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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第20話 騒動と予感

「なんだよ、ちょっと突き飛ばしたくらいで大げさな」

 鼻で笑いながら、片方の男が三人娘を見下しながら言う。タキにけがはなさそうであったが、驚きと恐怖のせいで動けずにいた。傍らの二人も釈然としない様子であったが、うつむいている。

 周辺の人々も関わり合いになりたくないのだろう、遠巻きに事態を見守るばかりである。

「そんなすぐに倒れちまうなら、とっとと帰りな、お嬢さんたち」

「だいたい、俺らの前に出てくるのが悪い。身分の高い者が優先されるのは、お前たちも分かっているだろう」

 得意げに、威圧的にそう高らかに言う男たちの前に、つかつかと大股でやってきたのは騎士団でもなんでもなく、咲であった。

 つややかな黒髪をなびかせ、凛々しい瞳で目の前の男を見据える。その迫力に男たちは一瞬ひるむが、咲を女だと理解すると顔を見合わせ、にやりと下品な笑みを浮かべた。

 演目はちょうど、勇ましき女騎士が戦場に舞い降りた場面であった。

 咲は侮蔑の表情を滲ませまいと心を静めつつ、低い声で言った。

「危害を加えたのは、そちらですよね。見ていましたよ、彼女を突き飛ばしているのを」

「お嬢さんはいったい誰だい?」

「彼女たちの連れです」

 威圧的な男たちの態度にも動じず、咲は背筋をピンと張り言葉を続けた。

「謝罪してください」

「ははっ、謝罪だって?」

 何か面白いものでも見たかのように、男たちは笑った。咲は目を細める。

「……何がおかしいんです」

「いいかいお嬢さん、この世のルールがよく分かってないみたいだから教えてあげよう。俺たちは偉くて、こいつは、ただの平民だ。謝るなんてしなくていいんだよ」

 そう言いながら、片方の男が自慢げにあるものを見せつけてくる。それは服に施された刺繍で、木にまとわりつく蔦が印象的な文様だった。咲はしっかりそれを目に焼き付ける。

「サキさん……」

 心配そうに、そして申し訳なさそうにつぶやくタキの声が聞こえ、咲は振り返る。

「……けがは?」

 咲は努めて穏やかに聞く。ルシアとシイナは首を横に振ったが、タキが顔をしかめた。

「足をひねったかも……」

「ああ、早く手当てをしないと」

 咲は再び男たちに向き直る。にやにやと笑みを浮かべる男たちに、咲は思わず顔をしかめてしまう。怒りと嫌悪感、得体のしれないものと対峙しているような恐怖感。しかしそれを悟られまいと、咲は毅然とした態度で言った。

「連れの手当てが最優先ですので。このことは騎士団にも報告します」

「勝手にすればいい。俺たちはなーんにも悪いことはしていないんだからな」

「……そろそろ騒ぎに気付く頃では」

 その言葉に男たちは怪訝そうに周囲を見回す。群衆は男たちに、恐怖のほかに哀れみともとれる視線を向けていた。

「今時あんな脅し方をする貴族がいるのね……」

「貴族だから何してもいいって、いつの話よ」

「しかも女性を傷つけておいてあの態度……」

「信じられない……」

 どうやら、自分たちがよい印象を持たれていないということにやっと気づいたらしく、男たちは盛大に舌打ちをしてそそくさと逃げるように立ち去ってしまった。

 演目もクライマックスが近づいてきたようで、人々の意識は自然とそちらに集まっていく。勇敢な女騎士は大きな剣を掲げ、音楽がその勇ましさを際立たせる。

 咲はタキの傍らに駆け寄った。

「ごめん、遅くなって。早く手当てをしよう。あいつらは逃がしてしまったけど……」

「ううん、いいの。謝罪されても許さないから、謝られても困るわ」

 おどけたようにタキが言うので、咲は少しほっとした顔を見せた。

「皆さん、ご無事でしたか」

 聞き慣れた声がして、四人は顔を上げる。そこにはリッキーとギルがいた。息を整えつつ、リッキーが言う。

「お店にいて、何か騒ぎが起きているのに気が付いて……それで、騎士団を呼びに行ってたんです。間に合わなかったようで……申し訳ない」

 シュンとして謝罪をするリッキーに、咲は慌てて言った。

「とんでもないです。ありがとうございます」

 咲はかいつまんで事情を話す。リッキーもギルも露骨には表情に出さなかったが、あまりいい気分がしていないということは分かった。

「それは……災難でしたね」

「ええ。彼女もけがをしてしまって」

「まずは手当てをしましょう。といっても、駐在所は遠いんですよね……」

 ギルが少し悩む様子を見せると、リッキーが「それなら」と提案する。

「うちの店の二階を使ってください。今日は、予約もないので」

「それは助かる」

 ギルは合流した他の騎士団員に現場を引き継いで、女性団員を一人同行させ、そろってブティックに向かった。二階へ向かうのにはまた別のエントランスがあり、階段を上らなくてもいける仕組みになっていた。あまりに優雅なその造りに、咲たちは先ほどまでの騒動を一瞬忘れていた。

