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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第32話 デート

 そのカフェは池の畔にあり、街中よりは涼しい場所だった。周辺には別荘が建ち並ぶエリアもあり、いわゆる避暑地として有名な場所であった。

 青空をそのまま映しとったような透き通った池に、ボートが一台滑っていく様子が見える席に、咲とアーキーは座っていた。咲は紅茶を一口飲んだ。夏の暑さに合わせてすっきりとした味わいの紅茶である。

 二人のほかにもたくさんの客がいて、カップルと見受けられる二人組も多かった。

「多分、思っていることは一緒かもしれないが……」

 話の口火を切ったのはアーキーだった。

「俺たちは、あまりにもお互いを知らなさすぎる」

 咲はカップをテーブルに置くと頷いた。アーキーは続ける。

「……そのせいで、君と気まずくなるのは嫌だ」

「そうですね」

 楽し気な笑い声と上品な音楽で満ちる店内。二人の間には沈黙が流れる。意を決したように話し始めたのは咲だった。

「私、この間思ったんです。どうあがいても、自分はよその世界から来た人間で、この世界のことも……アーキーさんのことも、何にも知らないなあって。それは仕方のないことだって、今までだったら諦めてたんですけど」

 咲はうつむき、自嘲するように笑った。

「アーキーさんのことになると、どうにも我慢できないときがある。私の知らないあなたの一面を他人を通して知ったとき、なんだか、こう、悔しいというか、私はどう頑張ってもそこに入れないんだなあって、たまらなくなるんです」

 するとアーキーも口を開いた。

「それなら、君だって……」

 しかしそこでいったん言葉を飲み込むと、静かに言いなおす。

「俺だって、そうだよ。君の世界のことは、どうやったって知ることのできないことの方が多い。でも、騎士団のあいつはそれを知っている。それで笑いあっているのを見たら、悔しい。周りに気付かれるくらいにね」

 騎士団のあいつ、とは誰だろうと一瞬咲は考え、タクのことだと思い至る。

「それは同郷ですし……」

「ああ、分かってる。俺には知り得ない君の寂しさを紛らすために、元の世界のことが必要だってことも」

「私も分かっています。私の知らないあなたがいるってことくらい」

 二人は見つめ合うと、唐突に、気が抜けたように笑った。

「……なんだかどうしようもないことで同じように悩んでるんですね、私たち」

「本当にな。でも、はっきり分かったよ。ちゃんと言葉を交わさないと、いけないって」

「そうですね」

 店内の音楽が落ち着いたものから、やや陽気な曲調のものに変わる。それにつられてか否か、二人の間に流れる空気も軽くなったようだった。

 咲は紅茶を一口飲み、つぶやく。

「こういうことを繰り返していくんだろうなあ、きっと。何度も似たような思いをするのかも」

 少し寂しげに言う咲に、アーキーは言った。

「そうしたらその度にこうやって、たくさん話をしよう」

 穏やかなアーキーの声に、咲ははにかんで微笑み、頷いた。

 店を出た二人は、今日の青空のようにすっきりとした気分であった。風に揺れる咲のつややかな黒髪とすがすがしい表情の横顔にアーキーは見とれていたが、咲がこちらを振り返って笑うので、咳ばらいをしてごまかした。

「なあ、これから街へ行かないか」

「いいですね。何しましょう?」

「君のことを知りたいんだ」

 今度は咲が顔を赤くする番だった。愛おしげな視線を一身に受け、まっすぐにそんなことを言われては堪らない。咲は手で頬を覆いながら頷くので精一杯だった。そんなかわいらしいしぐさを見せる咲に、アーキーは思わず笑ってしまうのだった。

 街は相変わらずにぎやかで、行きかう人々は暑くとも生き生きとしていた。二人はウィンドウショッピングをしつつ、たまに店に入っては様々な商品を見たり、結局は食材のことで真剣な議論を交わしたりしていた。

 大きな庭園にはこれまた大きな噴水があって、太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。子どもたちは水浴びをしていて、近くではアイスクリームのワゴン販売をやっていた。咲は桃のシャーベットを頼み、アーキーはオレンジのシャーベットを頼んだ。

 食べ歩きをしつつ、二人は街に戻る。それが食べ終わる頃、二人はブティックの前に来ていた。

「いらっしゃいませ」

 女性の店員が出迎えてくれ、リッキーを呼んできてくれた。

「おや、お二人とも。お久しぶりです」

「ああ、久しぶり。実は頼みたいことがあってな……」

 リッキーはアーキーの話を聞くと、少し驚いたような表情をして咲を見、アーキーを見、そして嬉しそうに笑った。

「ええ、喜んで担当させてもらいますね」

 しばらくして、二人の制服のスカーフがそろいのリングで留められているのが見られるようになったのだった。


 胸元にきらめく金色のスカーフリングは、花々と葉が連なったようなデザインである。厨房が落ち着いてきたので、咲は客席の手伝いに出ていた。シャンデリアの光を受け、スカーフリングは美しく輝く。

「あ、サキさん、こんにちは」

 店の扉が開いた音がして、聞き慣れた声が耳に入る。タクが人懐っこい笑みを浮かべて手を振っていた。隣にはギルがいて、会釈をする。

 咲は頭を下げ、「いらっしゃいませ」と愛想よく笑う。タクはそのスカーフリングに気が付きつつも、客席に座る。

「サキ、ちょっといいか」

 と、アーキーが厨房から出てきて咲を呼ぶ。

「はい」

「ちょっと試作品のことで聞きたいことがあるんだ」

「分かりました、戻りますね」

 ふとそちらに視線を向けたタクは、アーキーの胸元でも同じスカーフリングがきらめいているのに気が付いたのだった。

 その帰り道、タクは考え事をしながら歩いていたら、思いっきり街灯にぶつかった。

「いってぇ!」

「おい、大丈夫か?」

 うずくまるタクの元にギルは駆け寄る。と、タクはぶつけて赤くなった額をさすりながらギルを見上げた。

「あの、先輩。あの二人って、そういう関係なんですか?」

「は? 何を言っているんだ?」

 頭を打って混乱しているのかと思ったギルだったが、どうやら違うらしい。タクは立ち上がると続けた。

「サキさんとあのお店の料理長さんですよ。付き合ってるんですか?」

「なんだ、知らなかったのか?」

「ええーっ! 知ってたんですかあ……」

 タクはがっくりとうなだれる。ギルはなんとなくタクの心境を察しながら聞いた。

「……大丈夫か?」

「頭は無事です。でも、なんかこの辺が……」

 と、タクは胸のあたりをなでる。

「すかすかするような、ぽっかり穴が開いた気分です……何だろう、これ」

 タクはどうにも、その感情の名前に気付いていないようだった。ギルの方はその感情の名前を思い浮かべながら、「お前が妙なところだけ鈍感でよかったよ」と苦笑する。タクは怪訝そうな顔をした。

「ええ? 何ですか、それ」

「何でもないよ。さ、そういう気分の時は動くに限る。帰ったら訓練だ。手合わせしてやる」

 ギルの言葉に、タクはパッと表情を明るくする。

「今日こそは勝ってみせますよ」

「はは、頑張れ」

 タクは思いっきり走り出す。ギルはその後ろ姿を見て、「まったく……」とあきれたように笑うと、彼もまた走り出した。

 じりじりと焼けるような夏は、まだ始まったばかりである。


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