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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第19話 スランプ

 順調な滑り出しを見せたかに思えたディナー再現だったが、やはり、一筋縄ではいかないのだった。

「うーん、スープかあ……」

 メニューとにらめっこしながら、咲は唸る。今は、スープを考えているようだった。

 ポタージュにも似ているそのスープは、こちらの地方の郷土料理をベースに考えられたものらしく、そもそも、バリエーションが幅広い。しかしある程度の作り方は書いてあった上に、アーキーたちもよく知っている料理だったので、初めのうちは順調に進むと思われていた。

 問題は、使われている材料の種類であった。

 豆をベースにしたスープだということは分かるのだが、その豆が何なのかがよく分からないのだ。他に野菜やベーコンもたっぷり入れて煮込むタイプの料理のようだが、どうにも豆の種類が特定できない。

 厨房の丸椅子に座り、咲はため息をつく。

「そもそも豆の種類が多すぎるんだよなあ……この世界」

「そんなに多いか?」

 不思議そうに言うのは、ランチタイムに出すコンソメスープの仕込みをしているアーキーだ。黄金に透き通ったスープは香りがよく、うま味がたっぷりだ。

 咲は、そのコンソメスープがディナーに出ていたらよかったのに、と思いながら眉間にしわを寄せてつぶやく。

「多い、すごく多い」

「気にしたこともないが……そうだろうか」

「うーん、何使ってたんだろ。倉庫にある分は全部試したし……」

 咲は手帳のページを食い入るように見つめる。

 残念なことに、豆の品種が書いてあったであろう部分はかすれてすっかり読めなくなってしまっていたのだ。残されたページのくぼみから何か分からないかと何度も明かりに透かしてみたり指でなぞってみたりするが、何も分からない。

「確かに味がいまいちピンとこないんだよな」

 そう言うのはソースの仕込みをするソアだ。

「こう……やっぱり、豆の味が違う」

「確かにあれは、調理法とか他の野菜の違いというより、豆の違いだな」

 アーキーも同意すると、咲は深くため息をついた。

「ですよねえ……」

 どうしたものか、と堂々巡りの中、頭を抱える咲であったが、考えてもどうしようもないので、いったん立ち上がり、野菜の仕込みを始めた。

 しばらくして、三人娘が戻ってくる。

「サキさん、それ、試作?」

 タキが聞くと、咲は力なく首を横に振った。

「ううん、仕込み。もうどうすればいいか分かんなくって」

「何に引っかかってるんだっけ?」

 シイナの問いに、咲は手際よくニンジンを切りながら、「豆」と短く答えた。

「豆?」

「種類が分かんないんだと」

 咲の代わりに言葉を次いだのはソアだ。事情を説明すると、三人娘は顔を見合わせ、「それなら」とルシアが口を開いた。

「実際に市場を見て回るのがいいんじゃないかしら。実物を見た方が分かりやすいわよ、きっと」

 するとシイナも頷き同意する。

「そうね、市場によっては売ってるものも全然違うから」

「気分転換にもなるし、いいんじゃないかしら。料理を作るためには厨房にこもらなきゃいけないってのは分かるけど、ずっとこもってたら思いつくものも思いつかないわ」

 楽しげに言うタキの言葉に、確かに一理ある、と咲は頷く。それに、咲の性格からしても、考えるより行動した方が合っているのだ。

「それじゃあ、今度のお休みは私たちとお出かけね!」

 タキは楽しげに笑って言った。

「いいじゃん、それ」

 と、いつの間にか戻ってきていたらしいリツがひょっこりと顔を出すと、からかうように笑って言った。

「料理長とだけお出かけなんてずるいじゃん。四人でデートしてきなよ」

「いや別にあれはデートでは……」

 咲とアーキーの焦るような声が重なり、他の面々は面白そうに笑ったのだった。


 休日の市場は相変わらずにぎやかで、目が回りそうなくらいの騒がしさである。

 そんな雑踏のざわめきに動じることなく、咲は店先の品物を眺めていた。特に豆の品ぞろえが多い店を選んで見ていたのだが、どうにも味の想像がつかない。元の世界にあったものに似ているものから、見たことのないものまで。今ここで茹でて食べてみたいが、そういうわけにもいかない。

