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巨大隕石衝突、その真実

作者: 源良

 七月某日、NASAから各国の宇宙開発機関に信じられない報告が渡った。地球から約四十万キロ離れた地点でいきなり隕石が見つかったというのだ。

 その大きさは約七百メートル。これだけなら単に青天の霹靂という話だったのだが、その隕石が地球に向かって降下しており、三日後には地球に衝突するだろうという驚愕の試算が出たことで、絶望的な状況に陥ったのだった。

 ひとまず世界中の混乱を避けるため、NASAは宇宙関連機関のみに連絡を入れ、対策会議をするため専門家達に招集をかけた。

 数日後、NASA内にある大会議場に集結する専門家や技術者達。そしてそこに私もいた。JAXAのロケット開発技術主任だった私も対策会議に招集された一人だった。

(まさかこんなとんでもないことが起こってしまうなんて…)

 誰しもが思っていたことだろうが、私はひとさらこの思いが強かった。実はこの隕石が発見される数日前から知り合いの大学教授や各シンクタンクから個別に奇妙な現象を聞いていたからだ。

 それはグランドキャニオンの岩石地帯に突如として大きな穴が出現したり、キメラのような奇怪な生物が発見されたりといったものだった。そして今回の巨大隕石落下という大事件を受けて、私は何かただならぬものを感じずにはいられなかった。

 対策会議は休むことなく行われた。活発な意見により様々な対策案が出たが、時間、金、人員、そして手間の観点から考慮されるとどれも実現困難なものばかりだった。

 一番可能性があったのは核をロケットに積み込み爆破させる案だったが、威力や今後の地球に与える影響を考えるとかなり不安要素とリスクが高く、いまいち決定できずにいた。

 そうしてやがて会議が暗礁に乗り上げた時だっただろうか。同席していた私の上司である竹野部長があるひと言を発した。

「このままでは埒があきません。こうなったらあの男を呼んではどうでしょう」

 あの男、と聞いてこの場にいる誰もが同じ人物を連想した。それはかつてアインシュタイン以上の天才と称されながらも、五年前物理学の世界から姿を消した木戸という科学者だった。

 詳しいことは知らないが何でも昔この男はかなり非人道的な実験をし、その信念を頑なに曲げなかったため追放されたらしい。学者でない私もその名前だけは前々から知っていた。

「呼んでいいものでしょうか」

「いいわけがない。あんな狂った奴の意見を聞くなどあり得ない」

「しかしこのままではこれという打開策もないまま時間が過ぎるだけです」

 賛否両論様々な意見が飛び交ったが、この絶望的な状況を何としても打破しなければならないという雰囲気に押され、結局はこの男を呼ぶこととなった。

「お久しぶりです。皆さん」

 招集された木戸は壇上に上がり挨拶をした。私は姿を見るのは初めてだったが、表情や態度から察するに木戸と顔見知りの人がかなりいたようだった。

「時間がありませんので積もる話はさておいて、早速私の対策を提案します」

 そう言うと木戸はビー玉のような小さな球をポケットから取り出し皆の前にかざした。そしてそれをもう片方の手に持っていたゴムのパチンコにセットし、勢いよくゴムを伸ばして天井に向け発射した。すると次の瞬間、とてつもない轟音とともにまばゆい光が全員を包み込んだ。

 あまりの眩しさから閉じてしまった目を開けた瞬間、驚愕の光景が飛び込んできた。大会議場の屋根が跡形もなくなり、青空教室と化していたのだ。

「これは私が開発した対消滅弾です。これを相当量積み込んだものをロケットの先端に付けて発射します。命中した隕石は質量の全てがエネルギーに変わり光とともに消滅します。相応の衝撃波は地球に到達するでしょうが、隕石の破片が散らばるよりは遥かに被害は少なくて済むでしょう。如何でしょうか」

 一同背筋が凍りついた。木戸が開発した技術にも驚嘆したが、それ以上にこの技術をこの男が持っているという事実に戦慄を感じずにはいられなかった。

 もしこの男がこれを軍事転用したらどうなるのか。身の毛もよだつ思いだったが、しかし現状そんなことを言っている場合ではなかった。この案は即時採用され、すぐさま準備に取り掛かることとなった。そして私はロケット準備の主担当を担うこととなった。

「宜しくお願いします。日下部さん」

 木戸は満面の笑みで私に挨拶をした。何か不気味だった。こんな生きるか死ぬかの瀬戸際にこんな屈託のない笑顔を見せられるとどうも普通ではない違和感を覚えてしまう。

 そもそも学会の人間達には恨みつらみもあるだろうに過去の謝罪や撤回の一つも要求しないあたり、不穏なものを感じずにはいられなかった。

 木戸の手際の良さもあり準備は問題無く予定通り進んだ。そして隕石衝突六時間前、対消滅ロケットは完成した。とにかく時間がなかったので最終チェックを必要最低限行い、あとは運を天に任せてロケットを発射した。

 ロケットは見事に隕石に衝突、高度十万メートルで大爆発を起こし、地球には眩い光と衝撃波が降り注いだ。作戦は予想以上に上手くいき、人類滅亡の危機は思いのほかあっけなく過ぎ去ったのだった。

