第1話 始まりの夜
期間がめちゃくちゃ空きましたが、続編投稿です。
夢を見る。昔の記憶を。
『ほーら、レイヴ。こっちおいで〜』
『おお、レイヴは元気だな!ほら、父さんが抱っこしてあげるぞ〜!』
『うわぁ!たかぁい!』
物腰柔らかく、安心する声をかけてくれた母。
その力強い腕で、いつも抱き上げてくれた父。
そして、そんな2人の愛情を一身に受け、はしゃぎ回る少年。
温かい、日常の光景がそこにあった。
でも、そんな日常も長くは続かなかった。
『母さん…!父さん…!』
『今から貴方を護ってくれる魔法をかけるわ、それまでじっとしていてね?』
黒く、禍々しい服を着た母が模様が複雑な魔法陣を何重にも起動し、術式を構築していく。
『…あなたは、私たちの愛を受けて、とっても優しい子に育ってくれた。そんなあなたに、残酷な運命を押し付ける私たちを許して…』
涙を堪えきれず嗚咽する母の肩を抱き、立派な鎧を着た父が語りかけてくる。
『…お前は俺たちの自慢の子だ。動物や自然すらも労り、魔物とだって友達になってみせた。その優しさこそが、強さの秘訣だ。それを忘れるなよ、いいな?』
普段よりも真剣そうな表情で語りかける父だが、その目にも潤みがあった。
『お前が、最後の希望だ。
…俺や母さんが出来なかったことも、お前ならやれる。』
『…無理だよ…父さんにも、母さんにも出来なかったこと、僕には…』
『自分を信じろ、なんて無理は言わない。でもな、父さんも母さんも、お前を信じてる。だから、お前を信じる俺たちを信じろ。』
『…う、うん。』
『…いい子だ。』
その広い手で、いつもみたいに優しく頭を撫でてくれる父。そんな僕らを遮るように僕の身体を氷が包み始める。
『…!父さん!母さん!』
『…レイヴ!成し遂げて!いつか現れる7人の魔王を従えて、厄災に立ち向かって!』
『レイヴ!俺の師匠が使ってた剣はお前と一緒にある!それを使うんだ!それを使って戦え!』
涙ながらに叫び、背を向ける父と母に、僕は…
『待ってよ!父さん!母さ────』
「…行かないでよ……2人とも…」
「…泣いている。悲しい夢を見ているのでしょうか…」
少女───『憂鬱の乙女』アスタは少年の頬を伝う雫を指で掬い、呟いた。
アスタとレイヴがいるのは魔王領南東に位置し、『嫉妬の魔王』が支配する国、アルストケルティ…その辺境の町スケイテッドにある宿の一室だ。
意識を落としたレイヴを森に放置する訳にもいかず、アスタは仕方なく1番近場の町を訪れたのだった。
(あの森、レイヴがいた遺跡を守るかのように強い魔獣がうろついていましたからね…野宿は避けたかったとはいえ、さすがに路銀が心許ないでしょうか…?)
僅かに寂しくなった懐に手を当てつつ、アスタは窓の外を見やる。
(アルストケルティは雨が止まない国と聞いていましたが、中央と違って辺境は降っていませんね。まあ、来る時は小雨でしたけど。)
今にも降りそうな暗雲ではあるが、雨が降っていない外を見やり、この国の状態を思い出していく。
『嫉妬の魔王」と呼ばれる少女が統治する国、『アルストケルティ』。
愛憎入り交じる悲劇、喜劇が渦巻き、雨が降り止まないという。
かつては普通の国で、レヴィアタンも民と共に歩み、優しく朗らかな少女であったらしい。
しかし、3年前にとある出来事をきっかけとして豹変。冷徹な女王となってしまい、この変化に呼応するようにこの国では雨が止まなくなったという。
「レヴィアタン…このまま進むのであれば、最初にレイヴとぶつかるのは彼女になりそうですが…」
「…すー……」
「この呑気に寝ている方が勝つビジョンがまるで見えませんね…」
ベッドで横になるレイヴをチラ見し、アスタはため息を付き、視線を外に戻した。
「ん……こ、こは…?」
「…おや、ようやく起きましたか。」
ベッドから上体を起こし、困惑するレイヴにアスタは声をかける。
「ここはさっきまでいた森の近場の町、その中の宿です。詳しい話はあとでしますから、その前に…」
ぐうぅぅぅ、とお腹が鳴る音。その出処はどうやらベッドの上の少年のようだった。
「…お腹空きましたよね。まずは腹ごしらえと行きましょうか。」
「…ん。」
「…ふぅ、辺境とはいえ、味は中々悪くありませんでしたね。ここら辺は土壌がやせ細っていると聞いていましたが、どうやらあの森で採れる果実や魔物肉は質が良いようです。…まあ、調理法は改善の余地がありそうですけど。」
「…美味しかった。」
「…ふふ、それは何よりです。」
満足気にお腹をさするレイヴ。表情が乏しい彼も、心なしか顔が綻んでいるように思えた。
さて、と一言おき、アスタはレイヴに向き合った。
「あの時は、いきなり貴方が倒れてしまったのでままなりませんでしたが、自己紹介を。私の名前はアスタ。アスタ・ロト・フェニキスです。気軽にアスタ、と呼んでください。私もレイヴと呼びますが、かまいませんか?」
