったらタダでは済まないというのに、俺も頷きつつそう返す。


 マオから盗んできてほしい物の詳細を聞いてから、クロノは本当に何度も「退屈」と言っているのだ。


 まぁ、出し抜かれたエレクを相手に俺たち二人で盗みに入るというのに、盗ってきて欲しい物は、民に知られたらエレクが反感を買うような資料だとか、不正が働かれてなくてもいいからエレクのスケジュールなどが記された記録など、俺たちが盗る獲物にしてはつまらなすぎるのだ。


 更に盗む品に具体性がなく、なにも無かったら無かったで「別の日に別の場所へ盗みに入ってもらう」という拍子抜けする”ならし”のような仕事だ。


 その上、王城への侵入へマオの手引きがあったので楽勝どころの騒ぎではない。


 Sランクの盗賊二人が取り掛かる盗みにしては、本当に退屈な仕事なのだ。


 これではスキルを使うまでもない。盗賊としてアンサングで身に着けた技術と経験だけで見張りの目を欺き、第一王子エレクの寝室や仕事部屋へ忍び込むのは簡単だ。


 しかし、仮にも第一王子の住まう部屋というだけあり、王城内でも国王に次いで忍び込むには手間のかかる高い階層にあり、マオの手引きがあっても警備は厳重だ。


 なのだが、この程度の盗みが出来ずにSランクの盗賊も、アンサングの長も名乗れない。


 天井裏や床下に潜ったり、窓枠などを伝って登って行ったりするうちに、エレクの住まう階層へ近づいてきた。


 退屈な仕事と思っていても、俺たちはプロだ。常に一流の仕事をする必要があるので、見張りを眠り薬で黙らせてから、上層へ臨むテラスで、一度装備品を整えていた。


 テキパキと二人でこのあと使うだろう装備を身に着けていると、盗みが簡単な事も相まってか、ちょっとした懐かしさを感じていた。


 口元が緩んでいることに気づいてか、クロノが首を傾げてどうしたのと聞いてきたので、昔の事を思い出していたと返す。


「まだガキだったころに、こういう楽な仕事が俺たち二人に斡旋されること多かったろ。あの頃はこんな余裕なんてなかったが……なんて言うか、相変わらずだなってな」


 言うと、クロノはフッと笑ってから、相変わらずなのは当たり前だと答えた。


「ボクたちは子供の頃も今も盗賊なんだ。逆に新鮮さを感じてたら、ボクとしては不気味なんだけど?」

「そうか? あれから腕を上げて、この程度楽勝だって感じられたら新鮮じゃないか?」

「そういうのは、もっとキツイ仕事で言ってほしいものだね」


 確かに。頷きつつ、こんなやり取りも含め、やはり相変わらずだと思う。


 クロノを見ると、テキパキ準備していたが、俺の視線に気づいてか再び首を傾げた。


 何か言う前に、俺は「やっぱりこっちだな」と呟いた。


 何のことか分かっていない様子のクロノへ、装備を整え終えると言ってやる。


「聖女様に否定された盗みなんていう仕事で、こんなに罪悪感もなく、むしろ居心地がいいのは、お前が隣にいるからだろうなって」


 突然俺の口からクロノの事を想う言葉が出たからか、当の本人がビクっと身体を震わせていた。


 暗闇でもわかるほどに顔を赤くし、周囲を確認してから詰め寄ってくる。


「い、いきなりどうしたのさ! そんな、ボクの機嫌を取るようなこと言い出して……」

「ご機嫌取りで言ったんじゃない。俺は思った事を、ただ伝えただけだ」


 クロノとレイナとで揺れていた心も、ここ最近では片方へと落ち着いてきた。


 まず一に、マオと俺たちの信頼関係が築けた以上、レイナの隣には誰が相応しいかと考えるようになったのだ。


 今なら、まさしくマオだと言える。この一か月も、王城に住まうマオの側近への顔合わせといった場へは、あまり表立って盗賊が行く事が憚られたので、レイナが向かうことが多かった。


