中 第六十一幕 アーサリィスタァ
「……すごいな……」
車椅子に乗せられその身を揺らしながらアルバートは感嘆の声をあげた。
誰に会っても自分達に気づく者は誰一人としていない。
最後は施設内が慌ただしくなったがそれでも気付かれないまま見事三人は地下施設を脱出することができた。
聖都旧市街の迷路のような道に出てもそれは変わらなかった。
「……一体どうなっているんだい、誰も僕らに気付かない……」
その言葉に先を首の後ろで手を組んで歩いている少女……レイチェルは振り向きもせず少し笑い声を上げ
「ちょっと講釈でもタレるかな……一つ聞くぜ、アンタは人間がどういうプロセスで目で見た物を認識してると思う?」
「……目で見て……それで……」
レイチェルの問いに答えようとアルバートは考えながら言葉を紡ぐが、自信無さげにそこで言い淀む。
「……簡単に言うと瞳から入った光の刺激を電気信号に変えて神経を通して伝達して脳がその情報を再構築することでアタシ等の中で像が結ばれる……この術はそこから先に干渉するものになる」
レイチェルは振り向きもせず背中越しに説明を続ける
「魔術に少しでも知識があるなら"肉体"と"精神"そして"魂"……生物は少なくともこの3つの要素で構築されてるってのは知ってるよな?」
レイチェルの言葉にアルバートは肯定の意を口にして頷く。
「ここからは認識までの過程のことを便宜上"観測"と呼ばせてもらうぜ、少し意味が違ってるけどな……さっき言ったプロセスは肉体が事象を観測する過程になる……そこから精神、次に魂がその情報を観測することで事象は今のアタシ等の中で初めて"認識"に至る……これが"生物"の認識の大まかな流れだ……」
アルバートは黙ってレイチェルの言葉を懸命に咀嚼しているようだった。
「……この術は精神の観測波長からアタシ等の存在する波長を丸ごとズラして観測を阻害することによって効果を発揮してる、これは視覚に限らず嗅覚や聴覚、さらには触覚にさえも影響を及ぼす……こうすることによってこの術を看破する術を知らない奴は肉体がアタシ等の存在を観測していても精神がアタシ等を観測できないからアタシ等の存在を認識できないのさ」
「……わかったような、わからないような……」
アルバートは曖昧に言葉を紡ぐ。
「この世には人に視えない光がある、聴こえない音がある、嗅げない臭いがある……感じ取れる範囲があるんだよ、同じように精神にも感じられない領域ってのがあるのさ、そこに潜り込んでる感じかな……まぁ、他の奴らからしたらアタシ等は居ないのと同じ状態になってるってことさ……」
レイチェルは考えながら言葉を紡いで一呼吸置き
「……まぁ、アタシ等の仲間になれば嫌でもわかるようになるさ……今は訳あって受肉してるがアタシ等は精神と魂だけの存在に転化した……アイツの依代だったんだからそれはわかるだろ……?」
アルバートは少し俯き、再び肯定の意を口にする。
「……だからこそずっとアタシ等は自分達の存在の仕方と向き合い、試行錯誤しながら認識を深めてきた……計画が上手くいけばこれから時間は出来る、そん時ゆっくり理解すりゃいいさ……偉そうに言ってるが、かく言うアタシも頭の出来がいい方じゃねぇしな」
レイチェルは気楽に首の後ろで手を組んで先導しながら言葉を紡ぐ
「膨大な天体の運行を記憶し計算、予測できる至賢の占星術師……賢人達から"アーサリィ スタァ"とまで呼ばれる貴女の頭の出来が悪いとは、大した謙遜だな……」
アルバートの乗った車椅子を押す青年がやや皮肉を込めて言葉を吐く。
自分の前を歩く小柄な少女の肩書きにしてはあまりの大仰さにアルバートは呆気に取られる。
「……過程を見ずに結果や肩書きだけで判断する奴はいつか足元を掬われるぜマクスウェル……アタシはそんな大層なモンじゃねぇよ……」
「なら……君は何者なんだ?」
アルバートの問いにレイチェルは少し歩くスピードを落として身を翻して後ろ歩きを始める。
レイチェルはひしめき合う雑多な建物に切り取られた狭い空を見上げて思案しているようだった。
「……そうだな……まぁ、アタシは星が好きな……ただの悪ガキってとこかな」
レイチェルはその言葉の最後と共に眩しい笑顔をアルバート達に向けた。
その胸元には特殊な文字の刻まれた大ぶりの水晶のペンダントが踊るように揺れて陽光を受け輝いていた。




