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中 六十六幕 説得

「ようシェリー、まーた小難しいこと考えてんのかよ?」


 いつの間にか思索に耽っていた私は突然後ろからかけられた声に驚き飛び上がる勢いで立ち上がり振り向く。


 そこには見慣れてはいるが少し大人びた印象になった少女……レイチェルがイタズラっぽい笑みを浮かべて立っていた。


「レイチェル!」


 久々の再会に嬉しくて私は声を上げた。


 久々と言っても二カ月程だが、その間にあまりにたくさんのことが起こったため、私の時間感覚が狂ってしまっているようだった。


「また裏切られたって話だな……アタシらの方も職を失た奴やら強制連行されて徴兵されちまった奴もいる……この国は悪くなる一方だ……ホント、ヤになっちまうぜ……」


 レイチェルは毒づいて軽く飛び上がって藁束に腰を下ろす。


「そうね……」


 私は俯いてそう答えた。


 レイチェルは起き上がる様子さえ見せないファラクを一瞥し


「流石のセンセイも堪えてるみてぇだな……まぁ、世の中がどうかしてんだからそうなっても仕方ねーか……」


 レイチェルは半眼でファラクを見下ろし呟く。


「レイチェル、会えて嬉しいけど探してまで僕達を訪ねて来たのはなんでだい?」


 レイナードの問いにレイチェルは少し目を伏せ


「……バートとずっと長いこと話してたんだけどさ……アタシらこの国から出て行くことにしたんだ……」


 レイチェルの言葉に少しの間沈黙が流れる


「………………そうか……もう会えなくなるな……」


 レイナードが寂し気にそう言葉を口にした。


「……なぁ、お前らも一緒に行こうぜ、この国はもう狂っちまってる……ここの外にだってアタシらを必要としてくれる場所がきっとあるはずだ……」


 レイチェルの言葉にファラクは漸く体を起こし


「……どこに行こうというの? 西側や北側はもう全域が帝国領……その先は荒れ狂う氷海……南側に行くにも国境沿いはずっと戦火が絶えない危険地帯……東側には教会圏……どこに逃げ場が……」


 ファラクの言葉にレイチェルは少し顔を顰め


「リスクは承知の上で教会圏経由でテュルクに行こうって話になってる……戦場を通るのはあまりにリスクがデカいし、敵対国からの移民なんて向こうに着いても疑われるだろうからな……少なくとも今は帝国とテュルクは直接交戦してない……理由としてはそれもデカい」


「……レイチェル……成長したんだね……」


 私はレイチェルの言葉に感動を覚えてそう口にした。


「ウッセェよ! バカにしてんのか!!……」


 私の言葉にレイチェルは立ち上がって怒りの声を上げるが、状況を思い出したのかすぐに口を一旦噤み、そしてバツが悪そうにこめかみの辺りを人差し指で掻いて声量を抑え


「……アタシだってレイナードに読み書き教わってから本読んだりしていろいろ勉強してんだよ……まだまだ勉強不足なのは認めるけどさ……」


 顔を少し赤らめてそう言葉を継いだ。


 彼女なりの努力が実を結んだことを私は嬉しく思った。


「……一緒にか……異端者としてマークされてる僕らを連れて教会圏を越えられるかい? あそこは隠れて移動しようにも何もない場所が多いと聞くよ……そんな中で異端審問官に見つかったら逃げようが無い」


 レイナードが難しい顔をして意見を口にする。


「そこはサイラスのオッさんが弱みを握った……じゃなくて協力してくれる商隊を紹介してくれてよ、それに紛れて出国する手筈だ、サイラスのオッさんも妹と一緒に便乗してこの国を出るってよ……お前らも……もうこの国でやってくのは難しいんじゃねぇか……?」


