遺産
福島市飯野町。
日が落ちた山あいの地区から空を見上げる僕。
そして僕はオレンジ色の流れ星を見ながらため息をついた。
福島市南東部にある飯野町は、5000人ほどが暮らす山あいの地区。
住んでいる漁村から僕は見た。
無数のオレンジ色の光を。
様々な方角から動くオレンジの光を……。
この漁村の存在を知ったのは最近の事だ。
魚村にある遺産の事を一人の弁護士に教えて貰った。
その弁護士に会ったのは日曜のある日のことだ。
僕は複数のバイトのシフトを調整し、その弁護士と喫茶店で待ち合わせた。
その弁護士と名乗る人物から直接僕に会いたいと連絡を貰ったのが理由だ。
正確に言えば彼が会いたかったのは僕ではなく病に伏した父だったが。
結局、僕が代理としてその弁護士に会いに行った。
「臭いな」
「うん」
窓際近くの客が鼻をつまみ店の奥を見る。
それに釣られて店内を見まわす僕。
すると店の奥に一人ポツンと異質な客が居た。
青年だと思う。
恐らくだが。
その異質な客から距離を取り遠巻きに人が座っていた。
奥の客が臭すぎて避けてるのだろう。
店員を見ると僕の視線を避けた。
この店のオーナーか何かだろうか?
態度から察するに、その男に文句を言えない立場の人間なんだろう。
「俺は無理。もう無理だよ。臭すぎる」
「臭いわ」
カップルが席を立つ。
匂いに耐え切れなかったみたいだ。
その原因たる彼は、奥の席から店内に入った僕を一目見るなり手招きした。
スルメを齧りながら。
ボリボリと。
というかスルメ食うなと言いたい。
喫茶店で。
どうやら相手は僕の事を知ってるみたいだが、見覚えのがないので戸惑う。
この人が僕を電話で呼んだ弁護士だろうか?
まあ弁護士というには奇抜な格好だが。
「山田薫君ですね」
「はい」
「私は弁護士の周々木洋一と言います」
着席した僕に名刺を差し出す弁護士の周々木さん。
唸るような声だな。
そう思った。
他に周々木さんの印象はというと……。
第一の印象は……臭い。
生臭い。
流石に正面切って言えないが。
名刺を受け取った僕は思考にふける。
注文したコーヒーを飲みながら僕は差し出された名刺をよく見る。
裏と表を丁寧に見た。
本物の弁護士かどうかは分からないな~~と思いながら。
胸に弁護士バッチが無ければ胡散臭い偽物にしか見えない~~とも思いながら。
とはいえだ。
とはいえ、僕は弁護士バッチの本物を見たことが無いのだが。
というかスルメを齧ってるのが一番胡散臭い。
「薫さんは、親戚の多胡与さんを知ってる?」
「いえ、聞いたことは無いですが」
はて?
「聞いたことが無い?」
「ええ。親戚付き合いとは無縁でして」
「では、貴方と私は遠縁の親戚に当たるという事も知りませんか?」
「いえ」
「まいりましたね~~芦という名前に聞き覚えは?」
「無いです」
「あ~~」
弁護士だと名乗った青年は僕に名刺を差し出した。
名刺を受けとった僕に要件を切り出す。
しかし僕の親戚が名家ね~~。
周々木さんは僕が親戚の名前を知らない事に出鼻を挫かれたみたいだ。
頭を抱えている。
「周々木に芦や多胡は、千二百二十年前から此処を治めてきた名家なんですよ」
千二百二十年前だと?
確か……時期的には平安時代じゃないか?
そんな古くからある名家?
僕は何も知らないんだが?
「はあ」
「福島御三家と呼ばれた由緒ある名家でして」
福島御三家って。
嘘っぽい。
「聞いた事が無いんですが……」
「そうでしょうね~~私が言ってるだけですから」
思わず呆れた。
「冗談ですよ」
「はあ」
「本当は紀元前より前というべきか」
「……」
この人妄想癖が有るんだろうか?
ボリボリ。
というかスルメを新しく懐から出して齧り始めた。
弁護士というより変人と言いたいんだが。
「まあ信じないでしようね」
「いや普通は信じないですよ」
「ですよね~~いやあ~~」
カラカラと笑う周々木さん。
何というか大変個性的な人だ。
疲れる。
「ここで権威を振るっていたのが御三家だという事は本当ですが」
どっちだ?
