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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第24話 日常

 咲が店に復帰して数日が過ぎた。

 少々過保護にも感じるような皆の心配も落ち着いてきて、やっと日常が戻って来た。とはいえ、以前よりも咲に対する心配は増してはいるのだが。

 この日、咲はアーキーと一緒に市場に買い物に出ていた。

「こんにちは」

 以前立ち寄った青果店に咲は声をかける。店先にいた店主は振り返って咲を見つけると、ぱっと表情を明るくした。

「おう、お嬢さん! また来てくれたのか!」

「先日はお世話になりました。おかげで、思っていた味にたどり着けました」

「そうかそうか、そりゃよかったなあ。やっぱりあの豆が正解だったのか?」

「はい」

 嬉しそうに、少し残念そうにいう咲に、店主は「実はな」ととっておきの秘密を教えるように言った。

「そのことでお嬢さんにいい知らせがあるんだ」

「え?」

 店主はふっふっふ、と笑うと、売り場の一角を指さした。そこには、グリンピースに似た豆が山積みになっていたのだ。

「うわあ、どうしたんですか?」

 咲が驚いて聞くと、店主は嬉しそうに話してくれた。

「ここ最近、また流通が始まってなあ。どうやら買い占めていたらしい貴族がお取り潰しになったとかで」

 アーキーと咲は顔を見合わせる。どうやらケンゴリー家は豆の買い占めまでしていたらしい。

「というわけで、こうやって仕入れられるようになったわけさ」

 上機嫌な店主に話しかけたのはアーキーだった。

「あの、ちょっとご相談なんですが……」


「よかったですね、仕入れ先が確保できて」

「ああ、店主がいい人でよかった」

 店を後にした咲とアーキーは、嬉しそうに話しながら街を歩く。豆の仕入れ先が決まったので、スープを安定して作れるようになったのだ。

「後はメインディッシュの研究もしないとですね。ちょっと遅れちゃったから、頑張らないと」

「あまり無理はするなよ」

「へへ、分かりました」

 何も気にしていない風に笑う咲だが、その表情にはうっすらと疲労の色が見える。あまり眠れていないのか、目の下には少し隈もできていた。

「ん? あれって……」

 そんな咲に気を取られていたアーキーだったが、咲の言葉にハッとする。咲の視線の先には見覚えのある男がいた。騎士団の制服を身にまとった彼は、タクであった。

 タクもこちらに気付いたようで、笑顔で駆けよってくる。

「こんにちは、お二人とも! 今日はどうされたんですか?」

「ええ、ちょっと買い物に」

「サキさん、元気そうでよかったです。あれからお変わりないですか?」

 屈託なく笑って言うタクに、アーキーはひそかに「元気なもんか」と心の中でつぶやく。咲は笑顔を浮かべて頷いた。

「おかげさまで」

「転移者同士、苦労は多いですが、頑張りましょう」

「ええ」

 転移者同士。その言葉に、アーキーはぐっと胸が詰まる。それはどうしようもない違いであり、アーキーには知り得ない世界を二人は知っているのだ。その事実に、思わずアーキーの顔が曇る。

 咲とタクが元の世界の話題で盛り上がっている間、アーキーはどことなく気もそぞろだった。と、その時、ギルがやってくるのが見えた。

「おい、タク。何をやっている。職務中だぞ」

「はっ、申し訳ありません」

 声をかけられたタクはとっさに敬礼をする。

「交流するなとは言わないが、他の職務に支障が出ないように」

「はっ」

「すみません、お二人とも。お邪魔しました」

「いえ、久しぶりに元の世界の話ができてよかったです。引き留めてごめんなさい」

 咲が笑って言うと、アーキーは複雑な気持ちになる。嬉しいような、悔しいような、奇妙な心持にアーキーは戸惑った。

 ギルとタクが立ち去った後、咲はアーキーを見上げる。と、不思議そうな顔をした。

「アーキーさん、どうしました? 何かありました?」

「え?」

「ここ、しわが寄ってます」

 咲は自分の眉間を指さして言う。アーキーはここでやっと、自分がかなり険しい顔をしていたことを自覚した。

 アーキーは慌てたように笑うと「いや、何でもない」と言った。

「そうですか? お疲れならもう帰りますけど……」

「なに、俺は大丈夫だ。サキこそ疲れているんじゃないか?」

 アーキーが気遣うように聞くと、咲は少しはにかんだ。

「いえ、それが、もう一ヶ所行きたいところがありまして……」

「お、どこだ?」

 快いアーキーの返事に、咲はパッと顔を輝かせた。


 二人がやってきたのは、あの広場であった。日当たりのいい、背もたれのあるベンチに座り、咲はグーッと伸びをした。

「なんだか、ここは落ち着くんです」

 咲はぽつぽつと、降り始めの雨のように話し始める。

「あの日以来、なかなか眠れなくて。やっと眠れたと思うと夢見が悪かったり、急に不安になったり」

 それは当然だろう、と思いながらアーキーは黙って話を聞く。

 公園には程よく喧騒があり、サラサラと草木が揺れ、傍らにはアーキーがいる。この空間が、咲には心地よかったし安心できたのだ。

「仕事には支障が出ないようにとは思ってたんですけど、皆に心配かけてしまって……申し訳ないです」

 そう苦笑して言う咲を見て、アーキーは少し反省した。好く思っている相手が他の誰かと笑いあっていて、それが自分には分からないことで、それがなんだか嫌な気がして拗ねるなど。

 咲の心を思えば、些細なことだろうに。

「申し訳ないなんて、思わなくていい。みんな、サキのことが大切なんだから」

 アーキーが言うと、咲は嬉しそうに笑って頷いた。

「でも、不思議ですね。元の世界の話をしても、懐かしいというより、そういうこともあったなあ、ってどこか人ごとのようで」

 やがて、咲の瞳がとろんとし始める。咲は寝言を言うように続けた。

「もう、私はこっちの世界が落ち着くんだなあって……」

「そうか」

「はい……」

 咲がふらふらと舟をこぎ始めたので、アーキーはそっと自分にもたれかからせる。咲は落ち着いた様子でつぶやいた。

「アーキーさんの近くは、安心していられますね……」

 すっかり眠ってしまった咲の顔に、つややかな髪がかかる。アーキーはそれを払ってやり、頭を撫でた。

「……ゆっくりおやすみ」

 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、アーキーはすっかり穏やかな表情になり、愛おしそうに咲を見つめていた。


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