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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第33話 魚料理

 オーブンの底には持ち手のついた大きな鉄板のようなものがあり、どうやらそこに炭を入れて、その上に網を置いて調理をする仕様になっていたようだ。

「よし、ぴったり」

 できあがった網を上にのせ、咲は満足げに言った。

「炭持ってきたよ~」

「ありがとう、リツ。ここに入れてくれる?」

「了解」

 鉄板に炭を置き、火をつける。切り分けた魚は塩を振って縮まないように串を打ち、網の上に置き、あとは蓋を閉じて様子見をしつつ待つばかりだ。

「さて、あとはソースなんですが……」

 咲は手帳を見て眉間にしわを寄せる。

「なんだ、何か問題でもあるのか」

 アーキーが聞くと、咲は困ったように、「それが……」と言って手帳を見せた。

「これ、ソースのレシピの部分がにじんで読めないんです。香草を使うってことはわかるんですけど……それで、難航してたんです」

「他に分かる情報は?」

「伝統的な? 昔からあるものっては書いてありましたけど……」

 それを聞いてアーキーは、ふむ、と考えこむ。伝統的な香草のソースといえば、一つ思い当たるものがあった。

 調理台に広げられた香草のうち、アーキーは茎がしっかりとした香草と、細かい実がついた香草を手に取った。

「おそらく、これじゃないか?」

「それで作るんですか?」

「ああ、伝統的な香草ソースで、魚に合うものといえば、最初にこれが思いつく」

 アーキーはさっそくソース作りに取り掛かる。

 まずは茎の部分がしっかりとした香草の処理だ。筋とかたい皮を丁寧に取り、すりおろす。ふわっと香るのは青い香りと少し刺激的な香り。こしょうにも似ているが、少し違う。小さい実の方はいったんさっと湯通しをして、表面の固い皮をむいていく。

 鍋にその二つを入れ、少しだけ水を入れたらじっくり火を通す。塩で味を調えたら、冷めるのを待つのだそうだ。

「ベースはこうやって作る。あとは、家ごとにアレンジすることが多いな」

「へえ、そんなソースが……」

 咲としては、それぞれの香草が強いものだったので、合わせるという発想がなかったものだが、やはり、色々なレシピというものがあるのだ。

 ほんのり温かいが、味見をしてみる。

「ん、爽やかでちょっとピリッとした感じ……なるほど、これはいいですね。肉料理にも合いそうだ」

「そうだな、ローストビーフなんかにもつける」

「うちではチーズを混ぜることもあるぞ」

 と、ソア。咲は頷き、「それもいいですね」と言った。

「ねえ、そろそろ焼けたんじゃないかしら」

 シイナの言葉に、咲はオーブンに向かった。そっと蓋を開けると、香ばしい魚の香りが一気に広がる。

「おお、いい出来だ」

 焼きあがった魚はまだ表面がジュワジュワといっている。余分な脂が落ちつつも身はふっくらとしていて、おいしそうだ。

 身が崩れないよう串を外し、皿にのせ、ソースをかける。

「じゃあ、試食を……」

 皆緊張の面持ちで一口、食べてみる。と、すぐに表情は緩んでしまった。

 パリッとした表面は香ばしく、フワッとほどける淡白な白身に臭みはない。くどさすらあった脂もいまやうま味の塊となり、そこに、香草のさっぱりとした風味が相まって、最高の出来である。

 咲はそこはかとなく、ウナギの白焼きを思い出す。似て非なるものであるが、どこか懐かしい味わいだった。

「これだ、これ。そうなんだよ、先代の魚料理の中で一番好きだったんだ、これ」

 と、リツは笑うと、咲に聞いた。

「似たような料理が故郷にあったんだって?」

「そう、まあ、お高いものではあったんだけど。故郷でも人気だったよ」

「そうだろうなあ、おいしいもん」

「祖母も好きで、特別な日には食べてた」

 咲は少し寂しそうな、懐かしむような表情で笑った。

 誕生日、合格祝い、就職祝い……何かの節目ごとに祖母は「ウナギを食べに行こうか」と言っていたことを思い出していた。そして、はたと思い至る。

「そういえば、このフルコースは、私の祖母の好物ばかりだ」

「へえ、そうなの?」

 と、ルシアが興味深そうに聞く。

「うん。使ってる食材とか、調理方法とか……」

「やっぱり、サキさんと同じ故郷の料理人が作っているからかしら? そっちの世界の人となじみ深いのかも」

「それもそうかあ」

 そうは言いつつも咲は何か、自分の中のとても大切な何かを見落としているような気がしてしょうがなかった。

「フルコースも随分再現できたわね」

 タキの明るい声に、咲は我に返る。タキは嬉しそうに笑う。

「完成が待ち遠しいわ」

「まだまだ考えることはたくさんあるけれど……」

 咲は手帳を開く。ところどころ擦り切れた文字、たくさんのメモと滲んだインク、そして残り僅かなページ。徐々に満ちていく達成感に嬉しくなりつつも、その陰に頭をもたげてくる暗い何かの気配が見えつつあった。

 咲はそれに気づかないふりをして手帳を閉じる。

「うまくいくよう、最後まで頑張らないと」

 咲の力強い言葉に、皆頼もしく頷く。

「さあ、そのためにもまずは日ごろの仕事からだ。頑張るぞ」

 アーキーの掛け声とともに、皆が各々の仕事に戻る。咲は手帳を握りしめたまま、しばらく佇んでいたが、首を横に振り、気持ちを切り替えるように息を吐いて顔を上げた。

 そんな咲をアーキーはじっと見つめていた。


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