第39話 完成
一つ悩みが解決すると、別の悩みが際立つものである。
「う~ん……」
仕込みを進めながら、料理人たちは首をひねった。
「牛乳の種類を変えても、しっくりこないかあ……」
と、アーキー。思いつく限りのさまざまな産地の牛乳を試してみたものの、どうも納得のいく組み合わせにはならなかったのだ。
「また、今まで流通してたけど今は……ってオチかぁ?」
ソアが言うが、咲は首を横に振った。
「仕入れ台帳を見ましたが、特に変わった点は……」
「そっかあ……くそー、ここにきて行き詰まるとは!」
ソアは天井を見上げると、ふと呟いた。
「……こうなったら自分の記憶を遡るしかないか」
「そうだな」
「頑張ってください、こればっかりは私にはどうしようもないので」
咲が言うと、ソアが間髪入れずに言った。
「いやいや、咲さんも思い出してよ。元の世界のアイスをさ」
「えー……」
咲は眉間にしわを寄せ、考え込む。頭の中には大量のアイスが思い出され、寒い気分がしてきて思わず身震いした。
バニラアイス一つに絞っても、その種類は様々だった。濃いものから控えめなもの、生乳の量、加工の仕方、提供の仕方……
「キリがない……」
「だよなあ」
仕込みが終わり、開店までのつかの間の時間。咲はもう一度手帳を開いてみた。
「うーん……」
そして、手書きのメモを見る。描かれた絵は、三角形のアップルパイに添えられたとろりとしたアイス……
「ん?」
咲は食い入るように絵を見つめる。この感じは、本当にアイスだろうか。確かに固形っぽいが、よく見て見ると、溶け方がなんだかアイスクリームと違うような……
「どうした?」
「何かあったか?」
二人が咲の元にやってくる。咲は絵から目を離さないまま言った。
「これって……本当にアイスでしたか?」
「えっ?」
アーキーとソアは目を見合わせる。そうして二人は記憶をたどるように視線をさまよわせ、再び視線が合うと、声をそろえて言った。
「違う!」
「でしょう⁉」
咲も思わず二人を指さして言ってしまう。
「いや、何か、この絵を見る限り、アイスというよりクリームって感じだなあって」
「そうだ、そういえば、アイスになったのは料理長が引退してからだ」
と、ソアが記憶をたどるように言う。アーキーも自身の記憶が徐々に明確になり、つながっていくのを感じながら口を開く。
「ああ、結局レシピが分からなくて、アイスで代用しようってなったんだ」
「これはカスタードクリームじゃないですかね」
それに……と咲は付け加える。
「牛乳も使ってないのかも」
「そうなのか? じゃあ、どうやってカスタードクリームを?」
アーキーとソアの不思議そうな視線に、咲は頼もしく笑った。
「私に考えがあります」
ランチタイムの激務を終えてしばらくして、アーキーは厨房に戻って来た。すでにそこには咲がいて、アーキーを笑って出迎えた。
「お待ちしてましたよ」
「君はまた休憩も取らずに~」
アーキーは笑いながら、咲の頭をわしゃわしゃと撫でる。咲は「えへへ」と笑ってごまかした。
皆が戻ってきて、試作を開始する。
「で、これは何だ?」
不思議そうにソアが見ているのは、牛乳とはまた違った白の液体だ。咲はそれを揺らしながら説明する。
「これはナッツのミルクです。牛乳は一滴も入っていないんですよ」
「ナッツのミルク?」
「はい、ナッツと水をミキサーにかけて……」
興味深そうに皆はナッツミルクを見て、匂いを嗅ぐ。
「あ、ほんとだ。なんか香ばしい」
「じゃあこれで、カスタードを作りますよ」
卵黄、砂糖をボウルで練り、白っぽくなったらそこに薄力粉を入れなめらかになるまでひたすら練る。
そうしたら、沸騰直前まで温めたナッツミルクを少しずつこしながら、そこに入れていき、だまにならないよう混ぜる。しっかり混ざったら、小鍋に移してあとは火にかけながらへらで混ぜる。立ち上る香りは確かにカスタードのようだが、そこにナッツの香ばしさが加わっている。
トロトロになったら火を止め、粗熱を取り、冷やす。
「よし、完成」
焼きあがったアップルパイにそれを添える。焼きたてのアップルパイに触れた部分はとろりととろけ、冷めた部分は少し形を残す。アイスのようで、異なる見た目。まさしく残された絵と同じであった。
さっそく、皆で試食をする。
パリッと香ばしいパイ生地はバターの風味は控えめだ。煮たりんごはシナモンがよく聞いていて少しピリッとした風味が魅力的だ。甘さは控えめ、りんごのさわやかな味わいが際立ち、そこにとろけるカスタードクリーム。
牛乳とは違い、どこかさっぱりとしたカスタードクリームはあっさりと仕上げたアップルパイによく合う。ナッツの香ばしさもいいアクセントになっていた。
お互いがお互いのおいしさを際立て、ディナーの最後にふさわしい味となっていた。
「これだな」
アーキーの言葉に、他の面々も頷いた。
咲はほっと胸をなでおろしつつ、ただ達成感に満たされていくのを感じた。
かくして、フルン・ダークのディナーはここに完成したのである。
季節は過ぎ、雪解けを迎えた。
今やフルン・ダークは以前の――どころか、これまで以上の賑わいを見せていた。街にはこの店を知らぬ者はおらず、昔から通っている者は得意げに笑うほどだ。
ディナーが完成して以来評判が広がり、客足が徐々に増えていったのである。
そしてこの日で、咲がこちらの世界にやってきて一年となった。
「本当に大丈夫なのか?」
アーキーは心配そうに咲を見る。
「やっぱり俺もいた方が……」
「大丈夫」
アーキーは帰り支度を済ませて裏口から出ようとしていた。咲はそれを見送るように立っている。
「なんだか今日は、ここにいたい気分で」
「……そうか」
アーキーはそれ以上何も言わず、代わりに咲を軽く抱きしめた。咲はアーキーを抱き返すと、ゆっくりと体を離す。
「それじゃあ、また明日」
「ええ、また明日」
咲はアーキーを見送った後、仮眠室へ戻った。あの日、不安にさいなまれていたこの場所が、今やほっとする場所になるとは。
「ふう……」
ふかふかの布団に座り込み、横になる。
今日も激務だった。咲が眠りに落ちるのに、そう時間はかからなかった。
その晩、咲は夢を見た。




