第29話 告白
花祭り本祭の日。この日はみな休みとはいえ、明日からは日常が始まるのでその準備のために働く者たちもいる。フルン・ダークの皆もそうであった。
明日の仕込みをし、客席の掃除をする。給仕の者たちは料理人たちより先に帰り、厨房には三人が残る。
すべての仕込みが終わり、後は片付けだけという時、ソアは咲とアーキーを交互に見ると、やけにわざとらしく言い始めた。
「あー、そういえば俺、今日、急ぎの予定があったんだった~」
すると咲はソアの方を見て朗らかに声をかける。
「え、そうなんですね。こっちは大丈夫ですよ。行っていただいて」
「そう? じゃー、お任せしちゃおっかな~」
「はい。お疲れさまでした」
咲は片付けに戻り、ソアはそれを見るとアーキーの横を通りながら出入り口に向かう。すれ違いざまにアーキーの肩を叩くと、小さく頷く。ひらひらと手を振りソアが去った後、アーキーは、どうしたものかというようにうつむくと、片付けに戻る。
片づけはあっという間に終わり、それでも二人は調理台を拭いたり何度も洗った流しをもう一度洗ったり、実のところ無意味なことをしていた。
ふとアーキーは視線を上げ咲のいる方を見る。と、ばっちり咲もこちらを見ていたものだから視線が合ってしまった。
二人は動揺したが、どうにも逸らすことができない。しばらくすると咲の瞳が切なげに揺れ、一瞬だけアーキーから視線が逸れた。
アーキーはそれを見てやっと目が覚めたような顔をして、とっさに口を開いた。
「なあ、お茶にしないか?」
突拍子もない言葉に、咲ははじかれたようにアーキーを見る。アーキーはおろおろしながら、それでもここで止めてはいけないと必死に言葉を続けた。
「その、いいお酒が手に入ってな。お茶に垂らすとおいしいんだ。あ、お茶は俺が入れるから」
しばらくアーキーを見つめていた咲だったが、少しだけ微笑むと小さく頷いた。
「……はい、いいですよ」
アーキーはここでやっと呼吸をすることができた気がしたのだった。
客席で待つ咲の前に、アーキーはティーカップを置く。手に持つ小瓶には琥珀色の液体が揺れていて、アーキーはそれを三滴ほど紅茶に垂らした。すると、ふわっと甘い香りが立ち、紅茶の色が少しだけ紅色を帯びる。アーキーは咲の前の席に座った。
「さあ、どうぞ」
「いただきます」
咲は紅茶を口にすると、ほうっと息をついた。ふわりと鼻に抜けるのは満開の薔薇のような香り。強すぎるわけでもなく、紅茶に甘みと爽やかな風味が足されてほっと心が緩むようだ。
「……おいしい」
「そうだろう? このお酒はな、花祭りの時期になると売り出されるんだ。花を使ったお酒でな、醸造所によって使う花が違ってその違いも面白くてな。できあがるお酒の色は皆琥珀色だが、お茶に垂らすと、元の花の色が出て……」
一生懸命に話すアーキーを微笑みながら見ていた咲だったが、ここで、堪えきれないというように、ふっと吹き出してしまった。
「え?」
アーキーは思わず咲を見つめる。
「ごめんなさい。なんだか、アーキーさんが一生懸命にしゃべっているから……」
咲はそう言いながらカップをテーブルに置いた。そして物憂げに視線を落とすとつぶやくように言った。
「なんて、そうさせているのは私の態度のせいですよね。ごめんなさい」
咲のその様子に、アーキーは落ち着きを取り戻して言った。
「……いや、そうじゃないんだ。ただ――」
アーキーの視線がこちらに向くのを感じて、咲は顔を上げる。アーキーは寂しさを滲ませながら笑って言った。
「君とまともに話ができないのは、堪える」
咲は唇をぎゅっと結び、そして、一つ呼吸を置いて、ゆっくりと開いた。
「……私もです」
咲のその言葉を聞いて、アーキーは意を決したように立ち上がる。咲はアーキーを見上げつつ、思わず立ち上がった。アーキーは咲の目の前に来ると、手に持っていた花を差し出した。
朝焼け色のオレンジ色がまぶしい、トゥルプの花だった。
「サキ」
まるで彼の愛おしいという気持ちがすべて詰まったかのような、柔らかな声に咲はアーキーから目を離すことができなかった。
「……君が、好きだ」
その瞬間から、咲は自然と自分の表情が緩むのを押さえられなくなった。油断をすれば涙があふれ出してきそうで、咲は高鳴る鼓動を押さえながらアーキーを見つめる。
「受け取ってほしい」
アーキーがそう言って、咲はやっとこわばっていた体を動かし、花を受け取った。ふわっと香る甘い香りに目をつむり、そうして、咲は再びアーキーを見つめる。アーキーは緊張とも期待ともとれる表情をしていた。
「――私も、あなたのことが好きです。アーキーさん」
花がほころぶような笑顔を見せる咲に、アーキーも幸せそうに笑う。そして、たまらなくなって、アーキーは咲を優しく抱きしめた。
アーキーの温度を感じた咲はくすぐったそうに身じろぎをする。しかしすぐに、アーキーの鼓動も自分に負けじと早鐘を打っているのに気が付いて、咲は笑ってしまった。
「もう、ずっと待ってたんですよ」
冗談めかしてわざとらしく明るくそう言った咲に、アーキーも笑いながら、「ああ、すまなかった」とつぶやいた。
二人は一度体を離すと、顔を見合わせて幸せそうに笑いあい、再び抱き合った。
朝焼け色のトゥルプの花が、二人の間で、甘い香りを漂わせていた。




