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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第25話 花祭り間近

「いつまでもだもだするつもりなんだよ、お前」

 静かなバーのカウンターで呆れたように言うのはソアだ。その隣にはアーキーがいる。ここは二人の行きつけの場所である。夜もすっかり更け、店内は落ち着いた空気が流れていた。

「……何の話だ」

「とぼけるなよ。サキさんのことだ」

 ソアはグラスを傾け、琥珀色の酒をなめる。丸くカットされた氷が間接照明にきらめいた。

「正直言ってお互いに悪くは思ってないだろ」

「それは……どうだろうな」

「いや、そうだろ。普段の様子を見る限りそうだろう」

 アーキーはグラスの氷をカラカラと揺らす。

 確かに、咲のことは好きだ。それは認める。特別な仲になれたらどれだけ良いだろうかと。しかし同時に、今の関係が崩れてしまうのを恐れているところもある。それならいっそ思いは伝え無いままがいいとも思うし、でも、誰かほかの人と笑いあっているのを見るとたまらなくなる。

 このような想いをしたのは初めてのことで、どうするのがいいのか分からない。

 ソアは横目でアーキーを見ると、「お前は、恋に関してはとんと頭が回らないんだな」とアーキーに聞こえるか聞こえないかくらいにつぶやくと、はっきりと続けた。

「覚悟を決めたらどうだ。どこかに行ってしまってからじゃ、遅いんだぞ」

 その言葉にアーキーはハッとする。

 あの日、もう二度と咲に会えないかもしれないと思った時、今までに感じたことのない強い思いが心臓を握りつぶした。タクと話しているときも、このまま彼の手を取りやしないかと不安になった。そんな口出しをする権利などないというのに。

 アーキーはグッとグラスの酒を飲み干すと覚悟を決めたような目をした。ソアは、やれやれというように笑った。

「いいじゃないか。もうすぐ花祭りもあることだし」


「花祭り?」

 ランチタイムの後、厨房で試作を進めていた咲は三人娘に声をかけられ顔を上げる。作るべきメインディッシュは魚と肉の二種類。まずは、魚の一皿から作ることにしたようだった。

 ワクワクした様子でタキが言う。

「毎年花真っ盛りの時期にやっててね、街を挙げての大きなお祭りなのよ」

「へえ……」

「それでね、花祭りにはある慣習があってね」

「慣習?」

 お祭りには何かと慣習がつきものである。咲は様々な魚のソテーを比べ、ソースの量や組み合わせを試しながら話を聞く。タキは頬を赤く染め、まるで恋物語を語るように続けた。