 二階はいくつもの個室があって、淡く甘やかな香りが漂っていた。そこらに並ぶ商品に値札はない。咲を除く女性陣はそのうちの一つの個室に入った。

 女性団員は手際よくタキの手当てをする。その間に、咲はギルから聴取を受ける。

「……木に絡みつく蔦の文様か……」

 ギルは顎に手を当て、考え込む。その様子はまるで絵画のような、いや、絵画は絵画でも教会に飾ってあるような神秘的な宗教画のようだ、と咲はぼんやりと思った。

 すると先に、リッキーが口を開いた。

「そういえばうちにも来ましたね。貴族という割には品の無い……粗暴な方々でしたので、丁寧にお話してお帰りいただいたのですが。特徴的な文様だったので、覚えています」

「その文様はおそらく、ケンゴリー家のものだろう」

「ケンゴリー家?」

 ギルいわく、一度取り潰しになった貴族らしいが、いつの間にやら復活していたのだという。

「もともとからあまりいい噂の無い貴族なんだが、最近になってまた目に付くようになっているんだ」

「そんなことが……」

 咲が呆気にとられていた時、一階の従業員がリッキーに言伝をしに来た。リッキーは急いで、先ほど入ってきた出入り口を開く。するとそこには、これまたずいぶんと立派な格好をした男性が立っていた。

 きっちりと首元まで止められたシャツに深緑色のネクタイ、騎士団の制服にも似ているが細かいところのデザインが少しずつ違う格好。鋭い目はどんな獰猛な生き物でもひるんでしまいには逃げてしまいそうなほど厳しい光をたたえている。

「突然の訪問、失礼いたします」

 凛とよく通る声、きちんと整えられた色素の薄い短髪、ぴんと張った背筋に隙の無い雰囲気。真面目と厳格が服を着ていたらこんなふうだろうか、というような風貌の男だった。

「私、防犯課のルパードと申します。こちらに騎士団の者が来ていると聞いたので参りました」

「私です」

 いつの間にか立ち上がり敬礼をしていたギルが言う。男はギルに視線を向けると敬礼を返す。

「聴取は終わったか?」

「はい、つつがなく」

 防犯課なんてあるんだなあ、と思いながら咲も一応立ち上がる。するとルパードが視線を向けたので、咲は少し身を硬直させる。ルパードはギルに聞いた。

「そちらは?」

「現場に居合わせた、事情を知る者です」

「ふむ……差し支えなければ、名前を教えていただいても?」

 差支えがあっても有無を言わせぬような雰囲気だ、と思いながら、「咲と申します」と答える。ルパードはとっさに、「ああ、転移者か」とつぶやいた。

「君、今後は気を付けなさい。君が特に何もしなくても、転移者というだけで狙われることがあるからな」

「は、はい」

 ルパードは厳しく言いながらも、少しだけ表情を和らげる。そうするとその顔立ちには少し幼さも残っているのが分かり、彼の芯の優しさが見えるようでもあった。

「最近は転移者を狙った犯行も目立つ。ケンゴリー家も加担していないとはいい難い。十分気を付けるように」

「分かりました」

「では、我々はこれで」

 ルパードはギルと手当てを終えた女性団員を連れて店を出る。と、咲とリッキーは脱力し、ため息をついた。

「なんか、呼吸が止まってました……」

「そうですね……やはり、お役人の方が来られると悪いことは何一つしていないのに、緊張します」

 どうやらタキは歩行に支障はないようで、ぎこちない動きながらも咲の元にやってくる。ルシアとシイナも手のあたりを治療してもらったようであった。

「ごめんね~、サキさん。怖い思いさせちゃって~」

 半分泣きそうになりながら、タキは咲の手を取った。温かくて柔らかな手の感触に、咲はほっとする。咲がタキに視線を向けると、タキは微笑んだ。

「でも、守ってくれてありがとう」

 ルシアは感動したように言う。

「本当に。サキさん、かっこよかったわ」

「今度何かあったら、私たちがサキさんを守るからね!」

 と、ルシアも頼もしく両手を握りしめて言った。

 先ほどまでのしょんぼりした三人娘はどこへやら、実に気合の入った表情に、咲は笑った。

「ふふ、ありがとう」

 その後、気分転換にと一階の商品を見て回り、三人娘はアンクレットを購入した。シンプルなデザインで、金色の小さなチェーンが上品だ。ところどころにアクセントとして、透明の魔法石が埋めてある。他の宝飾品を加工するときに出たかけらとのことだが、まるで湖面に揺れる光の粒のようできれいだ。

 三人娘はそれを咲へのプレゼントに買ったのだった。


 それ以来、咲の足元では、いつも美しい湖の光がきらめいているのだった。


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