第16話 帳簿
倉庫にあったのは、きっちりと束ねられたノートの山だった。年数ごとに月順にまとめられていて、古いものほど几帳面に揃えられていた。
「これを見れば、当時仕入れていたものが分かるかなって」
リツが紐をほどきながら言う。
「ああ、確かにそれはいい手かも」
どれもこれも古かったが、埃をかぶっていない。
「きれいに保管してあるんだね」
咲が近くにいたルシアに聞くと、ルシアは笑って答えた。
「ええ、こまめに掃除をしていたから」
「すごいね」
「ランチタイムさえ終われば、他にやることはないもの」
ああ……と、咲は何かを察したような表情を浮かべる。要は、客が少なくて暇だったのだ。
「うーん、たくさん仕入れていたのねえ。クロケットに関係あるものといったら、どれになるのかなあ」
シイナが帳簿をめくりながらつぶやく。咲も試しに、近くにあった帳簿を手に取ってみる。うっすらと日焼けをしたような跡があり、表紙には手帳と同じ文字で「仕入れ台帳」と書かれていた。
はら、とページをめくる。少しごわつくような手触りなのは、水にぬれたことがあるからだろうか、と咲は思いをはせる。
「わ、細かい……」
品名と金額だけではない。どこの誰から仕入れたのか、産地はどこか……同じ品目でも内容が異なれば逐一書いている。
「野菜に肉類、乳製品……調味料まで」
「こっちに新しいものがあるぞ」
と、アーキーがやってくる。アーキーの手にあるノートにはまた筆跡の違う文字が並んでいた。
「パッと見る限り、変わっているところはないですね」
「そうだな。量はだんだん減ってはいるが……」
「……ん? これ、今は仕入れていないものですね」
咲が指さしたところには『とうもろこし』の文字があった。
アーキーの持っているノートと自分の手元のノートを咲は順にめくっていく。アーキーは一ページずつ見比べながら頷いた。
「ああ、本当だな」
「もしかしてあのクロケット、甘くなかったですか?」
「そうそう、甘かった。思い出した!」
と、リツは手を打った。
「よそのクロケットと違うのはそこだったんだ。お菓子とは違う甘さっていうのかな」
「クロケットはクリームコロッケに似てるから、とうもろこしを使うのは納得だね」
咲が言うと、他の面々は意外そうな視線を向けた。アーキーが聞く。
「どのようにして入れるんだ?」
「ペースト状にしてホワイトソースと混ぜるんです。粒を残すのもいいですね」
「なるほど……さっそく試してみたいところだな」
「今だったら、市場も開いているんじゃないですか? 買ってきますよ」
リツの提案に、料理人たちは頷いた。リツは楽しげに笑って頷いた。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、頼んだ」
料理人たちは厨房に戻り、再び手帳と向かい合う。
「これにはとうもろこしって、書いてなかったのか?」
ソアの問いに咲は頷く。
「コーンクリームコロッケは、私の故郷では一般的でしたから。特筆すべきことでもなかったんでしょう。当たり前のこと過ぎて、書かなかったのかも」
「なるほど、確かにあり得るな」
「そういうの多そうだなあ」
アーキーは腕を組み、呆れつつも懐かしそうに笑った。
「料理長、自分の頭の中で完結してること多かったから」
「そうなんだよなあ」
「はは……」
自分にも思い当たる節があるので、強く言えない咲であった。
間もなくしてリツが戻ってきたので、咲はさっそく調理に取り掛かる。とうもろこしはほぐして、ブレンダーにかける。火にかけたホワイトソースにそのペーストを入れて混ぜ、火からおろしたら粗熱がとれるまで冷ましておく。
「あ、しまった。肉がない」
どうやら先ほど使い切ってしまっていたらしい。仕方がないので今回はクリームだけのクロケットにすることにした。
タネを冷やしたら成形し、パン粉をつけて揚げる。
「できました」
揚げたてジュワジュワのクロケットは、たとえ味が再現されていなかったとしても間違いないおいしさであろうことが分かる。
アーキーとソアは一口サイズに割って口に含んだ。
すると二人はすっかり黙り込んでしまい、また一口、もう一口とクロケットを口に運ぶ。咲は不安そうに二人を見る。
「あの……どうですか?」
ようやく口を開いたのはアーキーだった。
「間違いない、この味だった。なるほど、とうもろこしか……」
次いでソアも言う。
「肉がないのが正解だったみたいだね。先代が作ったクロケット、そういえば肉の味がしなかった。香辛料が効いてるもんだと思ったけど……そもそも入ってなかったのか」
でも、とソアは首をひねる。
「中身はこれでいいとして、もう一つ、何か物足りないんだよね」
「ああ、肉が入っていない分、コクというかうま味というか……」
コク、うま味。咲も一口食べて考える。
ホワイトソースのまろやかな味わいにとうもろこしの素朴な甘さが追加され、上品ながらもカジュアルな味わいだ。マスタードソースも合う。
厨房に視線を巡らせる。コクを出すものといえば……この場では、これが妥当だろうか、と咲は粉末に加工されたチーズを手に取った。
それをパン粉に混ぜ、タネにつけて揚げる。香ばしいかおりが充満し、これだけでも食欲をそそるようだ。
「これならどうでしょう」
「パン粉にチーズを混ぜるのか?」
アーキーが驚いたように聞くと、咲は頷いた。
「はい、元の世界では一般的な手法でしたが……」
「こっちじゃまず思いつかないな」
「なるほど……チーズが入ることで、コクが加わるというわけだな?」
「おそらく、先代はそう考えられたのではないでしょうか」
まろやかで甘いクロケットに、チーズの風味が足されて少し高級感が増す。そのままでも当然おいしいのだが、チーズのコクがプラスされることでうま味が格段に違った。マスタードとの相性もよりよくなっている。
アーキーとソアは頷き合った。
「これの配合を調整すれば……」
「ああ、あとはバランスを整えるだけだな」
夕暮れを過ぎ、宵闇が街を覆い始める頃。フルンダークは懐かしい香りに満たされていた。
小さな俵形のクロケットに、満月のようなマスタードソース。チーズの香りが漂い、甘いとうもろこしが溶け込んだホワイトソースがとろりと溶けだす。
かくして、記念すべきディナー二品目が完成したのであった。




