中 第六十二幕 青空
窓に嵌った格子と眼鏡越しに鈍色の瞳に映るのは晴れ渡る異国の空、しかしそれを見る彼女の心中は曇天模様だった。
先の任務で不覚をとってしまい、脚に負傷を負ったため隊と、そして何より主たるガイウスの足を引っ張ってしまっている。
その時、ノックの音が部屋に響き彼女がそちらへと視線を送ると、一人の男が内開きに開いたドアによりかかり、後ろ手にドアを叩いていた。
今は普段着だが、首筋や袖から覗く腕は軍属らしく引き締まっている。
「よう、アウラ……その様子だと、傷の具合は悪くないようだな……」
彼の言葉は少しぶっきらぼうで不器用な言葉遣いだが、心からの気遣いが感じ取れた。
「なんだ、ディエゴか……まあ……ね」
鈍色の瞳を曇らせつつアウラは目を細め答えた。
「……気にするな、今回ばかりは相手が悪かった……"アレ"には俺でも太刀打ちできたか微妙だ……」
ディエゴは眉間に皺を寄せて当時を思い起こしているようだった。
「なに、幼馴染のよしみで慰めてくれるの?」
アウラの皮肉に対し眉を顰めつつも軽くため息をついてディエゴは答えを口にせず部屋に据えられた椅子に腰掛ける。
「……こないだも全線で大活躍だったって聞いてる……ディエゴはすごいね」
少し羨ましげに言葉を継いだアウラにディエゴは首を横に振り
「……そうでもないさ……俺から見ても化け物級の天賦の才を持つガイウスの旦那でさえあいつとは正面から斬り結んで分が悪そうに見えた……そんな化け物相手に不意打ちをくらって命が助かったなら儲けもんだよ……」
アウラは俯き軽く下唇を噛む。
「そうかもしれない……でも、悔しいかな……肝心な時にあの人を守れないのは……」
アウラの絞り出した言葉にディエゴは少し悲しげに目を細める。
「……今でも……旦那を皇帝にする夢を見てるのか?」
「……あの人は……希望よ……」
ディエゴの問いにアウラは答えを口にすると共に強い光を目に宿して天井を見上げ
「皇位継承順位は低いけれど、敗戦国出身者の子である私達を人として見てくれる……それだけで仕える価値がある……」
「そうだな……」
ディエゴはアウラの言葉に相槌を打つ
「あの人が頂点に立つ国が作れるなら私は罪と血で塗れた道を歩むことも、卑怯と罵られるような手段に手を染めることも厭わない……自分の命さえも惜しくはない……あの人にはこの世界を変える可能性がある……そしてそれは私の……いえ、我々の同胞を救うことにもなる」
アウラの言葉にディエゴは俯いて黙考し
「国は……世界はそう簡単には変わらない……変わるとすれば全てを破壊し尽くすくらいのことをしなければダメだろうな……」
ディエゴもアウラに倣い天井を見上げ悲しげに言葉を紡ぐ。
同じ天井を見てはいるがアウラとは違いその表情は苦々しい。
「……だが……かく言う俺も時にそれを夢見てしまう……こんなことを誰も望まなくてもいい……そんな世界になればいいんだがな……」
ディエゴは沈黙を挟んでそう言葉を続け窓に目をやる。
窓の外に広がる異国の空は、故郷である帝国の空と変わらない澄み渡った青を湛えていた。




