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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第17話 人気

 最近のフルン・ダークは、ずいぶんと賑わっていた。

 そもそも咲がやって来てから客足は右肩上がりだったが、試しにクロケットを出してみたところこれが好評で、さらに客足が伸びたのである。

 加えて、仕入れ先も変化した。

「いやー、おかげでうちも大繁盛だよ!」

 フルン・ダークの裏口で豪快に笑いながら言うのは、偶然通りかかったらしい青果店の店主だ。ずいぶん前から世話になっている店であり、店主自身もフルン・ダークの常連である。

「お宅の料理が評判になって、その材料の仕入れ先がうちだって知った人が続々来るのさ」

「こちらとしても、色々融通していただいて助かります」

 アーキーも愛想よく笑い、頭を下げる。

 最近では普段仕入れている食材に加えて、一般では販売していない食材などを仕入れさせてもらえるようになったのである。おかげで試作の幅も広がり、咲が大層喜んでいた。アーキーはその喜びようを思い出し、思わず微笑む。

 店主はなおも嬉しそうに話す。

「それに、ここの料理を食べると妙に元気になるんだよ。俺なんてこないだまでどうにも気力がわかなくて、そろそろ潮時かなんぞ思っていたが、ほれ、この通り」

 と、店主は重そうな荷物をひょいと抱えてみせた。

「あんたの腕がいいおかげだな」

「何を言います、食材がいいからですよ」

 そう言いながらも、アーキーは「それだけではないけど」と心の中でつぶやく。咲の回復魔法がじわじわと効いているおかげもあるのだが、それは心にしまっておく。

 店主は機嫌がよさそうに笑った。と、その時、時計塔の鐘が鳴った。

「おっといけね、配達に遅れちまう。まーた母ちゃんに怒られちゃうよ」

「あらら、それはいけませんね」

「おう。そんじゃ、また寄らせてもらうよ」

「はい、お気をつけて」

 店主と別れた後、アーキーは店に戻る。お昼時を過ぎた店内は少し落ち着いていたが、客は多く、その大半がのんびりと遅めのランチを楽しんでいるようだった。厨房から客席の様子を覗いていたら、咲もホールにいるのを見つけた。

 咲は妙齢のご婦人たちが集う席にスイーツを運んでいた。婦人たちは嬉しそうにスイーツを見て、咲もその様子を見て表情をほころばせた。婦人たちは咲と少し言葉を交わした後、さっそくスイーツを堪能し始める。

 咲は続けて別の席へ向かう。アーキーの視線は無意識にそれを追っていた。その視線は満足そうにも、待ち遠しそうにも見えた。

「アーキー。のぞき見か?」

「……人聞き悪いぞ、ソア」

 アーキーの背後から忍び寄ってきたソアは、なにやらニヤニヤと笑っている。アーキーは決まり悪そうな表情を浮かべると、再び客席に視線を向けた。ソアがその隣に並ぶ。

「サキさん、お客さんにも人気でな」

「ああ、同い年くらいの女性のお客さんも多いだろうからな」

 アーキーの、その強がるような物言いに、ソアはいたずらっぽい微笑を浮かべる。

「ひそかに思いを寄せてるやつもいるんじゃないか」

「なに? いったい誰だ、それは」

「例えばの話だよ」

 ソアは両手をひらひらさせ、楽しげに笑った。これまで浮いた話の一つもないどころかそういったことに無縁だった友人が、ようやく見せた春の気配が楽しくてしょうがないらしい。

 一方のアーキーはムッとして腕を組む。

「大体、店の従業員にそんな想いを抱くなんて……」

「えー? でもよくある話じゃん? 店員と客の恋物語なんて」

「ソア」

「怖い顔すんなって、一般論だってば」

 ムッとするアーキーをなだめ、ソアは「なるほど、お前人を好きになるとこうなるのか……」とつぶやき、アーキーに向かって胡散臭い笑みを浮かべて言う。

「俺はただ、ようやく春を迎えた友人の背を押したいだけだ」

「何が背を押したいだ……ったく」

「あっ、二人ともいらしたんですね~」

 と、厨房にやって来たタキが朗らかに声をかける。二人はハッとして振り返った。少し慌てた様子の二人に、タキは首をかしげる。

「お取込み中でしたか?」

「いや、大丈夫だ。何かあったのか?」

 ソアがいつもの微笑みを浮かべて聞くと、タキは「そうですか?」と特に気に留める様子もなく続けた。

「今度の休日、夜なんですけど、お二人とも何かご予定とかありますか?」

「いや、俺はないな。アーキーは?」

「俺も何もないが……」

 その答えを聞いて、タキは両手を合わせ嬉しそうに「よかったぁ」と笑った。

「ほら、最近はお店も忙しいでしょう? それに、クロケットも完成しましたし、慰労とお祝いを兼ねてみんなでご飯でもどうかしら、って、話してたんです。あとはお二人のスケジュールを聞くだけだったから」

「おお、そうだったのか。それはいいな」

「今から楽しみですねぇ。あっ、サキさん。みんな大丈夫ですって」

「そう? よかった」

 どうやら客席から戻って来たらしい咲の声が聞こえてくる。ソアがアーキーを肘でつつき、アーキーは「余計なことはするな」と表情ににじませながらソアを見る。

 咲はひょっこりと顔を出すと、朗らかに笑った。

「楽しい時間になりそうですね」

「ああ、そうだな」

 柔らかく笑うアーキーに、タキも何かを察したのか、ソアと顔を見合わせる。ソアは黙って頷き、タキも何度も頷きながら二人を交互に見比べた。

 そんなことにはまったく気づかず、咲は得意げに言った。

「私、自分で言うのもなんですけど、お酒強いんです。おいしいお酒が飲めるお店だって聞いているので、楽しみなんですよ」

「そうか、それは楽しみだな」

 咲は上機嫌そうに笑い、頷いた。


 咲の頬は真っ赤に熟れたりんごの様に染まり、その表情はすがすがしいほど緩み、まとう空気は陽気である。

 片手に氷の溶けたグラスを持ち、その周りのテーブルには空のグラスがいくつも並んでいる。

「……これは」

 向かいの席に座るアーキーは驚きを通り越して呆然としている。周囲の面々も心配そうにしていたり、申し訳なさそうな顔をしていたりと様々だ。

 そんな表情を向けられる咲自身は非常に上機嫌である。

 咲は溶けた氷をゆらゆらと揺らし、首をかしげながら眠そうな酔った瞳で見つめた後、それをグイッと飲み干した。

 事の始まりは、数時間前に遡る。


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