「とりあえず全種類買ってみるか……?」

「おお、ずいぶん豪勢なことを言ってくれるじゃないか。なんだい、ずいぶん豆にご執心なようだが」

 店主の言葉に、咲は苦笑する。

「いえ、どうしても再現したい味があって。それがどうにも豆の種類が違うようで……」

 すると店主は、咲のことを遠いふるさとの味でも再現しようとしている健気な若者とでも思ったのか、ずいぶんと親身になってくれ、色々と話をしてくれた。

「確かに、同じ料理でも地方によっては違う豆を使うなあ。例えば、内陸の農村で食べられるのはこの豆だし、海辺に近づくにつれてこう、変わっていく」

 と、店主は一つの豆を指さした後、ずーっと商品をなぞっていく。

「風土によっても違うし、何なら、結婚や移住やらでいろんな製法が混ざり合うことだってよくあるもんだ」

 その言葉を聞いた咲の脳裏には、雑煮が思い浮かんでいた。

 考え込んでしまった咲の代わりに、タキが聞いた。

「ねえ、おじさん。これってちょっとずつ買うことはできる? あまり大量には買えなくて」

「ああ、もちろんさ。買ってくれるなら、何だってありがたいよ」

 店主は気分良く笑って言うと、小さな袋に少しずつ色々な豆を詰めてくれた。

「あ、そうだ」

 ふと店主は店の奥に下がると、何やらパンパンに膨らんだ麻袋を持ってきた。怪訝そうにする咲たちに、店主は中身を少し見せた。それは咲にとって見慣れた形をした豆だった。しかし、こちらの世界では初めて見るものだった。

 咲が興味津々というようにそれを見つめると、店主は言った。

「これ、実はちょっとだけ仕入れることができたものでな。せっかくだ、持って行ってくれ」

「えっ、そんな、いいんですか?」

 咲が驚いた様子で言うと、店主は朗らかに笑ってみせた。

「ああ、思っている味にたどり着けるといいな」

「ありがとうございます!」

 勢い良くお辞儀をして、咲はお代を支払った。すると店主は少しだけ困ったように腕を組んで呟いた。

「実はその豆もな、昔はたくさん仕入れることができていたんだ。ただ最近は流通が滞っていてね」

「あら、そうなの? どうして?」

 シイナが聞くと、店主は周りを見渡した後、四人に手招きをした。四人は顔を見合わせ店主に近寄る。店主は小声で言った。

「ここだけの話、とあるお貴族さんが買い占めてるって噂さ。健康にいいってことで、次から次に蓄えているんだと」

「まあ」

 ルシアが驚きの声を上げると、店主は「大きな声では言えんがな」と言ってため息をついた。

「でもそんな貴重なもの、もらっていいんですか?」

 申し訳なさそうな、慌てるような様子で咲は聞く。

「ああ、構わないさ」

 だが、店主は悪だくみをするような笑みを浮かべて言ったものだ。

「無駄にするようなどこぞの貴族より、大事に食ってくれる人のところに行けりゃ、食材も本望ってもんさ」

 咲はそれを聞いて嬉しそうにほほ笑んだ。

「本当にありがとうございます。また来ます」

「おう! 気をつけてな。感想、聞かせてくれよ」

「はい!」

 四人は店を後にして、軽い足取りで雑踏をすり抜ける。

「いい物仕入れちゃったわね。これは期待できるんじゃないかしら?」

 ルシアの言葉に咲は頷く。と、同時に心配にもなる。もしもこの貴重な豆が正解だったとして、仕入れはどうすればよいのだろう。作ってみないことにはどうしようもないので頭の片隅に追いやるが、いずれ考えなければならないことである。

 広場に近づくにつれ、人が増えていく。どうやら大々的な催しが行われているらしい。普段見ないようなちょっと高貴そうな人の姿も見える。

「何やってるのかな……」

 咲が三人より少し前に出て背伸びをする。広場の中心では即席の芝居小屋でミュージカルをやっているようだった。

「ねえ、演劇やってるみたい……」

 と咲が三人を振り返った時だった。タキの近くの男二人が、妙な動きをしているのが見えた。と、次の瞬間、片方の男が「邪魔」とでも言いながらタキに向かって手を突き出した。

「危ない!」

 咲の忠告もむなしく、タキは突き飛ばされその拍子にルシアとシイナも巻き込まれる。

「きゃっ!」

 タキは地面に座り込みルシアとシイナは上体を起こしてタキに寄り添う。三人娘の前には、突き飛ばした張本人である身なりのいい男が二人立っていた。

 元の世界にもいたものだが、身なりはいいが中身はよくないという人間の雰囲気を咲は反射的に感じ取った。と、同時に、言葉にしがたい不安のような嫌な予感が胸に湧いてくる。

 そして悲しいことに、そういった類の予感はたいてい当たるものである。


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