第六十幕 地下施設
聖都に聳える大聖堂の地下には例に漏れず幾つもの地下空間と網目のような通路が張り巡らされている。
ここには多くの異端者として表舞台から抹殺された異端の知を持つ者や異能者が勤務、または収容され、昼夜を問わず"禁断の書庫"の蔵書の解析やそれを元として開発された技術の実験が行われている。
教会の孕む闇澱む伏魔殿……それがこの聖堂地下施設だ。
その一角の小部屋で二人の男が話し込んでいた。
「……アルバート=ブランフォードが消えた……というのか……」
そしてこの場所を管轄する男は不機嫌に部下の報告を聞き、そう口にした。
「はい……ご多忙なウィルヘルム枢機卿猊下をこのようなことで煩わせ申し訳ございません……何なりとご処分を……」
どこか具合の悪そうな部下の男は言葉こそはっきりしているものの声音は小さく、疲労が色濃く感じられた
「……私はアルバート=ブランフォードの処遇に関してジャハンナに一任していたから事情がわからん……ここまでの経緯を説明しろ」
ウィルヘルムは一度深く呼吸をし言葉を選んで紡いだ。
「アルバート=ブランフォードは肉体の損傷が順調に回復しているにも関わらず収容されてから1カ月以上一度も意識が戻らず、意識の回復を絶望視していましたが、ジャハンナ女史の命令で生命維持をしていました……しかし、今朝方少し目を離した間に忽然と彼がその姿を消しておりまして……施設内の捜索に力は尽くしはしましたが残念ながら発見には至りませんでした……」
ウィルヘルムは眉間に皺を寄せて少し考え
「このような非常時に厄介な……まぁ、このところは猊下の御身のことが全てに於いて優先であったからな……さらにはジャハンナの不在……お前達も付きっきりという訳に行かなかったことも理解はできる……処分は無しだ、引き続き職務に励め」
「ありがとうございます……では、職務に戻らせていただきます……」
部下は頭を下げて自分の持ち場へと戻っていく。
ウィルヘルムはため息を吐き天井を見上げる。
このところは人員の補給が出来ない状況が続いており、この部署……いや、帝国全体が人手不足に陥りつつあった。
ここは"人"の"消費"が激しい場所だ。
実験素体はもちろん、職務を行う人員達も心を病んだり脱出を試みる者達が多数出る、彼らもまた実験素体として"消費"されることになる。
あのレインフォルトを失った事件後にジャハンナからヴァロワレアン経由で"人"を調達していた事実を聞いた時、ウィルヘルムは苦々しい心境になった。
こうなった経緯としては前教皇が突然異端者狩りを否定する演説を行い、それを機に異端者狩りが鎮静化し始めたことに起因する。
それ以前は異端裁判での処刑という偽装工作をすればここに収容される"人"はいくらでも調達できた。
その頃はまだ枢機卿では無かったものの、ここに配属されていたウィルヘルムは前教皇の愚行に怒りを通り越して呆れたことを思い出す。
そして自分があのお高く止まった猟奇趣味の変態貴族から恩恵を得ていたなどとは考えたくも無かった。
打倒すべき貴族社会に依存していたというのも本末転倒だ。
しかし、事実としてその影響は甚大で無闇に部下を断罪したり素体を殺すような実験をすることができなくなってしまった。
今現在は教皇猊下の延命とレインフォルト奪還が最優先にして急務だ、そして人員や素体の調達先の確保も必要だろう。
ここは教会の保有する技術を生み出す謂わば"奇跡の源泉"だ。
最新技術という名の"奇跡"は教会が独占し続けねばならない……そのためには実験のための素体も研究をする人員も必要だ。
目下の難題にウィルヘルムは再びため息をつきその場を後にした。
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少し時は遡る。
暗く沈んだ通路を一人の少女が鼻歌を口ずさみながら歩いている。
「おい……あまり気を緩めるなよ…….受肉体との順応も不十分な上にここは一応敵地なんだ」
共にいる誰も乗っていない車椅子を押している長髪の鎧を着た神経質そうな青年が少女に声をかける。
「心配しすぎだよ、マクスウェル……ここに居る奴らにアタシらの隠行術を見破れるわけねぇだろ」
少女が言葉を紡いでいる最中にローブを纏った男と出くわすが、男は全く二人の存在に反応すら示さずすれ違い去っていく。
二人も全く驚いた様子を見せず歩き続ける。
「しっかし辛気くせえ場所だな……苦痛の記憶で埋め尽くされたクソ溜めみてぇなとこだ……教会ってのもロクでもねーな」
「私と同じ"流浪の民"として恥ずべき所業だ……"城なき王家"に叛き、聖アリエラの名を騙りこのような……」
少女の言葉にマクスウェルと呼ばれた青年は嫌悪感も露わに眉間に皺をよせ柳眉を上げる。
「アタシらもこれからそう変わらないことしようとしてっけどな……まぁ後々ブッ潰す準備も整えたし……そろそろメインの任務遂行といきますか」
少女は気楽な口調で言ってしばらく歩き広場のベッドに横たわる男の傍で立ち止まりその顔を覗き込む。
「こいつがアルバートか……まぁ、当たり前だけど渡された資料通りって感じかな……」
少女はそう呟いて掌を翳すと、そこに光の球が現れる。
少女はおもむろにアルバートの額に掌と共に光の球を近づけると、光の玉はアルバートの頭の中へと吸い込まれ、少しして彼は呻いて少し身じろぎした後にゆっくりと閉じていた目を開ける。
「……ツっッ……君……は……?」
アルバートはまだ意識が朦朧としているようだが、そう少女に問いかける。
「おはようアルバートお坊ちゃん、あたしはレイチェル……レインフォルトに頼まれて迎えにきたぜ」
そう答えてレイチェルと名乗った少女は口の悪さに似合わない人懐っこい笑みを浮かべた。




