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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第30話 焦燥

 花祭りを境に、街は夏の色に染まっていく。夏の花々が咲き、人びとは軽装になり、冷たいスイーツのお店も各所に見られるようになる。

「あっついな……」

 とある日の昼休憩の時間。咲は外に出ていたが、降り注ぐ日差しに顔をしかめた。じりじりと焼けるような太陽の熱を浴びながら、オーブンで焼かれる食材たちはこんな気持ちなのだろうか、と咲はぼんやりと思った。

 しかし、暑いのは暑いのだが、どうにも物足りない気もしていた。物足りない、というよりも違和感。あるべきものがないような感覚に咲は、「暑さにやられたかな……」とつぶやくと、フルン・ダークへと急いだ。

「戻りましたー」

 着替えを済ませ、何とか汗が引いた咲は厨房に入る。

「やあ、お疲れ。暑かったでしょ」

 と、ソアが水分補給をしながら声をかける。厨房も外に負けず劣らず暑く、再び汗が噴き出すようだ。

「はい、とても」

「お目当ての物は買えたか?」

 そう聞くのはアーキーだ。咲は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、頷いた。

「もちろん。ちゃんと全部買えましたとも」

「よし、さすがだ」

「これで試作の幅が広がりますね」

 咲が買ってきたのは、様々なハーブだった。メインディッシュの一つである魚料理だが、これがどうにもシンプルなようで複雑で、ぴたりとはまる味にならなかったのだ。

 アーキーは嬉しそうに笑い、ソアはそんな二人を見て、「今年はいつも以上に暑くなりそうだな」とつぶやきながらもう一口お茶を飲んだ。

「どうしても臭みが消えないし、消そうとすると今度は味わいが変わっちゃうし」

 咲はうーんと首をひねる。

「なるほど、それでハーブか」

 ソアが聞くと、咲は頷いた。

「はい。何か食材にあまり影響のないハーブがないかと探している最中です」

「さっそく試してみようか」

 アーキーの提案に、咲は力強く頷いた。

「はい!」

 使う魚は決まっている。あの日、市場で仕入れたものと同じ魚だ。白身でありながら脂がのっていて、この辺りでは気力をつけるときに食べるのだそうだ。

「まずはこの辺りから……」

「焼き方も変えてみるか?」

「色々試してみましょう」

 何度か試してみて、うまくいきそうなこともあったが、やはり何かが違う。

 臭みがなくなるとハーブの香りが立ちすぎて、ハーブを減らすとその魚特有の匂いが出てくる。それに何より、脂が厄介だ。程よくあればうま味になりそうなものの、どうにも多すぎる。

「うーん……なんだろう」

 と、咲が首をひねったとき、来客を告げるベルが鳴った。厨房から客席を見ると、団体様がお越しのようであった。

「あ、騎士団の人たちだ」

 咲がそれに気づいたのは、見知った顔がいたからである。ギルとタクだ。

「私、ちょっと行ってきます」

 アーキーは厨房を出ようとする咲に声をかける。

「どうかしたのか?」

「いえ、先日ちょっとお世話になったもので。いいですか?」

「……ああ、構わない」

 咲を見送るアーキーの横顔に、ソアが話しかける。

「なんだ、お前も行けばいいだろ」

「いや、いい」

 アーキーは言いながら、試作品を次々口に入れていった。

「元気そうでよかったです!」

 タクの朗らかでよく通る声が、客の少なくなったフルン・ダークに響く。咲は愛想よく笑って頷いた。

「はい、先日はご迷惑をおかけしました」

「回復したのなら、よかったよ」

 と、ギルも穏やかに言う。

「最近はめっきり暑くなったからな。ただ過ごしているだけでも疲れるだろう」

「そうですねえ」

「でも、やっぱ違和感あるんすよねー」

 腕を組みそう言うのはタクだ。タクは咲を見上げると言った。

「サキさんも思いません?」

「え?」

「こんなに暑いのに、セミの鳴き声がしないの」

 そう言われた途端、咲の中で夏のピースが埋まった。咲はパッと顔を明るくさせ、「それかあ!」と笑った。

「そっか、なんか変だなと思ったら、セミかあ!」

「でしょう!」

「え、なに、それってお前らの世界じゃ常識なのか?」

「タクの冗談じゃなくて?」

 と、騎士団の他の者たちがさわぎはじめると、アーキーも気になって客席を見る。と、咲がタクとやけに楽しそうに話しているのが見え、ぎゅっと眉間にしわが寄る。

「おーい、怖い顔になってるぞー」

 と、ソアが試作品を食べながら言う。

「ん、これ一番近い。でもやっぱ違うんだよなあ。ソースか?」

「会話が聞こえん」

「無茶言うなよ。ほれ、お前も続き食えって」

 ソアに言われアーキーは渋々試作に戻るが、どうにもモヤモヤした気分がぬぐえない。

「そうそう、夏といえばウナギもですよね!」

 タクの言葉に、「そうそう」と咲は頷く。

「土用の丑の日ね」

「うち、近くに老舗のうなぎ屋があったんです。それで毎年そこで買ってて……いいにおいするんですよね~、タレと、あと炭火!」

「炭火……」

 咲はその単語にふとピントが合う。タクは楽しそうに身振り手振りを交えながら続けた。

「こう、ウナギに串が打ってあって、炭火で焼いてるんですよね」

「串が打ってあるって?」

「えっ、ないんですか、こっち」

 タクがほかの騎士団の人々の反応に驚く中、咲は「そういえばないなあ」と思い至る。

「そっか、ウナギか」

 咲はすっきりしたように言うと、タクを見て笑った。

「ありがとうございます」

「え?」

「実は、料理の試作でうまくいってなかったんですけど……タクさんのおかげで、いい感じに進みそうです」

「そ、そうですか?」

 タクは嬉しそうな、どこか照れくさそうな表情をして笑った。咲は、「では、失礼します」と言って踵を返して厨房に戻った。

 やはり様子を垣間見ていたアーキーは慌てて何事もなかったかのような表情を取り繕い、それを見たソアは、視線だけは並ぶ試作品に向けながら、「大変だなあ」とつぶやいたのだった。


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