「今は、どの本家筋も没落していますがね」
「……」
いや。
そんなに古くから在る名家なら誰でも普通は知ってるだろうに。
「御家再興しようとしてるんですが……」
「本家よりも分家が栄えて面目を潰されたりとか?」
「……」
「すみません」
落ち込む周々木に思わず謝る。
図星かよ。
そのまま話し続ける周々木。
良く喋るな。
第二印象がそれだった。
周々木さんの溜息が僕の顔に届く。
プウンと磯の匂いがする。
思わず顔を歪ませた。
「あ……すみません。匂います?」
そんな僕の様子に彼は気が付く。
「あ~~いや」
「海が近くなので磯の匂いが染み込んでいるんですよ」
頭を掻く周々木さん。
そうか?
「ああ~~」
「はい」
僕の匂いを嗅ぐ動作に自分の体臭が原因だと気が付いたんだろう。
頭を下げる周々木さん。
一番臭うのは口臭だが。
体臭も入ってるので何も言わないけど。
注意深く周々木さんを観察する。
服装は……。
春が終わり、まだ肌寒いとはいえその格好は無いな。
ニット帽に毛糸のマフラー。
それに上は毛糸のセーターを着て下はジーパン。
眼窩から大きく隆起した眼球の為、瞼が下がっていない。
肌は、鮫肌のようにザラザラ、ゴワゴワした状態でカサブタのような質感。
肌の色は、暗緑色。
背中には、不自然に盛り上がっているところがある。
首には、肉の垂れ下がったシワのような状態が出来、肩とアゴの間が完全に埋まっている。
手足の指の間には、気のせいかもしれないが水かきのようなものがある。
その上でサングラスとマスクをしている。
明らかに不審者としか見えない。
外見は。
また新しく懐から出したスルメを齧ってるよ。
明らかに弁護士というイメージとはかけ離れた容姿だな。
弁護士のバッチを見てなかったら偽物と思ったろう。
「あ~~ひょっとしてですが……」
周々木さんが恐る恐る僕に話しかけてくる。
ポリポリと頬を掻きながら。
「この容姿気になります?」
敢て見て見ないふりをしていたんだが……。
普通に聞いてきたので僕は呆気にとられる。
「実はこれ周々木家に芦家、それに多胡家に多い特徴なんですよ」
「あ~~それは……」
返答に困る。
「羨ましいでしょう?」
「……」
思わず扱けそうになった。
「一族では物凄く端麗とされる容姿なんですよ~~」
嘘だろうね。
普通に分かる。
「ほら、妻とは三年前に結婚したんですよ」
そういいつつ、スマホの中の画像を見せてくれる。
美人の奥さんと二人の子供が写っていた。
「因みにできちゃった婚なんですよ」
「うそおおおおおっ!」
凄い驚いた。
というか凄い美人でした。
多分今までの人生の中で一番驚いたと思う。
話が脱線した。
落ち着いてから肝心の遺産の事を詳しく教えてもらった。
僕の記憶に無い遠い親戚が死んだときのこと。
その親戚は早くから妻を亡くし子供に恵まれなかったらしい。
親類は全て財産の相続を断り、巡りめぐってその話が僕達に来たとのこと。
しかも碌に親戚付き合いのない僕達に。
顔も知らぬ親戚の遺産の相続の話だ。
僕に。
正確に言えば過労で体調を崩した父の代わりだが。
「何でまた他の親戚の方々が相続をしなかったんですか?」
「いや~~実は遺産といっても過疎化の進んだ魚村にありまして」
「つまり資産的価値が低いと?」
「はい」
真面目な顔してスルメを齧るのはやめて欲しい。
「それで親戚が避けてるのか……」
「まあ~~それだけでは無いのですが……」
「はい?」
「血が濃い者でないと忌避感が酷いんですよ。この土地は」
「はあ……」
何の事やら分からない。
分からないけど此れで父の事はどうにかなる。
そう思うと一安心だ。
早くに母を亡くし男手一つで育ててくれた父。
その父には僕は頭が上がらない。
せめて家計の足しにと僕はバイトをやり始めた。
殆どの時間をバイトと勉強に当て、僕は懸命に頑張った。
父はそんな僕を見て嬉しそうにしていた。
そんな父も長年の過労により倒れてしまった。
僕の世話に学費にと。
お金を稼ぐのに父がどれだけ働いたか知っている。
だから父が倒れた時、更に懸命に働いた。
バイトの合間に就職先を探していた僕には、遺産相続の話はありがたかった。
とはいえ過疎此の進んだ限界集落にある遺産。
あまり期待できないかもと思った。
その躊躇した結果がご覧の通りの彼との喫茶店での対面だ。
「あのう~~」
「はい?」
「その家は、どこに有るんですか?」
「相続して下さるんですか?」
「いや、まだ好奇心で聞いてるだけです」
「あ~~」
項垂れる周々木さん。
今度はスルメではなく鰹節を取り出す周々木。
まさか。
そう思ったらもう鰹節を食べ始めた。
ボリボリと。
顎が凄い強いな……。
思わず店員さんを見たら視線を逸らされた。
関わりたくないらしい。
気持ちは分かる。
当事者で無かったら僕もそうしたい。
「それに相続税は払えないと思うし」
「あ……相続税は払わなくて良いですよ」
僕の言葉に顔を上げる周々木さん。
「はい?」
「相続していただけるなら税金は、こちらで用意させていただきます」
「なぜ?」
「名家多胡の血を引く方に、あの遺産を継いで頂くことこそが大事なので」
「……」
その言葉に僕は沈黙する。
なら……なぜ?
