中 第五十六幕 孤月(こげつ)
夜風に少し伸びた金の髪が靡き、その蒼い瞳に月が映る……
その男は横たわる岩に腰掛けただ月をを見上げていた。
夜空に浮かぶ雲は流れているが周囲は凪いでいる。
静かな夜……
「……いい夜ね」
背後から声を掛けてきた女性に対して月を見上げる男……ハーストは何の反応も見せず、ただ月を見つめている。
「あの子……クレア=ブランフォードのことを考えてるのかしら?」
女の言葉にハーストはようやく振り向き、声の主を視界に収める。
ジャハンナは蒼い月が放つ淡い光の中で微笑みを浮かべている。
元々色白な彼女だが、月の光の加減を考慮してもその体調が悪いことが窺い知れた。
口元にいつもつけているヴェールはなく、いつも纏っている自信に満ち溢れた妖艶な雰囲気は今は鳴りを潜め、その美しい顔立ちはどこか儚げだ。
「起きていて大丈夫なのか……?」
「心配してくれるの?……優しいのね……」
ハーストの言葉にジャハンナは微笑みを笑みに変えゆっくりとハーストの傍に歩み寄る
ハーストは再び月を見上げる。
その時、ハーストの首の後ろに何かが食い込む鈍い音と共に強い痛みが走る……ジャハンナが自分の延髄の辺りに噛み付いているのだとハーストは察して目を瞑り
「渇いているのなら、俺を喰らうのもいいだろう……やれよ」
ジャハンナから伝わってくる震えと苦鳴をハーストは感じながら囁く。
少しの間を置いて、ジャハンナはハーストから身を離し、耐えるような苦悶の声を上げた後にハーストの横に並び岩に腰掛ける。
「……ごめんなさいね……痛かったでしょう」
「……ガキの頃から人体実験の材料にされてきてるんだ、痛みには慣れてるさ……」
詫びるジャハンナに対しハーストは感情の込もっていない返事を返す。
少しの間沈黙が流れる。
「……昼間の件もあるし、改めて思ったが……アンタは本当に化け物なんだな……」
ハーストは横目でジャハンナに言葉と共に視線を送る。
ジャハンナの横顔にはもう冷静さが戻っていた。
ただ口元には血がついていた。
「あら、失礼ね……まぁ、化け物ということを否定するつもりはないけど……」
ジャハンナは苦笑を浮かべながら口元に付いた血を拭い
「……もう人として生きることは諦めてる……それを望めない程度には私の手は穢れてしまっているから……"契約通り"今度はあなたがこうなる……"転化"の"慣らしと準備"は順調よ……」
「……」
ハーストは答えを口に出さず黙してまた月を見上げる。
ジャハンナもそれに習う
静謐な月の光の見守る中で夜は静かに更けていった。