「…分かった、アスタ。…うん、いいよ。」
「ありがとうございます、レイヴ。…ふふ、面と向かって名前を呼び合うと少しこそばゆいですね…」
頬をほんのり赤らめるアスタをレイヴはきょとんとした顔で見つめる。
「…そうかな?」
「…自己紹介が済みましたし、場所についての話をしましょうか。」
「…お願い。」
それでは、と前置きをし、アスタはこの町ひいては国についての話をレイヴに話した。
「嫉妬の魔王、レヴィアタン…父さんと母さんが話してた、7人の魔王の内の1人…」
「…ええ、そうなりますね。彼女は長物…特に槍を好んで扱うと聞きます。彼女の槍術は正に流れる水の如き、洗練された技。過去には100人もの人間を、一突きで殺したとか。しかも、全員心臓を刺し貫かれていた、らしいです。本当かは疑問が残りますが…」
「…100人も…!すごい…!」
「…あの、貴方の敵になる方なんですよ?感心してる場合ですか?」
「あ、ごめん…」
しょんぼりと落ち込むレイヴ。アスタはまたもため息をつき、言葉をかける。
「…再三お聞きしますが、本当に彼らに挑むんですね?レヴィアタン様もですが、他の魔王様もこれと同等、或いはそれ以上の武勇がありますよ?…特に…ルシファー様とサタン様はやばいです。」
「…聞かせて欲しい。」
アスタは躊躇いがちに口を開いた。
「…サタン様は普段は聡明で知的、部下や民を気にかける良きお方ですが…怒らせてはなりません。」
「…怒らせると、どうなるの?」
「…この5年、サタン様が怒ったのは数える程です。しかし、その全てにおいて───
────街が滅んでいます。」
「…は?」
思わず声に出た間の抜けた声に、アスタは更に顔を青ざめさせながら続ける。
「一度怒れば手が付けられないほどに暴れ狂う…それがサタン様です…しかし、それ以上にルシファー様は恐ろしい。…森の中で話した時、言いましたよね?胃を唱えた幹部が惨殺された、と。それを行ったのは他でもない、ルシファー様です。……彼が掲げるは絶対の正義。それに異を唱えるは罪であり、万死に値する…この5年間、彼に歯向かい、滅んだ国は合計5ヶ国。その全てが宣言直後に彼の政策に不満を垂れた人類種の国でした。王は民の前で切り刻まれ、一部の者を残して貴族や権力者を惨殺し、民を恐怖で縛り付けました。後に国としての形を失い、民や領土は……っ。」
「…!ルシファー…そこまで…」
「…そんな惨状を知らされた他の人類種や亜人種の国々は沈黙。他の魔王様はルシファー様相手でも戦争をしていらっしゃいますが、望み薄でしょうね。」
伏し目だった目線をもう一度レイヴに向け、アスタは問う。今の話を聞いてもなお挑むのか、と。
それに対し、レイヴは───
「──それでも、やらなくちゃ。だって、二人に託されたから。」
「怖くないのですか。」
「…怖くない訳じゃない…それでも、誰かがやらなくちゃいけないんだ…厄災を止めなくちゃ、もっと大勢の人が、亡くなる…」
(厄災…確か、あの時も言っていましたが…一体…)
疑問を抱えるアスタを余所に、レイヴは真剣な眼差しでアスタを見つめ返す。
「…だから、僕は戦うよ。たとえ、どれだけ強くても。」
「───っ。」
まだ、真の恐怖を知らないからかもしれない。目の当たりにした瞬間、折れてしまうかもしれない。それでも、今確かに、彼の中には芯があった。誰かの為に戦う、確固たる意思が。
「…はあぁぁぁぁぁぁ。本当に、貴方は馬鹿ですね…」
「…えと、なんか、ごめんなさい。」
「ほらまた謝っていますよ。そんなに謝らなくていいです。というか、貴方は目標に向かってるだけなんですから、後ろめたいことなんてないでしょう?もっと胸を張ってみたらどうです?」
「…う、うーん…?」
「はあ、全く。本当にしょうがないお方。しょうがないですから、面倒くさいですけど、手伝ってあげます。」
そっぽを向くアスタ。その頬には、僅かながら朱が指していた。
「…ほ、ほんと…?手伝ってくれるってことは、な、仲間になってくれる、の…?」
「…そうですよ。念押ししたい気持ちは分からなくもないですが、恥ずかしいのでやめて下さい。」
「…やった……!」
ガッツポーズをとり、静かにはしゃぐレイヴを尻目にアスタはまたもため息をつきつつも、優しい声音で呟く。
「…精々、後悔させないで下さいね。私、貴方を信じたんですから。」
「…え、何か言った?」
「何も言っていません。さて、それでは早速これからの予定決めといきましょう。まずいきなり凸は無しです。確実に死にます。まずは地力を付け、それから仲間を…」
面倒くさがりながらも、次々と提案を立てる少女に、少年は興奮冷めやらぬ様子では聞き入り、夜は更けていった。
アスタ・ロト・フェニキス が 仲間になった!
アスタと名乗る少女が仲間になり、いよいよ始まる物語。しかし、何をするにも路銀が足りぬ。次回、出稼ぎ編!気が向いたら投稿します。