他の親戚は皆断ったんだろう?
そう思いながら僕は遺産の家と畑を写真で見せてもらった。
地図で場所を教えてもらいながら。
「決めました」
「では」
「ええ」
結局僕は遺産を受け継ぐことを了承した。
一週間後。
僕は寂れた漁村にある相続した家に引っ越した。
場所は周々木さんが直接案内してくれた。
「どうです?」
「いいですね」
古びた家。
歴史を重ねた田舎の古民家という感じではない。
ただの古い田舎の家。
そんな感想を抱かせてくれる家だった。
新しいというわけではない。
古民家という感じでは無い。
何十年か前に改築した家という感じがする。
トタン屋根を使った田舎の家。
ありふれた古家という感じだ。
畑も有る。
だが他の仕事をしながら一人では管理が厳しそうな広さだな。
上手くやれば自給自足出来るかもしれないな。
とはいえ現状は少し厳しいだろうが。
少し離れた場所に海が見える。
港が有ったな。
新鮮な魚にありつけるかも。
そう夢想した。
僕の家族は魚介類に目が無い。
夕飯のおかずは魚介類が常に中心な程だ。
潮風が吹いている。
いい匂いだ。
物凄く良い。
どこか懐かしい匂いだ。
「どうやら気に入ってくれたようですね」
「はい」
周々木さんの言葉に僕は頷く。
「引っ越したばかりで何かと物入りでしょう?」
「まあ」
「五年間だけ固定資産税は此方で支払わせて下さい」
「良いんですか?」
破格の待遇に僕は目を丸くする。
「お手伝いさんまで手配してくれたのに……」
「かまいません。貴方達がここに来てくれた事が重要なんです」
「僕達が?」
「正確には多胡一族の濃い血を引く者がね」
何を言っているか分からない。
何を。
「遥か遠くに住む同胞の配慮なんですよ」
訳が分からない。
僕はチラリとお手伝いさんを見る。
瞼が下がっていない眼窩から大きく隆起した眼球。
鮫肌のようにザラザラ、ゴワゴワした状態でカサブタのような肌。
肌の色は、暗緑色。
首には、肉の垂れ下がったシワのような状態が出来、肩とアゴの間が完全に埋まっている。
手足の指の間には、気のせいかもしれないが水かきのようなものがある。
サングラスとマスクをしているお手伝いさん。
全員が男だ。
全員がスルメや鰹節などの海産物を齧ってるのは異様だった。
女性達が遠巻きに見ている。
僕達を。
幼女から老女まで。
様々な年齢の女性が居た。
全員が美しい。
物凄く。
そう物凄く。
但し全員が皆同じような顔をしていた。
髪型に服などの違いは有るが。
気のせいだろう。
多分。
父を周々木さんが手配したお手伝いさんの力を借り部屋に運んだ。
ここまでやらせるのは、お手伝いの領域を超えてる気がするが……。
僕は何故かそうするのが当然のように感じた。
この漁村の限界集落では家と畑の資産価値は低い。
本来なら。
だが僕には問題ない。
無料で父の介護を手伝ってくれるというお手伝いさを付けてくれた。
本当に幸運なことに。
有難い。
田舎独特の助け合いの精神なのだろう。
それがすごく嬉しかった。
過労で体調を崩した父を介護するのには幾らでも僕はお金が欲しかった。
だから遺産を受け継いだ筈だった。
だけどそれ以上の目に見えない物を貰えた気がする。
新しい家に引っ越した僕は仕事を探した。
通勤に往復四時間かかる仕事を探し当てた。
通勤が大変だが賃金は満足のいくものだった。
父の介護は殆ど出来なくなったが。
お手伝いさんが無料で手伝ってくれるので問題ない。
申し訳ないが。
お返しは出来るだけしようとした。
少ないけど賃金を渡そうとしたら断られた。
田舎の助け合いの精神に深く感謝した。
そうして始めた新生活は順調だった。
筈だった。
異変が起きた。
父と会えなくなったのだ。
正確には僕に介護される姿を見る事が無くなった。
等と言えばいいのだろうか?
