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中 第五十五幕 医師

 ふと窓の外に目をやると朝焼けが僅かに夜の闇を薄め始めようとしている所だった。

 

 手術は深夜を超えて日の境を跨ぎ続いている。


 レイナードが魔術で灯した無機質な光が暗い部屋を白々と照らし出している。


 ずっと寝ていないが緊張感からか不思議と頭も体も冴えていて調子が良いくらいだ。


 ファラクは真剣な面持ちで切開した患者の腹部を凝視しつつ手を止めることなく動かし続けている。


 レイナードはファラクの見つめる先を見逃さないよう目を見開いている。


「……ムゥラクァゥト」


 ファラクの発した耳慣れない言葉に素早くレイナードが奇妙なハサミ状の器具を差し出して受け渡しをする。

 確か出血を抑えるために使うものだ。

 

 ファラクは東方の大国由来の技術の流れを汲む医師のようだった、故に耳慣れない用語を使うとのことだ。


 レイナードは患部周りに溜まる血液の処置とファラクに道具を渡す係をしている。


 私は意識的にファラクの手元を見ないようにしていた……そには人体の中身が口を開き露わになっているから……正直見たいとは思えない。


 それでも気を抜くことは許されない、人の命が懸かっている。


 私はファラクの額に浮かぶ玉のような汗を妨げにならないよう注意しながらそっとぬぐう。


 ファラクの話によると、この世の全ての物には様々な種類、様々な形で毒が混じっているらしい。

 固形物や水は勿論のこと、空に満ちる見えない物にさえも毒が含まれていて喉や鼻などの決まった経路を通らず人体に入れば毒になり得る。

 故にファラクの清潔への拘りは徹底的だった。


 布の下に横たわっているのは私達とさほど歳の頃が変わらない少女だ。

 今は麻酔が効いていて眠っているように動くことはない。


 そんな中、レイチェルが沸かした湯を持ってくる。


 バートとサイラスも掻き集めてきた大量の清潔な布を運び込んできた。



 

 墓場での腑分けの後、サイラスに連れられ私達はここにいる。


 手術を受けているのはサイラスの妹


 ファラクはサイラスと妹本人に幾つかの質問をしつつ触診察をし、すぐに手術することを決断した。


 そして、急いで空き部屋の掃除をし、その場にいる全員が急いで身体を清めることになった。


 その後空き部屋で私達はファラクの診察と説明をサイラスと共に聞いていた。


 ファラクは病態をできる限りわかりやすく説明しているようだったが、私には正直よくわからなかった。


 バートもレイチェルも恐らく私と同様だろう。


 それどころか当事者のサイラスとその妹さえも説明された内容の半分も理解できているようには見えなかった。


 ここでも話を聞くことに一番熱心だったのはレイナードで、その姿勢は当事者達より真剣に見えた。


 その後、それぞれにファラクからの指示が飛び手術は始まってしまった。


 レイチェルは湯を沸かし、バートとサイラスは清潔な布を集め、レイナードと私はファラクの傍でサポートをすることになった。


 ファラクは手術中に人を眠らせ痛みを感じなくさせる薬を患者の体格などを考慮しつつ慎重に調合し、出来た液体を革袋に入れて天井から吊るし、そこから伸びる管と先端の針を通してゆっくりと患者の体へと注入していく。


 それは自動的に行われるようで、投薬の間に私とレイナードはファラクから手術器具の説明を受けた。


 私には初めて見る数々の道具の名前と用途を短期間で覚えることができなかったが、レイナードは一度ないし2度確認しただけでそれらを覚えて見せた。


 結果、私に与えられた役目はファラクの汗を拭うことと器具の清掃と消毒となった。


 そうして手術は緊張感の中、粛々と続いていった。




 日差しが差し込み辺りを覆っていた闇が薄まっていく。


 ファラクは傷口の縫合を終えて糸を切り、最後に傷の周りに薬液を塗る。


「……術式完了…………ッはぁーーーっ!!!!終わったぁーー!!」


 ファラクは口元につけている布を外し天井を仰いで叫んだ。


 会った時のどこか影を孕んだ雰囲気の女性はどこへ行ってしまったのか……そう思える程にその顔は解放感と達成感の笑みで満たされている。


 私は今までこんな綺麗な笑顔を見たことがない……そう思えるくらいに光に包まれたファラクの横顔は美しかった。


 しかし、同時に普段から彼女が異端者として生きる中でどれだけ抑圧され緊張を強いられてきたのかが窺えた。


 ファラクは振り向いて突然私とレイナードに抱きつき、まるで少女のようにはしゃいで喜びを爆発させる。


 ふとレイナードを見ると彼は顔を赤らめて照れているようだった。


「…………ありがとう……これで俺は天涯孤独にならずにすんだ……本当に……本当にありがとう……ございます……」


 嗚咽混じりの言葉をかけてきたのはサイラスだった。


 彼は深々とファラクに頭を下げている、その目からは止めどなく涙が流れていた。


 いつも粗野で横暴に見えていたこの男が示した掛け値のない感謝にファラクは私達から離れてサイラスに歩み寄り


「顔を上げてください……貴方を含めて、ここに居るみんなのおかげです……皆の協力無しでは多分彼女を助けられなかった……」


 ファラクは場の全員を見回し


「……皆さん、本当にありがとうございます……お疲れ様でした……この不思議なえにしに深い感謝を……」


 ファラクは穏やかな微笑みを浮かべて改めて姿勢を正し深々とお辞儀をする。


 顔を上げたファラクの表情は晴れ晴れとしていた。


「…………ファラクさん……お願いがあります……」


 突然レイナードが真剣な面持ちで言葉を切り出す。


 全員の視線がレイナードに向けられる中,彼はファラクに歩み寄り片膝をついて跪き右掌を左胸に当てがい深々とこうべを垂れ


「………………何卒なにとぞ……私めを弟子にお迎えいただきたく……存じます……」


 レイナードの思いもよらぬ言葉に場は静まり返った。

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