表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
27/41

第27話 花祭り前日

 ランチタイムが終わり、「CLOSED」の看板が掲げられたフルンダークの店内は、妙な空気に満たされていた。

 客席の片付けをしていた給仕の者たちは次第に集まり、そこにソアが合流する。

 彼らの視線の先には厨房があった。いや、正確にいえば、厨房にいる咲とアーキーを見ていたのだった。

 ある日を境に、二人の関係が何やら奇妙なことになっているのを他の者たちは察していた。仲が悪いとか会話がないとかそういったことではない。ただ、なんとなく互いに距離を感じるのだった。

 どちらかといえば、咲の方がアーキーと距離を取っているように思える。

「ねえ、あの二人、喧嘩でもしたの?」

 タキが誰ともなしにつぶやくと、リツが「知るわけないだろ」と囁いた。タキはむきになって言う。

「だって、あんなに仲が良かったのよ!」

「だから知らないって」

 ルシアとシイナが心配そうに眉を下げる。

「いったい何があったのかしら……」

「サキさん、なんだか浮かない顔をしてる」

 給仕の者たちがひそひそと話をしていると、ソアが言った。

「これは、あれだな。アーキーの慎重さが裏目に出てる」

「えっ?」

 給仕たちが聞き返すと、ソアは手招きをした。五人が顔を寄せあったところでソアはつぶやいた。

「あいつ、まだオレンジ色の花を準備していないんだと」

「ええっ、まだ準備してないの⁉」

 思わず叫ぶタキに、他の面々が「しっ!」と厳しい目を向ける。タキは口を両手で覆い、みんな揃って厨房に目をやる。二人は何も聞こえていないのか、試作に没頭していた。それだけを見ると普段通りなのだが……タキはたまらず囁いた。

「でも、びっくりでしょう? あんなに相思相愛なのに!」

「もう……仕方のない人たちねえ」

 ルシアがあきれたように言うと、他の面々も頷いた。

「まあ、あとは本人たち次第だけどな」

 ソアが言った時、扉をノックする音がした。ソアが出入り口に向かう。

「おや、ルナちゃん。こんにちは」

 扉を開けた先にはルナがいた。ルナはそわそわと落ち着かない様子で周りを見回した後、意を決したようにソアを見上げた。

「あの、気になることがあって来ました」

 他の者たちも集まりだし、顔を見合わせる。ルナはぎゅっと両手を握りしめた。


 花祭りの本祭前日と当日は、多くの者たちが休みとなる。しかし咲は何となく落ち着かなくてフルン・ダークの厨房にいた。

「……さて」

 咲は淡々と試作を進める。ソテーの仕方、ソースとの相性、温度の違い……そんなことを考えている間だけは、どうしようもない気分を紛らすことができた。

 しかしそれでもふと、心臓をキュッとつかまれるような切なさに襲われる。咲はそのたびにため息をつき、試作に没頭した。

 一方その頃、アーキーは自室を出て、散歩に出ようとしていた。家にいても落ち着かず、とりあえず歩いてみようと思ったらしかった。

 エントランスを出たところで、「よお」と背後から声をかけられた。振り返るとそこには、ソアがいた。

「ソア、どうしてここに」

「明日が花祭り本祭だろう? その前に、色々見て回ろうと思ってな」

 と、ソアはいつもの調子で言う。しかし、一拍の間を置いて真剣な目をするとアーキーを見据えた。

「というのはまあ、建前だ。お前に会いに来た」

「は?」

 予想もしない言葉にアーキーは怪訝な顔をする。ソアは構わず続けた。

「オレンジの花は準備できたか?」

 ソアのその問いに、アーキーは表情をこわばらせ視線を背ける。ソアはアーキーから視線をそらさずに答えを待つ。沈黙に耐えかねたアーキーが吐き捨てるように言った。

「……準備したって、受け取ってもらえるわけがないだろう」

「どうしてそう思う?」

「最近、サキは俺と距離を置いてる。さすがに俺だってわかるさ。それってつまり、そういうことだろう?」

 そこまで聞いて、ソアは盛大にため息をついた。その反応にアーキーは思わず怪訝な目を向けた。

「あー、もう、我慢ならない。アーキー、それは誤解だ」

「誤解?」

「サキさんは、お前のことが嫌いになって距離を置いてるわけじゃないってことだよ」

 アーキーは眉をひそめ、ソアの次の言葉を待った。ソアは再びため息をつくと、一歩アーキーに近づいた。

「ルナちゃんから聞いたんだよ。サキさん、悲しんでたって」

「えっ?」

 あの日、ルナは咲と別れた後、咲の表情が浮かないことを思い出したのだった。それで、どうしようもなくなって、フルン・ダークに相談に来たのだった。

『ピンクのブーケを料理長さんが買ってくれたの、って、オレンジの花はサキさんが一番乗りだよって、言ったら、悲しそうな顔してたかもって……後で気付いたの』

「大切な人に渡すためのブーケだって言ったって、それを聞いて納得したよ。サキさん、勘違いしてるんだ。お前に好い人がいるって」

「そんな、だってそのブーケは家族のためのもので……」

 アーキーの言葉に、ソアはただ淡々と告げた。

「それは俺らにとっての常識だろう? 考えてもみろ、サキさんは転移者だぞ」

 アーキーはグッと言葉に詰まる。ソアは少しだけ語気を緩めた。

「あの三人が、それとなく聞いたらしいが……サキさん、今はブーケの意味を分かっているらしい」

「だったらどうして」

 ソアは、焦るアーキーに向かってゆっくりと言葉を紡ぐ。

「お前がオレンジ色の花を準備していない、それだけのことが、サキさんをあんなふうにさせてるんだよ。大切な人にあげるためだからってブーケを頼んだ花売りの子から、好きな人が自分の好きな色の花を買っていない、それがどれだけのことか分かるか?」

 アーキーはハッとして顔を上げる。ソアは、どうしようもなく不器用な腐れ縁の男を見て、苦笑した。

「……なあ、このままでいいのか?」

「いや、だめだ」

 アーキーは表情を引き締め、瞳に強い決意を宿す。それをみて、ソアは今度こそ、ほっとしたように息をついた。

 ソアがその場にいることを忘れたかのように、アーキーは走り出す。ソアはその後ろ姿を見送ると、「貸し一つだからな」と、誰にも聞こえないように呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