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琴葉

 桜の花は散り始め、若葉が芽吹き始める。


 高校2年の春日寿は、気だるそうに初夏の気配の香り始めた通学路を歩いている。


「今日も天気だ空気が美味い。なっ、ヒサシ」


 そう言いながら、西上琴葉がけたたましい元気を振りまきながら、後ろから駆け寄り、寿の背中を引っ叩いた。


「ああ、そうだな」


 寿は気だるそうにそう返す。


「何だい。元気無いじゃんよ。まあ、いつもの事だけど」


「悪かったなぁ、元気無くて」


「まあ、それがヒサシだけどな」


 琴葉はそう言って屈託の無い笑顔で笑った。


 少し癖毛のウエーブの掛かったロングヘアに、紺色のブレザーとグレーのスカート。女子高生である。


 同じ高校の特別進学コースの生徒である琴葉と、普通化のヒサシ。正直2人の高校は底辺校だ。そんな底辺校での普通化と特進では、サルと人ぐらいに、人種が違う。普通化は、名前さえ書ければ入学できるが、得進は8割方正解しないと入れない。そして、西上琴葉は、どうやら、神童と言われる程に頭がよく、出身中学では、学年トップの成績を出し続けた。


「制服が可愛いから」


 才女、琴葉の進学理由はそれだった。


 親の期待に疲れて勉強に疲れてしまったとか、人間関係云々は一切無いらしい。


 同じ中学だったから、彼女のその進学動機に唖然としたのは覚えているが、驚きはしなかった。


 特に絡みは無かったが、いつも、ニコニコ。いや、ニヤニヤしている様な娘だった。


 ニヤニヤしながら「なんか、面白いことないかなぁ。まっ、いっか」と、独りで呟いている様な娘だった。



 琴葉の周りには常に人が居たり、居なかったり。どちらにしても、いつも楽しそうだった。クラスメイトといる時は勿論、楽しそうに会話をしているが、独りの時も何やら、独り言を言ってニヤニヤしていた。


 いや、独りでは無かった。


「打たないから、打たないからからさぁ、そんなに拝むなよ」


 机に座り、机の天板に向かって話していた事があった。


 それを見かけて、「何やってんだ?」と声を掛けた事があった。


 琴葉が答える。


「この子がね、前足をスリスリして私に殺さないでって言ってるの」


 そう言う彼女の指差す所を確認すると、一匹の蝿が、確かに前足をスリスリしていた。


『やれ打つな。蝿が手を擦り足をする』


 松尾芭蕉。


 俳句の一節の様な事をマジで体現するとは思わなかった。


「楽しそうだな」


 寿は思わず言葉を溢した。


 西上琴葉と言う娘はそんな娘である。


 入学式の後も「良かった。知ってる人に会えて良かった」と言って、彼女の方から話しかけてきた。


 とにかく、人懐っこくて自由な娘である。


「なあ、琴葉」


「なに?ヒサシ」


「なんで、俺なんかに構うんだよ。俺は馬鹿な普通科で、お前は特進だろ?なんていうか、住む世界が違うって言うか・・・」


「うん?同じ日本に住んでんじゃん」


 琴葉がハテナ?と言う顔で聞き返す。こう言う時、琴葉は本気でわからない時々比喩とか言い回しが理解できない時がある。


「いや、そうじゃなくて」


「変なの」


 琴葉が笑顔でそう言葉を吐き捨てた。


 桜の花ビラが染める道を2人は通学生の流れに乗って歩いていく。


 学生達が、校門へと吸い込まれて行く。


 その流れに抗うことなく、2人は校門へ吸い込まれて、下駄箱に辿り着く。


「じゃあ、また後で。お弁当の時間に」


「また、旧校舎まで来るのかよ、本当に毎日ご苦労だよな」


「だって、楽しいじゃんお弁当」


 そう言って琴葉はニヤニヤと笑いながら、再び「じゃあ、また後で」と言い残し、新校舎の方へと楽しげ軽やかに駆けていった。


 普通科と特進、進学科は校舎が違う。


 特進科と進学科は新校舎で、普通科は旧校舎である。


 琴葉はわざわざ、寿のいる旧校舎まで毎朝付いてきて、勝手に昼を共にする約束を押し付けて、新校舎に去って行く。


 鬱陶しいけれど、害はない。それに彼女は寿にとって命の・・・・。


 そこまで思いにふけった所で、また、別の誰かに背中を叩かれた。


「おはよう」


 背中を叩き、「おはよう」と声をかけた奴を寿は振り返る。 


 鳥居九弥とりいひさやがこれまたニヤニヤと立っていた。


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