 レイチェルの答えにファラクは少し考えを巡らせているようだった。


「……ずっと……」


 ファラクはポツリと言葉を発する。


 全員がファラクの次の言葉を待っていた。


「……ずっと探してた妹が……この国にいるかも知れないのよ……」


 ファラクはそう言葉を絞り出す。


「妹……?」


 私は思わず声を漏らす、ファラクに妹がいるとは初耳だ。


「……妹は……信じられないかも知れないけど私の家に伝わり研究し続けてきた"不死の秘術"の失敗によって人の命を糧にする化け物に成り果てて野に降った……両親も実のところ異端者狩りじゃなく暴走した妹の手にかかって死んだ……私がこうして各地を巡って医師をしている理由の半分は妹を探して…………止めるため……」


ファラクの告白に私達は言葉を失う。


 私の知る魔術というものはあくまで補助というか、明かりを灯したり、少し物を動かしたり媒介を通して会話や情報を共有したりというもので、それでさえ才能のないものでは不可能だ……相手を直接攻撃したり害するような魔術は膨大な手間と素材マテリアル、大人数での儀式が必要になると聞き及んでいる。


 ファラクの用いる屍操術にしても肉親の遺体であることなどの様々な条件の下でしか成り立たない魔術だ。


 人を反作用とはいえ人外へと転化する魔術とは一体如何程のものなのか……私には想像もつかない。

 

「……魔術のことはアタシには分からねぇ……でもよ、妹を探すのも命あってこそだろ?」


 レイチェルの言葉にファラクは押し黙る。


「……今のこの国にアンタの居場所はねぇよ……アタシらの居場所もな……悪いがアンタが来なくてもシェリーとレイナードは連れてくぜ……元々アタシらの家族だしな……」


 レイチェルは複雑な心境を表情に滲ませながらもファラクとそれを通してレイナードへの説得を試みているようだった……


 私もそれに便乗することにする。


「……ファラク……レイチェルの言うことも尤もよ……この国にいればそう遠くない未来に異端審問官の手が貴女の……そして私達の身にも及ぶ……この国ではこの手で救った人達すら敵に回ってしまう……この国に居続けるのは……残念ながら現実的じゃないように思えるわ……」

 

 私の言葉にファラクは眉間の皺を深くする。


「どうして……どうしてこんなことになったの……始めは一族の家業だったし手段としてやっていたことだった……でも今は私にとってかけがえのない一部になってしまった……」


 ファラクは俯いて両手で顔を覆いその表情を隠す


「……手術で命を救った時の達成感と安堵感、そして感謝の言葉……出産に立ち会って新しい命を取り上げた時のあの暖かい感動……もう私の人生の一部になって切り離せない……なんで人の命を救っているのに蔑まれて裏切られて追われなければいけないの……この技術は…………必要ないの……なら、私はもう……」


 ファラクの指の隙間から嗚咽と共に雫が伝い落ちる。


 私達はこの時初めて彼女の涙を見た。


(麻酔に切開、縫合……この方法でしか治せない病があるのは確かだ……しかし、死すべき運命の人間を生かすことは果たして本当に正しいのだろうか……獣はただ生きて死に抗いはするがここまでして命を繋ぐことはない……アリエラの教えが正しいのか、或いは早すぎた技術なのかも知れない)


 場に沈黙がのし掛かる、誰も言葉を発することが出来ずにいた。


「御師様……」


 静寂をゆっくりと振り払うようにそう口にしたのはレイナードだった。


 レイナードは優しくファラクに寄り添いその顔を覆う手を少し強引に取り、彼女の涙に濡れた瞳と強い光を宿した目を合わせる。


「……貴女とその技術は世の中に必要なものです……決して……そう、決して失われていいものではない……貴女の技術は人々の未来を切り拓き創ることのできる尊い希望だと……僕は……そう信じています……だからこそ僕は貴女と共にあることを望みました……」


 レイナードの言葉にファラクは目を見開くが、少し慌ててレイナードのの手を軽く払って涙を見せないように拭いながらも顔を背ける。


 その顔は少し紅潮していた。


「…………すごいこと言うのね…………でも、わかった……私もこの国を出ることにする……」


 少し長い沈黙の後、ファラクはそう口にした。

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