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フルン・ダークの料理人  作者: 藤里 侑
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第13話 お出かけ

 翌日、ウィント王国は晴天に恵まれ、朝から街は賑わっていた。

 街を一望できる丘の上にある国立公園の広場にも人は集まっていたが、街中ほどではない。老齢の夫婦が散歩をしていたり、木陰で一人読書を楽しむ者がいたり。各々が好きなように過ごす公園の片隅にあるベンチから咲はそれを眺めていた。

 何と穏やかな光景だろう、と元の世界の激務を思い出しながら考えると同時に、自分が知らないだけで本当はこんな景色もあったのかもしれない、とも思った。

 どちらにせよ、こちらの世界に来なければ知らなかった光景である。

「何か珍しいものでも見かけたか」

 近くのカフェからドリンクを買ってきたアーキーが声をかける。

「ああ、いえ。のどかだなあ、と思いまして」

「この公園はいつもこんな感じだ。昼頃になると、家族連れも増える」

「いいですね。あ、ありがとうございます」

 咲が受け取ったカップには、透き通った琥珀色のドリンクが入っていて、ぱちぱちと炭酸もはじけていた。

 ほのかに香るのは桃の香りと品のある紅茶の香り。咲は一口で、その味を気に入った。

 少しばかり他愛のない話をしたところで、アーキーは本題に入った。

「君に見せたかったのは、これなんだ」

 アーキーが取り出したのは、赤錆色をした革製の手帳だった。ところどころが擦り切れていて、濃い染みもある。

「先代の料理長が遺した手帳だ。おそらく、レシピがのっているはずだ」

「おそらく?」

 曖昧な言い方に、咲は首をかしげる。中身を読んでいないのだろうか、いや、しかしあれだけディナーを再現したがっていた人である。手掛かりになりそうなものに目を通さない訳もあるまい。

 アーキーは手帳を咲に渡すと、「読んでみてくれ」と言った。

 手帳は皮の留め具で閉じられていて、すっかり形がついてしまっていた。中身は思いのほかきれいだったが、経年劣化であろう色褪せが見てとれた。

 そこに並んだ文字は、咲にとって見慣れたものであった。一文字一文字丁寧に、愛おしいものを紡ぐように書かれたその文字は、まごうことなく元の世界の言葉であった。

 確かにここには、調理の手順や使う材料が書かれていた。

 咲はページを繰るたびに夢中になり、周りの音も聞こえなくなっていた。これを見ればディナーは再現できるのではなかろうか、ああ、早く試してみたい。

「……キ、サキ。どうした?」

「あ、すみません。つい」

 アーキーの呼びかけに、咲は照れ臭そうに笑って顔を上げ、そして再び手帳に視線を戻す。アーキーは小さく息をつくと口を開いた。

「黙るのも無理はない。全く読めないだろう」

「先代の料理長は几帳面な方だったんですね」

 まったく同じタイミングで咲も言葉を発したものだから、二人の間には一瞬の沈黙が流れた。小鳥のさえずりと、遠くで談笑する人々の声が聞こえる。

「――もしかして、読めるのか?」

 先に我に返ったのはアーキーだった。咲はそこでふと思い至る。

 咲はこちらの世界の文字も難なく読み取れたが、逆はそうもいかないないのだ。

「ええ、故郷の文字ですから」

「故郷の……というと、別世界の言語ということか」

「そうなりますね」

 するとアーキーは天を仰ぎ、気の抜けたような声をあげた。

「そりゃ分からないわけだ。あちこちの言葉を探したものだが、どうしても一致するものが無くてなあ。そうか、そうだったのか……」

「もしかして、作り方も分からない中で試作していたんですか?」

「ある程度は教わっていたからな」

 アーキーは苦笑し、手帳をのぞき込む。

「なんて書いてあるんだ」

「えっとですね……」

 咲はまず、前菜の部分を読み上げた。一度試作したもので、比較しやすいだろうと思ったからだ。

「ふむ……」

 アーキーは顎に手を当て考えこむ。

「作り方も、使った材料も俺が作ったときと大きく違わないが……」

「私も同じ作り方をしましたけど」

「それにしても、そうか。料理長、こんなに細かく書いていたんだな」

 懐かしむようなアーキーの横顔をじっと見ていた咲は、ふと問いかける。

「直接、詳しく聞くことはなかったんですか」

「そうだなあ……一度聞こうとしたことはあったんだが、頃合いが悪くてな」

 アーキー曰く、この国では一定の年齢になると、有事の際には、騎士団に加勢する必要があるのだという。アーキーも例外ではなく、これまでに二度は入団したことがあるということだ。

「二度目の入団を終えて店に戻ったら、料理長は引退していてね。体も壊していて、話すに話せなかったんだ。晩年にメモと手帳だけを託されて、それで……」

「そうだったんですね」

「まあ、読めたところで、再現には至らなかったんだというのが分かったよ」

「うーん、それなんですよ」

 咲はドリンクを飲み干しながら、首をかしげる。

「ほぼ同じ材料と作り方で、違うものができたんでしょう」

「それは確かに、不思議だな」

 アーキーはそう言いつつも、どこかあっけらかんとしていた。咲もその雰囲気につられて、冗談交じりに言う。

「転移者パワーってやつですか」

「ふっはは、真顔で言うな」

「こう、手から何か出てるのかも」

 不思議な手の動きをしてみせる咲に、アーキーは大笑いする。

「はー……笑った笑った」

 アーキーは笑い過ぎて目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら、深呼吸をした。咲も楽しそうに目を細める。

「まあ、その不思議は、ディナーを完成させたら分かるかもしれないな」

「そうですね」

 まずは、ディナーの完全再現が先決である。

 咲は手帳の文字を指でなぞる。どこか懐かしく感じるのは、やはり故郷の文字だからか、それとも別の何かがあるからなのか。

 これから大変なことも楽しいことも息つく間もなく押し寄せてくるであろう予感に、その淡い思いは心になじんで消えていく。

「それで、アーキーさん。提案があるんですけど」

「なんだ?」

 アーキーは楽しげに咲の方を見る。その視線は、咲が次に何を言うのか分かっているようにも見えた。

「これからいろいろ試作してみたいものがあるんです。だから……お店の厨房に行きませんか?」

「ああ、いいな。俺も提案しようと思っていた」

 咲は少し目を見開くと、嬉しそうに笑った。アーキーは一つまみほどの愛おしさをにじませながらほほ笑む。

「じゃあ、さっそく行きましょう!」

「そうだな」

 二人は立ち上がり、公園の出口へと向かう。

 そんな二人を急かすように、まるで背を押すように風が吹いた。


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