第五十三幕 戦術
質の悪い蝋燭に灯る心許ない灯火に照らされた室内……その灯明の外側にはぼやけた闇の輪郭が揺れている……
夜は静かに更けていた。
私は傍にあるベッドの上に横たわる無骨な男……銃撃を受け倒れたミシュパートの部下を見ていた。
麻酔がまだ効いているその男は死んだように眠っている。
視線を横に移すとそこには私と同じく椅子に座っているアリアが複雑な表情を浮かべて眠る男を見ていた。
私は目を伏せる。
アリアの心境は複雑だろう。
この男は彼女の両親を捕らえた異端審問官ミシュパートに与していた……いわばアリアにとって両親の仇とも言える存在の一人だ。
私はそんな存在を助ける選択をした……
大した考えがあったわけではない、ただ明らかに命の危険に直面した怪我人が目の前にいた……それが理由だ。
しかし結果としてアリアにとって辛い行動を強いてしまった……
物思いに耽る私の耳に足音が届く。
振り向くと、エレノアが部屋に入ってきた。
持っているトレイには湯気をあげている簡素な木製のコップが3つ載っている。
「お疲れ様……温かいミルクはいかが?」
エレノアに勧められて私とアリアはコップを手に取る。
温かくほのかに甘いミルクを口に運んで私は漸く一息つけた気がした。
少しだけ空気が緩んだ気がする。
「……アリアちゃん……無理はしなくていいからね……」
エレノアの言葉にアリアは顔を上げるが、何とも言えない表情をしてまた俯きミルクの水面を見つめる。
大人の対応……こう言うのを見せられると直情的に行動してしまう私がどれだけ子供じみているのかを痛感させられる。
「クレア……あなたの行動はきっと間違ってない……それどころか立派だと思う……だから胸を張って……それに、私はあなたのそういうところが結構好きだったりするしね」
エレノアはそう言って微笑み、ミルクに口をつける。
「エレノアさん……あの異端審問官のお爺さんは……?」
アリアの問いにエレノアは苦笑し
「……今は"彼等"に保護されてる、聞くに耐えない罵詈雑言を喚き散らすから持て余してるようだけど……彼等には少し気の毒なことをしたかな……」
「……あの銃を持った人達は一体?」
アリアの気を話題から逸らそうと私の発した問いにエレノアは目を伏せる
「私の父の伝手で頼ったこの辺りの盗賊ギルドのメンバー……できれば頼りたくはなかったのだけど……」
物憂げなエレノアに私はバツが悪く思えてくる。
また聞かなくてもいいことを聞いて場の空気を悪くしてしまった気がする。
私にはそういう所があるようだった。
「……で、でもすごいよね、こっちではもうあんな数の銃が量産されてるんですね、驚きました」
私の言葉にレインフォルトのため息が聞こえてくる。
「あぁ、あれね……実はあの一挺以外は全部レプリカよ」
「……は?」
私は間の抜けた声を上げてしまった。
「"ハッタリも戦術"ってこと」
エレノアが片目を瞑り小さく舌を出してイタズラっぽく笑って見せる。
『かなりお粗末な贋物も見受けられましたよ……もう少し観察眼を養いなさい……まぁ、一挺以外は全てレプリカというのは私としても恐れ入りましたが……』
レインフォルトは呆れを通り越して感銘を覚えているようだった。
私は目を細める。
銃……離れた場所から指一本で引き金を引く……それだけで一瞬で人の命を奪える武器……
鉛で形造られた弾丸は骨を砕き男の体に深く撃ち込まれていた。
手術をしなかったら失血と鉛の毒で命が危なかったのは間違いない……そうでなくともこの男が屈強でなかったら即死していても不思議ではなかった。
レインフォルトの助言による導きが無ければ助けられていなかったかっただろう。
それほどまでにこの男に穿たれた痕は凄まじいものだった。
技術の発展という意味では画期的なのだろうが、人の命の重みが指一本で引ける引き金の重みと同じだとすれば……それはあまりにも軽く思えた。
人の命を救うことは難しい……だが、なんと儚く人の命は潰えてしまうのだろう……
私の手はーーーーこれからどれだけの人を救うことができるのだろうか……
私の脳裏に兄達やエリス……共に過ごした人々の顔が過ぎる
もし大切な人の命が危機に瀕した時、私はその人達を救えるだろうか……
私は思いを馳せる。
そんな中、アリアが欠伸をする。
エレノアは微笑み
「アリアちゃん、そろそろ寝ときなさい……動けるとは思わないけど彼には見張りをつけてもらうからクレアも休みなさい……お疲れ様」
エレノアの言葉に私とアリアは頷き一足早く歩き始めたアリアを追う形で私は歩を進める。
あまりにも多くのことがあった日だった……
その時、私はあることに思い当たり足を止める。
御者……ハーストが現れる直前に見えた自分の腕が切り落とされたイメージはなんだったのか……
今思い起こしても身震いをしそうな程にあまりにも鮮明で且つ鮮烈な、現実と全く遜色ないイメージ……
認識が及ばない見えない場所からの攻撃を受けた結果を先んじて見た……というのは間違いないだろう。
しかし、あれは"予想"や"予測"そして"予感"という範疇さえも超えていたように思う……
そう、まるで『予知』のような……
「……どうしたの?」
エレノアに声をかけられて私は我に帰り
「……ううん、なんでもない」
私は振り向くと共に微笑んでそう答え、また前を見る。
内心で得体の知れない自らの変化に一抹の不安を抱きながらも揺れる灯火の照らす場所から私は一歩踏み出した。