 その度に、レイナはマオと建設的な会話が出来たとか、聖女として尊敬されたとか、そういう話を持ち帰ってくる。


 マオの目を覚まさせたのはレイナであり、今後すべてが上手くいった後に、隣でなくても近くに居るべきは、Sランクの聖女たるレイナだ。


 だが、そういう背景があるから消去法でクロノを選んだわけではない。


 同じSランクの盗賊であり、ずっとアプローチをされ続け、こうして仕事を共に行えば安心感すら覚える。


 そして二人ならどんな窮地からも逃げられるだろうし、どんなお宝だって盗めるだろう。


 見つかったら逃げるか時間を稼いで逃げ道を探すしかない盗賊業において、こんなにも一緒にいて心強い相手はいない。

 そんな相手は隠す気もなく俺へ好意を寄せてきており、俺もまたクロノの事を想っていた。


 これから先もアンサングで盗賊として生きていく事を抜いても、クロノの隣は居心地がいいのだ。


 マオを国王に押し上げるという大仕事が終わったら、レイナはその近くに。クロノは俺の隣に。そんな未来が来てくれたら、イベルタルも救われ、俺たちも収まるところに収まれる。


 まだ身を固めるつもりはないが、珍しくあわあわしているクロノへ「これからもよろしく頼むぞ」と、年来の友として、そして盗賊という仕事仲間として語り掛けたのだった。




 ####




 エレクが政務等の仕事をする部屋へと侵入したとき、俺はおろかクロノも、恐らく人生とは上手くいかないものだと、心のどこかで思っていたことだろう。


 この部屋には盗むべきエレクの王子としての仕事スケジュールから財務記録、その他、手にすればマオがエレクの隙を突くキッカケともなれる書類が保管されている。


 俺たちからしたら盗む品としては物足りないが、エレクにとって急所とでも言うべき書類があるわけだ。

 当然見張りも多く、ここへの侵入経路も退屈な仕事で済ませられるものではなかった。


 それでも、俺たちなら退路の確保も見張りに麻痺毒を盛って黙らせることも万事そつなくこなせた。


 だというのに、俺たちは肌で感じていた。「一波乱ある」と。


 杞憂だとは思わない。クロノも息をのんで警戒しているからだ。

 一人ならともかく、同じSランクの盗賊が、盗みの場の同じ目当ての品の前で警戒しているのだ。


 杞憂のわけがない。だが、一体何が起こるのか見当もつかない。


 退路の確保は何通りもあり、見張りは夜明けまで麻痺毒が解けない。

 別に忍び込んだのは魔獣の巣というわけでもなく、ただのエレクの仕事部屋。


 だというのに、この胸騒ぎは何なのか。二人で警戒しつつ、とっとと盗んでズラかろうとした時、暗闇の奥から手を叩く音が聞こえた。


 咄嗟に俺もクロノも短刀を手に身構えると、そこには身なりのいい人影――丁度窓から差した月光により、白銀の髪が輝いている姿があった。


 見張りなどではない。騎士や、雇われの傭兵でもない。


 そこにいたのは、マオが唯一勝てると断言しなかった『薄氷を渡る者』の異名を持つ、第一王子エレクが静かに拍手をしていた。


その端正な顔が微笑み、唇が開こうとしたとき、既に俺とクロノは左右に分かれてエレクへと暗闇の中、距離を詰めていた。


 声を上げられても、魔術を使われても不味い。かといって殺せば、マオにどんな噂が立つか知れたものではない。


 だから、背の高い俺は首元へ、クロノは足首へ短刀を突き付け、盗賊として身に着けたドスの利いた声で告げる。


「下手な真似をすれば、足の健から切断する」

「……怖い怖い、これが噂に聞く聖剣を盗んだ盗賊と、アンサングを治める若き女頭か」


 当然ながら、顔は分からないように黒い布で口元と目元を隠している。声だって、普段の俺の声を知っていたとしても、分からないような出し方をしている。


 だが、エレクはそれを見破った。それに、この距離で短刀を急所に突き付けられているというのに、顔にも声にも、一切の恐怖が感じられなかった。