 後日この事件は全世界に知れ渡り、連日ニュースで報じられた。隕石がいきなり現れたのは結局ただの観測ミスということに落ち着いた。

 木戸はこれを機にまた物理学の世界に返り咲くかと思ったが、何を主張するでもなく人知れず自分のホームへと戻っていった。


 人類史上最大級の危機から数週間。ようやく落ち着きを取り戻し始めた頃、私のところに一本の電話がかかってきた。

 相手は知り合いの大学教授からで、何でも隕石の破片を発見したから来てほしいということだった。私はすぐさまその教授に会いに行ったのだが、そこで耳を疑う事実を聞かされることとなった。

「これを見てくれ」

 電子顕微鏡の拡大画像を見せてくる教授。

「隕石の破片の表面か。これが?」

「ここなんだが、驚くことに微生物らしきDNAが検出された」

「すごい! 大発見じゃないか」

「いや、それがどうも変なんだ。何故かこの微生物は地球上に存在しているものと一致するようなんだ」

「は? どういうことだ?」

「可能性としては地表に落下後、暫くしてから微生物が付着したことが考えられる。しかしこの微生物は焼け焦げている。これでは辻褄が合わない」

「隕石が冷め切る前に付着したということは?」

「この微生物は熱に敏感だ。だからその可能性は低いと思う」

 結局結論が出ないまま時間だけが過ぎた。とにかくもう少し調べてみるからという教授の言葉を聞き、私はJAXAに戻った。

 何か腑に落ちない。今見ている現実とは別に、何か思いもよらない真相があるような……

 隕石に付着していた微生物、でもDNAは地球由来のもの。落下時大気中で付着? そんなバカな。

 頭が混乱しそうになり首を振った時だ。机上にある調査資料として取り寄せた木戸の論文が目に入った。そのタイトルを見た瞬間。まさかという推測が脳裏をよぎった。

 それはとても荒唐無稽なものだったが、これまでの一連の不可思議現象と木戸という人間を考えるとその可能性を拭い去れなかった。そして私はその真偽を確かめるべく、木戸のもとへ向かった。

 郊外に広がる自然豊かな森林地帯の中に木戸の研究施設はあった。私はエントランスに行き呼び出しのベルを鳴らした。すると通路の奥から木戸がおもむろに現れ、快く迎え入れてくれた。そして私をある実験棟へと案内した。そこで木戸が私に尋ねてきた。

「どうしました、日下部さん」

「単刀直入に聞く。あの隕石を落としたのはお前か」

「……何ですかそれ」

「言ってる俺も信じられないが、お前の論文を見てまさかと思ったんだ」

 私は手に持っていた論文を木戸に掲げた。その論文は物質のテレポートに関するものだった。

「お前はテレポート技術を完成させた。あの隕石は地球上の岩石を宇宙空間に転移させたもので、それはグランドキャニオンに空いた大穴の部分のものだったんだろう。いや、ひょっとしたらキメラが見つかったとかいうのも生物を空間転移させる実験の一つだったんじゃないのか」

 木戸は沈黙して聞いていた。しかし私が話し終わると同時に手を叩き拍手を始めた。

「素晴らしい。ご名答です日下部さん」

 木戸はあっさり認めた。

「さすが竹野さんが一目置くだけのことはある。見事な洞察力です」

「……まさか竹野部長もこのことを?」

「まあ協力者ですから」

「全て計画通りだったというわけか。だが何故わざわざ隕石として地球に落とす必要がある? 復讐か何かのつもりか」

「何故って、それはちゃんと宇宙空間に転移したか確認するためです。地球に落とさなければ転移したことが確認できないですし。どれだけ大きなものがどれだけ遠くに、そして精度良くテレポートできるか実験する必要があった。それだけです」

「そんな理由で……一歩間違えれば人類は絶滅していたかもしれないんだぞ」

「私がいれば問題ありません。実際無事に事が終わったじゃないですか」

 ……狂ってる。検証のために地球を危機にさらすなど正気の沙汰ではない。こいつは誰かが止めなくては、そう思った。だが私の思惑も木戸は全てお見通しだった。

 突如ブゥン、という何かが稼働する音が聞こえたと思いきや、直後私の周囲十メートル四方ほどの床が青白く光り、それに呼応するように私の身体も徐々に発光し始めた。

「な、何だこれは!」

 驚く私に木戸は言った。

「真実に辿り着いたあなたへ私からのプレゼントです。どうぞテレポートを身をもって体験してみて下さい」

「何! ふざけるな! 何故こんなことを!」

「私はね、地球になど、ましてや人間になど興味は無いんです。私はこの宇宙の真理を知りたい。そのためには宇宙を旅する必要がある。だが例え光速の船を造ろうともその願いは叶えられない。だからテレポート技術を完成させたんです」

 木戸が話している間にもどんどん私の身体は崩れ粒子になっていった。

「あなたは優秀だ。しかし残念ながら私とは思想が違うらしい。だから危険だと判断しました。いずれ障害となるであろうあなたにはここで消えてもらいます。まあどこに行くかは神のみぞ知るということで」

 私は元の形を失い、やがて意識も朧げになった。その中で微かに聞こえた木戸の「それではごきげんよう」という言葉が私が聞いた生涯最後の言葉となった。

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