中 第五十四幕 月夜
所々に月明かりの差し込む暗い林の中、墓場で少女を再び送り出した後に私達はランタンの灯りを頼りに帰路に就いていた。
謎多き女医、ファラクも一緒だ。
「ウゲッ……この臭い……」
少し開けた場所に出た瞬間にレイチェルが声を上げ全員が立ち止まる。
すぐにその臭いは私の鼻腔も刺激した。
室内ではないから微かにしか感じないが、これはそう……煙草の煙の臭い。
全員が足を止めて行く手を見据える
そこには燻る煙の源たる小さな灯火が月明かりの向こうに広がる闇の中で佇んでいる。
そして、ゆっくりと月明かりの下に憲兵の制服を着た男……サイラスが姿を現す。
私達は身構える。
「よう、首尾は上々ってとこか……その様子だと報告する気がなかったか?……まぁ、見てたから不要だがな……」
月明かりを受け青白く不吉に浮かび上がるその姿と張り詰めた空気感に私達は思わず身構える。
「あなたは……?」
「俺の名はサイラス、お会い出来て光栄だ……異端の医師殿」
ファラクの口にした問いにサイラスは皮肉混じりに答えて手にしている煙草を咥えて一服し、足元に放って踏み躙る。
「貴方が彼等が言ってた"ある人"ね……私を探してたようだけど……何の御用?」
「医者に頼むことなんざ決まりきってると思うがな……アンタに治してもらいたい患者がいる……ここいらのヤブ医者共には匙を投げられていてな……出来ることなら異端の医者なんてもんの世話にはなりたくねぇんだが……」
サイラスは苦味の走った笑みを浮かべ皮肉を口にする。
「私が救える患者がいるのなら、これから診にいきましょう……案内を」
ファラクは迷うことなく答えを返す。
「おいっ、大丈夫なのかよ、相手は憲兵だぜ!?」
レイチェルが声を上げる。
「大丈夫よきっと……」
ファラクは振り向いて私達に向き直って微笑み
「見た所この人は強いんでしょう……断る方が危険そうだし、何より捕まえるつもりならこんなまどろっこしいことをせずにあなた達を蹴散らしてでも私を組み伏せに来てる……だから大丈夫……それに私は救いを求める人の手を振り解くことなんてできないしね……短い間だったけど久々に人とまともに話せてよかった……また会いましょう」
ファラクはそう言葉を続けて微笑む
「さて、今日はもう遅い……ガキはとっとと帰ってクソして寝とけ……じゃあな」
「まって!……まってくれ!……僕も……僕も連れて行ってくれ!」
去ろうとする二人に対して声を上げたのはレイナードだった。
「はぁ!?またかよ、何言ってんだ!!」
レイチェルが声を上げる。
「……レイチェル……ごめん……でも、僕はこの技術の先を見てみたいんだ……」
レイナードはレイチェルに詫びてファラクとサイラスに向き直り
「……少しだけど僕は術が使える、明かりくらいなら出せます!……邪魔にはならないようにします!どうか僕をこれからのことに立ち合わせて欲しい!」
「手はいくらでも欲しいところではあるけど……」
ファラクは戸惑いつつも呟きサイラスに目をやる。
しかし、この場でレイナードの訴えに一番戸惑っているのはサイラスのようだった。
「…………勝手にしろ……」
少し逡巡を見せた後にサイラスは小さく呟き歩き始める。
それに続くレイナードとバートに私も続く。
レイチェルも少し遅れて私と肩を並べる、ぶつくさと不満を言っているのが私の耳に届き私は苦笑する。
ふと私はレイナードの背に目を向ける。
はっきり言って私には彼が何を考えているのかは分からない……しかし、レイナードが医術という分野に興味を持ち始めているのは確かなようだった。