 むしろ、余裕すら感じ取れる声音だ。その気になれば首の血管だって切られるというのに、逆に俺たちが追い詰められているようにすら感じる。


 しかし、これは考えようによっては好機ともとれる。


 普段なら騎士に囲まれて近づくことのできないエレクに対し、この場では二対一にして、既に動きは封じているのだ。


 殺しては取り返しがつかなくなるが、黙らせて拉致し、アンサングにて抵抗の意思すら持てないようにすれば、全て終わる。


 マオを邪魔する者はいなくなり、俺たちの仕事は終わる。


 この場でエレクという本命を盗むことが出来れば、レイナの母も、孤児院も、何もかも前倒しで事が運ぶ。


 クロノへ目くばせし、エレクを攫うという合図を送る。頷いたので、俺は先ほどの声音で告げた。


「一緒に来てもらうぞ」

「構わないよ、猿ぐつわでもなんでもこの身に受けようじゃないか」


 抵抗しなければ、話に聞いていた魔術も使わない。

 妙に思いながら、ヒンヤリとした口を猿ぐつわで覆った。


 両腕も後ろで縛り、そのまま用意していた退路へと向かう。


 エレクを抱えたままワイヤーで城の上層から一気に城門付近へと降り、そのまま王城をあとにする。


 何も問題などなかった。誰に見つかることもなくイベルタルの闇をエレクを連れて抜けていき、アンサングへと戻る。


 そう、戻ったはずだった。しかし、アンサングの事務所は――


「! 待って、この気配って――!」


 クロノが声を上げると、俺もエレクの首に短刀を突き付けながら、周囲の異常に……いや、たった今起こった変化に気づいた。


「囲まれている……!」


 貧民街の闇という闇から、剣や杖を手にした冒険者たちが現れた。


 よく見ると、ジルとピアの姿もあった。


 誰も彼も、名のある冒険者なのは一目見れば分かる。そんな連中がアンサングの周囲に潜んでいた。


 俺もクロノもここに来るまで気づかなかった。盗賊でもないのに、こうまで音ひとつ立てることなく周囲を囲うなど出来るはずもないのだ。


 だが、現に俺たちは囲まれている。そして、エレクの首元に突き付けていた短刀と、それを握る手が凍り付くと、痛みと共に咄嗟に放してしまう。


 更にエレクの口を塞いでいた猿ぐつわも、両手を封じていた荒紐も凍り付くと、バラバラに砕け散った。


 そうして瞬時にエレクの元へ冒険者たちが集まってきて、守られてしまった。


 なんとか俺とクロノは距離を取るが、俺たちはこの状況を理解できずにいた。


 あっと言う間に状況は一変したのだから。自由を封じられていたエレクは冒険者たちに守られ、俺とクロノは追い詰められている。


「残念だけど、ここまでだよ」


 そうしてエレクは静かに告げると、笑みを見せた後に、この場にいる全員に問うた。


「第一王子たる私を拘束し、刃を突き立てた賊はどこにいる?」


 囲う皆が言う、そこにいる盗賊だと。


「その名は何と言う?」


 囲う皆が言う「シビト」だと。


「では私の雇った冒険者諸君、約束通り私に敵対する者を捕えてくれるかな」


 そう言うが否や、数えきれない冒険者たちが俺へと迫ってきた。


 逃げることは叶わず、囲まれてしまう。そして拘束された。


 その間、逃げようとしながらも、まるで訳が分からなかった。


 この冒険者たちは、夜を生業とする俺たちを相手に、どうやって姿を隠し続け、どうやってバレることなく囲うまでに至った? 


 やがて王城から騎士たちがやってきて独房へと連行されながら、俺はエレクが何をしたのか全く分からずにいるのと同時に、なぜかこの場に連れてこられなかったクロノの事を考えていたのだった。

【作者からのお願い】


最後までお読みいただきありがとうございました! 面白いと少しでも思って頂けたら、広告下の★★★★★で応援していただけますと幸いです!


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