第23話 救出
その部屋は夜だというのにまるで昼間のようにまぶしく、時間の感覚が狂うようだ。異常に華美な宝飾品が並び、実にまばゆいものであったが、豪華絢爛と評するにはあまりに品がない。
座ると体が半分くらい沈みそうなソファに座るのは、ケンゴリー家の当主だ。高級な生地であつらえたのであろうその洋服は、彼のその着こなしによってその魅力も価値も殺されてしまっているように感じる。向かいに座るのは似たような男であった。
二人は契約書を挟み、下品な笑い声をあげている。そんな空間に、咲も連れ出されていた。
壁に掛けられた極彩色の絵画は重そうな額縁に入っていて、何が描いてあるのか分からない。咲はぼんやりとそんな絵を見ながら、思いのほか自分の心が動いていないことを感じていた。
一方で、それは無意識に現実逃避をしているせいだということに思い至るほど、咲は余裕がなかった。
もう二度と、あの空間には戻れないのだろうか。
パチパチとはぜる火、漂う香気、思い思いに好きな料理をして、皆と笑いあって、それから――
「それでは、納品はいつにしましょう?」
当主は上機嫌に言う。向かいの男は酔っぱらった様子で答えた。
「私はいつでも構いませんが」
「できれば早い方がいい。何なら、今すぐにでも」
「はっはっは、それもそうですな」
では、と契約書に印が押されそうになった時だった。
「ケンゴリー様!」
ただならぬ様子のマリカが部屋に飛び込んで来た。当主は一気に不機嫌になり、相手は驚く。
「なんだ! 商談中だぞ!」
「騎士団がそこまで来ています!」
「えっ」
咲の瞳が揺らぐ。と、同時に、マリカに腕を引っ張られた。
「あんたはこっちに来なさい」
「離して!」
「黙って! あんたが見つかったら、私の計画が水の泡なの!」
「はあ?」
その細い体躯のどこにこれだけの力があるのだ、というほどの異様な力に咲はぞっとする。マリカは呪詛でも唱えるように呟き始めた。
「あんたは結構な高値で売れるんだから。その金さえあれば、私は自由なのよ。絶対に逃げてやるんだから」
「待って、どこに行くの」
「どこだっていいのよ。見つからなければ」
背後ではマリカを呼ぶ当主の怒号と、騎士団だろうか、勇ましい掛け声が聞こえてくる。マリカはそれにかまうことなく突き進むと、隠し通路らしきものを使って屋敷の外に出た。
「ここはもう、誰も知らない場所よ。あなたはもう終わり……」
勝ち誇ったような笑みを浮かべるマリカだったが、その首元に鋭利な光があてがわれる。
「終わりなのはお前だ」
マリカは肌に触れる冷たさに、刃物の気配と殺気を感じると顔をこわばらせた。咲は周りを見回す。目の前に立つのはギルで、その周囲には騎士団の者たちが集結しているのだと理解すると、咲は目を見開いた。
「さあて、詳しい話を聞かせてもらおうか」
月光に照らされて現れたのは、白銀の雪原を駆け抜ける狼を彷彿とさせる男とすべての生物を震え上がらせるような鋭い瞳を持つ男だった。
「さあ、立て」
すっかり脱力してしまったマリカは、ルパードに引っ張られ、糸の切れた操り人形のように立ち上がる。屋敷の方でも動きがあったのだろう、「離せ小僧!」「知らない! 私は何も知らない!」という怒号が聞こえてくる。
残された咲は、呆然とその事態を見つめるほかなかった。
その後、無事に保護された咲は病院へと搬送され、そこでフルン・ダークの面々と再会をした。
咲の姿を見て真っ先に駆け付けたのは三人娘であった。三人とも泣けるだけ泣いていたようだったが咲を見ると再び涙があふれ出す。
「無事でよかった、サキ」
アーキーが心の底から安堵したように言うと、咲はやっと体の力を抜いた。
「ご心配をおかけしました」
そして咲は三人娘に視線を向けると、にっこりと笑って言った。
「みんなも。守ってくれて、ありがとう」
「へ……?」
きょとんとする三人に、咲はアンクレットに触れてみせた。
「これに埋め込まれた魔法石が、私の居場所を教えてくれたんですって」
すると、三人娘は心底ほっとしたように脱力した。
「ああ……ああ、よかった。本当に……」
「ほらお前たち、そろそろ離してやれ。サキさんは大変だったんだぞ」
リツが言うと、三人はやっと立ち上がった。
咲は、諦めかけていた喧騒が再びすぐそばにあることを実感して、どうしようもないほど安堵の気持ちが沸きあがってくるのを感じた。
「失礼します」
と、そこにギルともう一人騎士団の団員がやって来た。長身の黒髪短髪で、咲は、元の世界の警察官のような人だ、と思った。
「少々ご説明をしたいのですが、今、よろしいですか」
「はい」
「皆さんも一緒に聞いてください」
ギルは言うと、隣にいた青年に視線を向けた。青年は一礼すると前に出る。
「私、第二騎士団所属のタクと申します。私の方から説明させていただきます」
タクは端末を取り出す。よく通る声で、タクは報告を始めた。
「今回の一連の事件は、ケンゴリー家が首謀者でした。それを幇助したのは転移者のマリカという女で、転移者で一儲けしたいケンゴリー男爵と贅沢な暮らしをしたいというマリカの利害が一致した結果かと思われます」
タクは淡々と報告しているようで、表情は素直だった。明らかに、犯人に嫌悪感を抱いているというのがよく分かる。ギルはそれを見抜いて背を叩く。
「失礼、この者も転移者なのでこの件に関しては少々感情的になってしまって」
「失礼いたしました」
ああ、やっぱり、と咲は納得する。タクは表情を取り繕うと続けた。
「他の被害者の捜索も順調に進んでおります。これから、余罪も調べてまいります。すべての取り調べが終わってから、処罰が下ります。時間はかかりますが、一段落ついたということです」
「そうですか、分かりました」
「恐ろしい目に遭われたあなたにこんなことを言うのもなんですが、あなたのおかげで事態が明らかになりました。ご協力、感謝します」
「いえ、私は何も……」
感謝などと言われると、咲も不思議な気持ちになる。
「失礼」
と、そこに聞きなれた声が飛んできた。ディランだ。咲は、つい先ほどフルン・ダークの面々からディランが諜報専門組織の組頭でルパードが部下だということを聞いて、驚いていたところであった。咲が今あまり恐怖を感じていないのは、与えられる情報が多すぎるからというのもあるだろう。
ディランはいつものように余裕そうな笑みを浮かべゆったりとした口調で聞いた。
「おお、サキさん。気分はどうだい?」
「なんとか」
「色々混乱することもあっただろう。今日はゆっくりお休み」
「はい」
ディランの声は落ち着いていて、安心感がある。ディランはギルとタクを振り返ると、少々態度を引き締めて指示を出す。
「では、騎士団の二人は一緒に来てくれるかい。後片付けがあるからね」
「はっ」
後片付け、という言葉に咲は様々な意味を感じつつ、「ありがとうございました」と言った。ディランはにっこり笑って、ひらひらと手を振り病室を後にした。
こうして、一連の事件は収束に向かっていったのだった。