初めは父は部屋に籠もり、一人で食事をするようになった。
僕の手で介護される事を拒み。
お手伝いさんの介護しか受け入れなくなった。
何かがおかしい。
そう。
言いようのない違和感がした。
漠然とした不安を感じていた。
その理由は些細な事で分かった。
生ごみを捨てようとゴミバケツを見た時に気が付いたのだ。
特定の生ごみが多いという事に。
魚介類の量が多い。
僕達親子は昔から魚介類など海産物が好きだった。
昔から。
だけど。
これは。
気が付けば異常な量を食べていた。
海産物しか殆ど食べてない。
その事実に気が付き僕は眩暈がした。
何かが起きてる。
何かが。
父の寝室に僕は深夜訪れた。
お手伝いさんは居ない。
深夜だから。
父に何かが起きている。
父に。
襖を開ける。
生臭い匂いがした。
プウンと。
磯臭い。
ボリボリ。
ボリボリ。
父が居た。
父が。
服を着ていなかった。
父は。
だけど服を着ていないのは気にならなかった。
それよりも今の父の外見に怖気を感じさせられた。
眼窩から大きく隆起した眼球のため瞼が下がっていない。
肌は、鮫肌のようなカサブタのような質感。
肌の色は、暗緑色。
背中には、不自然に盛り上がっている。
魚の背びれにも見える。
首には、肉の垂れ下がったシワのような状態が出来、肩とアゴの間が完全に埋まっていた。
手足の指の間には水かきがある。
異形。
人ではない。
だけど父だと理解でした。
何故?
何で?
お風呂に入る事を拒絶しだしたのは何時からだろう?
普通の食事の意欲を失ったのは何時からだろう?
そして今まで以上に魚介類を好みだしたのは何時からだろう?
そういえば。
弁護士が言ってたな。
血が濃いと。
僕と父の事を。
そして弁護士も親戚と言っていた。
似てる。
今の父と親戚は似ている。
何故?
分からない。
いや。
待て。
もしかして。
一族の血が濃いと同じ容姿になるのか?
だけど他の親戚は?
まさか。
まさか。
この土地が関係してるのか?
血の濃い者がこの土地に居続けると異形となるのか?
まさか。
悲鳴を上げていた。
悲鳴を。
絶叫していた。
五年後。
気が付いたら僕は空を見上げていた。
昔の事を思い出していた。
福島市飯野町。
日が落ちた山あいの地区を見上げる僕。
空を見上げ僕はオレンジ色の流れ星を見ながらため息をついた。
福島市南東部にある飯野町は、5000人ほどが暮らす山あいの地区。
住んでいる漁村から僕は見た。
無数のオレンジ色の光を出すUFOを。
様々な方角から動くオレンジの光を出すUFO……。
懐かしいという感情が沸き起こる。
僕を呼ぶ妻の声がする。
夕飯が出来たんだろう。
オレンジ色のUFOを見納めて歩きだす。
UFO。
僕達の祖先が乗っていた船だ。
そして子孫の僕達のために此の地を作ってくれたお人よし。
子孫の僕達が心配で時々様子を遠方から見に来てくれるお人よし。
この体に変容した瞬間に理解できた。
詳しい知識が脳の奥から湧き出してきたのだ。
僕達の祖先が遠い昔に異星からから地球に移動してきた事を。
そしてUFOからこの土地に降り立った事を。
そのまま住み着いた異星人の子孫だという事を。
一族の血の濃い者は先祖返りしてしまうことも。
先祖返りした者は故郷の環境以外の地では短命になってしまうことも。
この地が故郷の星の環境を再現した場所だという事を。
僅かな環境の違いが、先祖返りした者達は此の地から長く離れて生きる事を許されない事を。
全て理解した。
僕は異星生まれの同胞に水かきの付いた手で振る。
そのまま振り返り家に帰った。
変容した父と愛する妻と子の居る家に。
スルメを齧りながら。
すみません。
新しい仕様で短編を投稿したら連載になりましたが此れは短編です。
連載はミスです。
作品の編集でも変更できませんでした。
変更方法が分かりませんのでそのままにします。