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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第28話 すれ違い

 一通りの試作を終え手持無沙汰になった咲は、街を歩いていた。

 本祭を控えた街は花にあふれ、どこに行っても明るい音楽が鳴り響き、人びとの笑い声と甘い香りで満たされていた。

 様々な出店がある中で、最も目に付くのは花屋であった。赤に黄色にピンク、紫、青……この世の色すべてを集めたような花々が店頭に並び、人は嬉しそうに花を買っている。咲はその花の中に、オレンジ色を見てふっと目を背けた。

「……ん?」

 背けた先では花売りの娘たちが集っていた。その中に、見慣れた人の姿があった。

 薄い茶色の髪を少し乱したその人――アーキーは、花売りのルナと話をしている。咲は思わず近くのオブジェに隠れる。

 いや、隠れる必要はないのだが、どうにも胸のあたりが苦しくてつい逃げてしまう。それに、今、彼に会ってもうまく笑えないと分かっていた。

 ブーケの疑問は解けた。しかし、オレンジ色の花は買っていない。でも、だったらいまどうしてルナと話をしているのだろう。何か買うつもりなのだろうか、もしかして……

 淡い期待を抱いてしまいそうになる自分と、諦めてしまいそうな自分が、咲の中で混乱していた。

 咲はアーキーの方を振り返ろうとして、動きを止める。もし、もし今見たとして――

(あの人の手に、オレンジ色の花が無かったら……)

 たまらなくなって、咲はアーキーのいる方向とは反対に走り出した。まさか、アーキーがその様子を見ているとも知らずに。


 咲は夢中になって走った。音楽は遠ざかり、住宅街に入る。この辺りは花こそあれど落ち着いた空気に満ちている。

「おっと」

「わっ、ごめんなさい」

 咲は前から歩いてきた人にぶつかり、足を止める。見上げた先には、見覚えのある顔があった。

「タクさん」

「そんなに慌てて、どうされたんですか」

 タクはそこまで言うと、ハッとして厳しい目で周りを見回した。

「もしかしてまた事件に巻き込まれて……」

「ち、違います。そうではなくて……」

 その頃、アーキーも咲に追いついていたが、二人が何やら会話しているのを見て足を止めていた。手には朝焼け色の花が握られている。

 咲はタクの言葉を否定するが、息も上がり、苦しそうな表情をしているので、タクはどうにも信じられないようだった。

「行きましょう!」

「えっ?」

「こっちに行けば、他の騎士団の方々もいますから!」

 タクは咲の手を取る。咲は驚き、アーキーは息を飲んだ。咲はタクに連れられるまま走り出してしまった。

 残されたアーキーは、ただ立ち尽くすほかなかった。

「えっ、本当に誤解だったんですか?」

 騎士団の詰め所にやって来て、タクはやっと咲の言葉が真実だと理解した。咲は苦笑し、詰所にいたギルはため息をつく。

「だからあれほど冷静になれと……」

「でも! 手遅れになったらいけないじゃないですか!」

「お前が迷惑をかけてどうするんだ」

 ギルにぴしゃりと言われ、タクはシュンとする。その様子がまるで、大型犬のように見えて咲は思わず笑ってしまう。申し訳なさそうにタクは咲を見た。

「すみません、サキさん」

「とんでもない。お気遣いいただいてありがとうございます」

 騎士団の詰め所は賑やかだったが、花祭りの雰囲気とはかけ離れている。せわしなく人が行きかい、情報が共有され、トラブルが起きれば団員が飛び出していき、時折談笑する声が聞こえる。

 その空間が何となく心地良くて、咲はほっと息をついた。

「でもどうして走ってたんです?」

 タクは純粋な瞳で咲に聞く。咲は何と答えたものか悩んだが、本当のことを言うわけにもいかず、「気分転換に」と笑った。

「気分転換?」

 そう聞き返したのはギルだった。咲は頷く。

「ええ、今、料理の試作が忙しくて。考えがまとまらないときは動いた方がいいでしょう」

「確かにそれは一理あるな」

「それで走っていたんですけど、誤解させちゃいましたね」

 咲は苦笑し、ギルは微笑む。しかし、タクだけは違った。何かを探るように咲をじっと見つめ、真剣な表情で口を開いた。

「嘘ですよね」

「えっ?」

 咲はギクッとする。顔に出ていただろうか、と心配になるがタクは構わず続けた。

「気分転換に走ってたって……そんな感じじゃなかったです」

「タク」

 ギルの呼びかけにも振り返らず、タクは続ける。

「何か悩み事があるんじゃないですか。だって、あんなに苦しそうにしてた」

「それは……試作がうまくいかなくて」

 嘘は言っていない。あの日以来、思うように料理が作れなくなっているのは確かだ。仕事に支障は出なくとも、自分がよく分かる。体が思うように動かない瞬間があるのだ。

「本当にそれだけですか?」

 すべてを見透かすようなタクの瞳に、咲は思わず後ずさる。屈託のないその瞳が、咲をとらえて離さない。まるで弓矢で狙われているかのような――

 が、突然、その照準は逸れる。ギルがタクの背をはたいたのだ。

「いってぇ!」

「サキさんが困っているだろう。行き過ぎた親切心は余計に迷惑だ」

「そんなあ、だって……」

 再び情けない表情になったタクに、咲は笑いながらほっと息をつく。と、同時に、現実に引き戻されるような心持でもあった。

 タクはギルの小言を聞きつつ、咲の横顔を垣間見ていたのだった。


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