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中 第六十七幕 教会圏(きょうかいけん)

 私達はあの後レイチェルと一旦別れて数日の潜伏生活を経て、約束の日を迎えた。


 ファラクは心なしか痩せた気もするが、その表情には力が戻って来つつある。


 レイナードはファラクの側に寄り添っているが、相変わらずその表情から真意を読み解くことは私には出来ない。


 しかし、ここのところ2人はどこか親密になっている気がしていて、それに関して何故か私はモヤモヤとした感情を抱えていた。


 ファラクは自身の立場もあってかレイナードが側にいることをあまり快く思っていない節があったが、今はむしろ安心感を覚えているようにすら見受けられる。


 そんなことを考えつつ約束の場所で待っていると、レイチェルの言った通り隊商〈キャラバン〉が通りかかる。


 隊商の人々は皆一様に砂漠に入る為の厚手のマントを羽織りフードを被っている。


 その中の1人が流れから外れてこちらに駆け寄ってくる。


 私達の眼前で立ち止りフードを捲り上げると、見慣れたレイチェルの顔が露わになる。


 どこかあどけなさが残るものの綺麗な顔立ち……


「さ、行こうぜ」


 そしてレイチェルは笑顔を咲かせて旅の始まりに私達をいざなった。



 


 自身の足音と共にゆっくりと進む風景からは次第に起伏がなくなり、草や木々もその植生を変え小さく寂しくなっていき、吹く風に砂が混ざり始める


 それらは私に乾いた印象を与えた……それもそのはずで私達は砂漠に向かって歩を進めている。


 長年の風雨に耐えてきたであろう厚手だが、かなり痛んだマントを羽織り、目深にフードを被って私達は教会圏に足を踏み入れようとしていた。


 教会圏は聖都を中心とした南北に伸びる広大な面積を誇る地域で、帝国が王国と呼ばれていた時代からテュルクとの摩擦に対する緩衝地帯としての役割を帝国長年担ってきた。

 正しい呼称は"帝(王)国領教会自治圏"で、その多くを砂漠が占めている。

 テュルクもまた砂漠が多い国家であるため私からすると寧ろテュルクの玄関口というイメージが強い。


 古くから東西を行き交う物流の中継地として発展してきたものの、それだけに交易の齎す莫大な利権を巡る争いも絶えなかった地域だ。


 教会圏が作られてからテュルクとの戦争は無くなったものの、西方で戦争が終わることはなかった。

 当時の王国が小国の集合体であった西方の統一を掲げて侵攻を始め、寧ろ西方の戦禍は広がり戦乱と混迷の支配する時代を迎えた。


 それは今も続き、夥しい死体の山と戦争で傷ついた者はもちろん奴隷や戦災孤児など癒えることのない傷を負う者達を作り続けている。


 そんな時代でも多くの隊商がこの地方を行き来しており、東の国々から様々な交易品をこちらへ齎されているし、逆に帝国からの輸出の窓口にもなっている。


 昔は様々な思想や文化も伝播していたと聞くし、多くのテュルク発祥の言葉や道具、食べ物を私達は用いて生活し、もうその境がわからないほどに定着している。


 しかし、教会が力を持つと共に検閲が苛烈なまでに厳しくなり、異教徒の流入や布教、東方の新技術の流入や労働力としての人の移動は実質的に不可能となった。


 それでも南方の海域を通じての取引や敗戦国の人々の奴隷化は続いており帝国内で未だ奴隷制は健在だ。


 今現在、南方では幾つかの国家が奴隷階級の反乱により独立を勝ち取り帝国と敵対していると噂に聞いている、ファラクの言っていた南方での戦争とはこれらの国家と帝国の諍いのことを指している。


 異端者となってからこういった世の中の情勢について詳しくなった気がする。

 どんな情報が自身の身の助けになるかわからないから患者との情報交換は積極的にしていた。

 最近はそれすら難しくなっていたが……


「おいシェリー、最近会う度に考え事してるじゃねぇか、まーた難しい顔してよ……ちょっとくらい気楽にしててもいいんじゃねーか? 気が滅入っちまうぜ」


 聞こえてきたレイチェルの声にいつの間にか深く潜っていた思索の海から私の意識は浮上する。

 

 視線を上げると彼女は私のフードを少ししゃがんで覗きこみイタズラっぽい笑みを浮かべていた。


「シェリーねぇ、私達に頼ってOKなんだからさ、気楽に行こ」


 レイチェルの横から出て来たミーナの言葉に私は少し肩から力が抜けた気がした。

 

「……ありがとう、レイチェル、ミーナ……そうね、考えたって仕方ないか……」


 私は苦笑して言葉と共に肩のみならず強張っていた全身から力を抜くよう努める

 最近いつも無意識に緊張している気がする。


「考え込んじまうのもわかるけどよ……まぁ、そんなことより、だ……」


レイチェルは咳払いをしてあらたまった表情で私の肩に手を回して顔を寄せ


「……レイナード氏とは何か進展したのかね、シェリー氏?」


 イタズラっぽい笑みはそのままに口元を手で隠しながらそう私に囁きかけてきた。


 私の思考が少しの間飛んだ。

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