「好きな相手に、花を送るの。相手の好きな色の花を!」

「他にもいろいろ慣習はあるのだけれど、それが一番ロマンチックよねえ」

 ルシアもうっとりとした様子で言う。

「だから、女の子たちの間じゃ、誰から花をもらいたいかって話で今はもちきりよ」

「ねえ、サキさんは誰かいないの?」

 シイナが聞くと、他の二人も興味津々という様子で身を乗り出す。咲はその様子に後ずさるが、同時に、脳裏に浮かぶ顔があった。

『サキ』

 どこか甘い、優しげな声で名前を呼ぶ、穏やかな微笑を浮かべるアーキー。

 咲は少し沈黙した後、「……そんな人いない」と早口で答えた。もちろん、それにごまかされるような三人娘ではない。タキは高い声で「嘘だぁ!」と言った。

「今誰か思いついたでしょう! ねえ、誰なの!」

「べ、別に誰も思いついてない!」

「もー、教えてくれたっていいじゃないの」

「そうよ、私たちの仲でしょ」

 三人娘は、咲が一体誰を思い浮かべたかなんとなく予想がついていた。しかしやはりここは、咲の口から聞きたいものだ。咲は必死に顔をそむけるが、耳は真っ赤である。

「サキ」

「うわあっ!」

 不意にアーキーの声がして、咲は驚きの声を上げる。咲の心臓は早鐘を打ち始め、動揺する咲を見て厨房の入り口に立つアーキーはきょとんとする。

「ど、どうした。顔真っ赤にして」

「何でもないです! どうしました!」

 勢いで乗り切ろうとする咲に、三人娘は顔を見合わせると笑いをこらえる。アーキーは呆気にとられつつも穏やかに笑って言った。

「そろそろ休憩してはどうかなと思ってな」

「あ、はい、そうさせてもらいます。ちょっと外に用事があるので、出てきますね。あ、アーキーさんは試食お願いします! じゃ、みんな、後はよろしく!」

 咲はエプロンを外しながら早口で言うと、アーキーの横を通り抜けて廊下に出ようとしたが、ふと足を止めてアーキーを見上げる。

 アーキーは戸惑いつつも、咲に笑いかける。咲はハッとすると頭を下げて、荷物を持って外に出て行ってしまった。

 咲を見送った後、アーキーは三人娘に視線をやる。

「……俺、何かしたか?」

 三人娘はたがいに視線を交わすと、「さあ?」ととぼけてみせたのだった。


 外に出た咲はいったん足を止め、深呼吸をする。甘い花の香りが漂う街は日に日に色鮮やかになっていき、人びともどこか浮足立っている。

 咲は冷静になるように周囲を見渡す。と、浮足立つ群衆の中に、何やら不安そうな小さな影が一つ見えた。どうやら少女のようで、手には花がいっぱいのかごを持っている。

「何か困ってる?」

 咲は思わず声をかける。すると少女は目に涙を滲ませながら言った。

「あたし、おかあさんと花を売りに来たの……でも、でもね、迷っちゃった」

「そっかそれは大変だ」

「うん、でもね、これがあるから大丈夫なの」

 そう言って少女が見せたのはブレスレットだった。咲が持たされていたブレスレットと似ているあたり、小さな子どもに迷子対策として機能しているのだろう。

「これがあったらね、おかあさんが見つけてくれるの」

「それじゃあ、ここは危ないから、あっちに行きましょう」

 咲はフルン・ダークの裏口を指さす。

「私ねあのお店で料理を作っているの。お母さんが来るまで一緒に待ちましょう」

「うん!」

 少女の名はルナといった。明るいオレンジ色の髪をみつあみにして、まん丸な瞳がかわいらしい。

「あたしが生まれた日ね、月がきれいだったんですって。だから、あたしはルナっていうの」

「素敵な名前ね」

「うふふ」

 しばらくとりとめのない話をしていたら、母親が迎えに来た。ルナはたいそう咲に懐いていて、少し離れがたそうにしていた。

「あのね、これあげる」

 ルナはかごの中からブーケを取り出した。オレンジ色を基調としたかわいらしいブーケで、咲は一目でそれが気に入った。

「これ、あたしが初めて作ったブーケなの。お礼にどうぞ」

「まあ、ありがとう。私、オレンジ色が大好きなの」

 ルナは嬉しそうに笑って「じゃあ、またね!」と手を振った。

「へえ、そんなことがあったのか」

 店に戻った咲がルナの話をすると、アーキーは微笑ましげにブーケを眺めた。この時にはもう咲も冷静になっていて、楽し気に話をする。

「私、オレンジ色の花って好きなんです。だからとっても嬉しくて」

 するとアーキーは「そうか……」と穏やかにつぶやく。

「サキは、オレンジ色の花が好きなのか」

 アーキーのその言葉に、咲は視線を上げる。と、アーキーとばっちり視線が合う。真剣なまなざしのアーキーに、咲は再び頬が熱を持つのを感じた。

「あ……」

 咲が小さく頷くと、アーキーはふっと笑って踵を返した。

(これって……)

 不確かだけれどつい感じてしまう期待に、咲はブーケで顔を隠す。

 甘やかなトゥルプの香りが、咲の鼻をくすぐった。


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