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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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エピローグ

 今日もフルン・ダークは賑わっていた。

 ランチタイムの盛況っぷりは周辺のお店も一目置くほどで、閑散としていたディナータイムは過去のものとなり、今やひっきりなしに客が訪れている。

 そんなレストランの厨房で、咲は今日も忙しく働いていた。

 彼女の制服の下には、ロケットペンダントが隠されている。彼女が先代料理長の孫だということは皆の知るところとなったのだが、終ぞ明かすことのなかった彼の本当の名は彼女の心に秘められたままである。

 忙しいランチタイムが終わり、ディナーの仕込みも終わって、つかの間の休憩時間。咲はいち早くお店に戻ってきていた。

 朝からぐずついていた空は、宵闇が迫るにつれ、その暗さをぐっと濃くしていた。


「急に降って来たわねぇ」

 と、窓の外を眺めながらタキが言う。街はすっかり雨に濡れ、道行く人の姿は少ない。

「今日は、客が少ないかもな」

 リツが言うと、ソアがおどけたように笑って言った。

「いいんじゃないか? 懐かしくて」

「懐かしいなんて、閑古鳥が鳴いていたのはつい最近のことですよ」

 ルシアが言うと、シイナも笑った。

「そうね、こんなに忙しいことの方が久しぶりって感じ」

「それもそうだな」

 咲はそんな会話をアーキーの隣で聞いていた。アーキーは咲を見ると言った。

「そういえばサキがこの店に来たのも、こんな雨の日だったな」

「ええ、そう。私も同じことを思ってた」

 咲は懐かしむように言う。今やあの日のことは悲しく苦しい思い出ではなく、むしろこの店と出会い、祖父母との再会を果たせるきっかけとなった特別な日となったのだ。

 そして、アーキーと出会えた日でもある。咲はアーキーを見上げる。アーキーは仲間たちに穏やかな視線を向けていたが、咲の視線に気づいて意識を咲に向ける。

 するとどうだろう。その視線には愛おしさが現れ、たたえる笑みは甘い。

「ん? どうした?」

 その特別な表情は自分だけのものだ、と思い至った咲は頬を染めると、「いえ、何でもないです」とくすぐったそうに笑った。

 なんだか落ち着かない気持ちになった咲は、「ちょっと外の様子を見てきます!」と突拍子もないことを言って店の入り口に向かった。

 と、軒先に、人影を二つ見た。


 フルン・ダークの軒先で、老夫婦は途方に暮れていた。

 二人ともよそ行きの服をまとい、女性は頭のてっぺんからつま先まですっかりきれいに整えていた。男性もきちんとした格好で、ネクタイの色は女性の服とおそろいの色であった。

「まあ、どうしましょう。お店はまだ開いていないし……」

 女性の方がつぶやくと、隣に立つ男性が少ししょんぼりとしたように言った。

「すまないね。せっかくの結婚記念日だからって、浮かれてしまって……」

 しかし女性はあっけらかんと笑ってみせると言った。

「私だってあなたと久しぶりにゆっくり歩きたかったのよ。いいじゃない、お店が開くのを待ちましょう?」

「そうかい?」

「ええ」

 すると、店先の明かりがパッと灯り、扉が開いた。

「こんばんは」

 中から出てきたのは咲だった。奥の方には、にこやかに待つ他の面々が見える。

「よかったら中へどうぞ」

「いやいやそんな、開店前でしょう?」

 男性が固辞し、女性が頷く。しかし咲は快く笑って言った。

「大丈夫ですよ。それに、外は寒いでしょう。よろしければ」

 老夫婦は互いに顔を見合わせると、ふっと微笑みあって咲を見た。

「それじゃあ……お言葉に甘えて」

「いいかしら?」

「ええ、もちろん」

 咲は、空模様とは裏腹に、すがすがしく笑って老夫婦を出迎える。龍をモチーフにした、深い森のような色をした気高く優雅な看板が、雨に濡れて生きているかのようにきらめく。

 フルンダークには今日も、雨の街に寄り添うように、暖かな明かりが灯っていた。

 咲はその暖かさの中に自分がいられることの幸福を感じ、穏やかに笑って言った。


「ようこそ、フルン・ダークへ」


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