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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
34/41

第34話 早々に

 忙しいランチタイムの厨房は、戦場と化する。短い言葉でやり取りが交わされ、次々と料理を作りつつも丁寧に、給仕たちも無駄な動きがなく、てきぱきと事を運ぶ必要がある。

 そんな戦場で時折、咲は悩ましげな表情をしたり、難しい顔をしたりと表情もせわしなく動かしている。ちょうどそんな表情をしたときに鉢合わせたアーキーはためらいがちに「……どうした?」と聞いた。

「いや、それが……」

 咲はちょうど盛り付けていたハンバーグに視線をやる。と、すぐに給仕から追加の注文が入る。

「レモンソルベ三つです!」

「はい!」

 咲は、「またあとで」と言うと、アーキーも頷き作業に戻った。

 レモンソルベはフルコースのメニューの一つだ。魚料理と肉料理の間に提供するもので、これに関しては細かいレシピが残っていたので、その通りに作ったらうまくできあがったのだった。

 試しにお店で出してみたところ、季節もよかったのか、大人気メニューとなった。

 今日も無事に昼営業を終え、つかの間の休憩時間。咲は厨房にこもり手帳を読んでいて、あるページに頭を悩ませていた。

「……う~ん」

「それが君を悩ませているものか?」

 厨房にやってきたアーキーは咲の隣に来ると、一緒に手帳をのぞき込んだ。

「これは?」

「メインディッシュの肉料理のページです」

「え? でもこれって……」

 咲の開いたページには、たった二言しか書いてなかった。

『ローストビーフ ヒウルーン地方』

「あまりにも情報量が少なくないか?」

「そうなんですよ~」

 咲はここでやっと感情をあらわにし、調理台に突っ伏した。

「何の肉を使っていたのかも、どんな調味料を使っていたのかも、何も分からない! 自分の中で完結するにしたって限度というものがあるでしょう」

 アーキーは苦笑しながら、咲の頭をなでる。

「まあ、焦らずともいいさ。あ、そうだ、仕入れ台帳でも見てみるか?」

 その提案に咲は少しむくれたような表情で小さく頷いた。アーキーは笑って頷くと、倉庫から何冊かノートを持ってきた。古いものから新しいものまである。

「ヒウルーン地方って書いてあるの、たくさんあり過ぎてどれがどれだか……」

「そうだなあ、あそこは酪農や畜産で有名な地方だからな」

「へえ、そうなんですね」

 咲はレシピをめくりながら、何かに気付く。彼女が気付いたのは、仕入れ先の肉屋の名前だった。

「あれ? 仕入れ先途中で変わってます?」

「ああ、そうなんだ」

 アーキーは少し残念そうな声音で言った。

「後継ぎがいなかったからな、数年前に店をたたんだのだそうだ」

「そっか……」

 咲も、せっかく見つけたと思った手掛かりがするりと手をすり抜けていったものだから、肩を落とす。

「いえ、他のお肉屋さんは見て回ったんですけど、ヒウルーン地方のものはなくて。このお店の名前は初めて見たものですから、なにか分かるかと思ったんですが……」

「そうだなあ、ヒウルーン地方のものはなかなか出回らないからな」

「やっぱり、そうなんですね」

「商品の品質を確実に保証してくれる店にしか卸さないのだそうだ」

 かといって、他の店が悪いというわけではないが、とアーキーは言う。咲は納得し、ノートを閉じた。

「さて、どうしましょうかね」

「どうしようなあ」

「うーん……あっ」

 咲はパッと顔を上げると、満面の笑みでアーキーを見上げた。アーキーは呆気にとられたように咲に視線を向ける。

「いいこと思いつきました! 直談判しに行きましょう!」

「えっ?」

 そのかわいらしい表情とは裏腹に、何やら力強い言葉が聞こえてきた気がして、アーキーは思わず聞き返す。咲は無邪気に言った。

「ヒウルーン地方に行って、うちに直接卸してもらえるよう話をつけるんです! 明日からはちょうど休みだし」

 そうと決まれば準備をしないと、と咲はやる気だ。アーキーが少し慌てたように言う。

「待て、サキ。確かにヒウルーン地方はトゥルプから馬車で一時間くらいだが、それでも大変だぞ。しかも、うまくいくかどうか……」

「それはやってみないことには分からないでしょう。考えるだけじゃ、どうにもなりませんよ。まずは動いてみないと!」

 すがすがしいほどの咲の言葉に、アーキーは思わず彼女を見つめてしまう。それは羨望にも反省にも似た、妙な表情であった。

 咲は、料理のことになるとどこまでもまっすぐでためらいがない。それがときに危うくもあり、同時にうらやましくもある。どんなことでも一瞬ためらってしまうアーキーには、咲がまぶしくてしょうがなかった。

 だからといって、そんな咲に置いて行かれるわけにはいかない。アーキーも意を決したように言った。

「じゃあ、俺も一緒に行こう」

 考え事をしていたらしい咲は振り返ると、パッと顔を輝かせた。

「本当ですか?」

「当然だ。料理長が行かなくてどうする」

「確かに」

 ふふ、と咲は笑った。

「じゃあ、明日は何時に出ましょう。馬車って、あまり要領が分からなくて……」

「ああ、それなら……」

 二人はまるで、デートの計画を立てる普通のカップルのように楽しそうに話をする。いや、彼らにとっては、二人で料理のことを考えるのが、何よりも楽しいのだろう。

 明日の算段が付き、咲は満足げに笑った。そんな彼女を見て、アーキーも優しく微笑んだのだった。


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