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中 第六十五幕 免罪符

 ある山中にある小屋の中で積まれた麦藁の束の一つにファラクは腰掛けて深い溜息を吐いた。


 私とレイナードも同じように藁の束の上に腰掛けている。


 屋根と壁の間にできている隙間から差し込む日差しから、もう太陽は高く昇っていることが窺えた。


 おそらくいつもなら診察をしている時刻だが、私達は誰一人としてここから動こうとしなかった。


 俯き加減のファラクの眉間には苦悩の皺が刻まれており、その表情はこれまでファラクが見せたことのない程に深刻なものだった。


「……御師様……少し横になって休んだ方がよろしいのでは……」


 レイナードが遠慮がちにファラクに声をかけるとファラクは小さく溜息を吐き出す


「……そうね……そうさせてもらうわ……」


 ファラクは力無く答えて藁の上で横になった。


 これも普段なら考えられない反応だ……いつもなら"私は大丈夫、それにあなたを弟子に取った覚えは無い"と言って意地でも診察をしようとするが、今回はそんな気にもならないらしい。


 相当に彼女は参っているようだった。


 その理由は少し前に治療して救った患者が私達のことを教会に密告し、異端審問官に私達の隠れ家がバレてしまったため移動せざるを得ない状況に追い込まれたからだった。


 サイラスから情報が入り私達はどうにか難を逃れたが、それが無ければ今頃どうなっていたかわからない。


 今回の患者の裏切りに対してファラクの受けた衝撃は私達が思うよりも大きかったようで、いつもの彼女からは考えられない意気消沈ぶりだ。


 異端審問官は密告者を賞賛し、少ないながらも金銭を渡し、さらに死後に生前の全ての罪を赦されるという紙きれ……免罪符を渡しているようだった。


 貧しい患者を私達は無償で治療している。


 しかし、貧しさは人の心を荒ませ僅かな金銭での裏切りを容易にさせてしまう……ずっと貧しさと共に生きてきた私にはその気持ちがよく分かった……惨めで苦しい思いをしている人達は手段を選べない、日々を生きるためにあらゆる手を尽くす……例えそれが罪だと分かっていても……


 そんな彼らが良心を手放して金銭が得られる方法があるのならそれに手を出してしまうのは当然だ……そして、それが正しいことだと世の中から賞賛される。


 これでは裏切る者が出るのも無理も無い話だった。


 何よりも実の所こんなことはこれが最初ではなく、もう立て続けに3度目だ……流石のファラクも人を信じるのが難しくなってきているようだった。


 この国が抱える様々な問題……いや、この国に巣くう病魔を教会は巧みに利用し富を集めているように思えた。


 その最たるものが異端者狩りだ。


 教会に仇成す者達や異教徒は勿論、教会への寄進が少なかったり、教会に多額の寄進をしている者の邪魔になる者を様々な理由をこじつけて異端者に貶めて排除し、彼らの財産の全てを国と結託して奪い取る。


 そして断罪を免れた者達は異端者にされないために多額の寄付を続けざるを得ない状況を作り出す……


 そして、残った彼らから更に財産を奪うため持たざる弱い者を少額の金銭と紙切れで踊らせてまた持つ者を貶める……


 そうしてアリエラの僧侶は私腹を肥やして権威を高め、帝国はその金銭を注ぎ込んで侵略戦争と上流貴族の栄華の下支えをする……


 私から見ると現在の"帝国"と"アリエラの教え"は最早"国家"や"宗教"とは呼べない暴力装置と化していた。


 このやり方は富が集中するごく一部の者達には恩恵が大きいが、全体を見ればどんどん国力を削いでいるだけだ。


 自らの血肉を搾り取って啜っていることにも気付かず目の前にある餌を狂喜して喰らい尽くし、なお飽き足らず富を求め続け肥え太る浅ましく愚かな豚共が増長し支配する世の中……この国はもう長く無いだろうと思えた……いや、長く続くべきでは無い。


「ようシェリー、まーた小難しいこと考えてんのかよ?」


 いつの間にか思索に耽っていた私は突然後ろからかけられた声に驚き飛び上がる勢いで立ち上がり振り向く。


 そこには見慣れてはいるが少し大人びた印象になった少女……レイチェルがイタズラっぽい笑みを浮かべて立っていた。

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