第五十二幕 銃撃
「教皇猊下は"契約の変更"をお望みなのよ……病におかされた肉体を捨てて貴方のような存在へと転化する……それが今の猊下のご意思」
返ってきたジャハンナの言葉にレインフォルトは口の片端を上げ
「……異端者と貶めて非難し迫害した者達の築き上げた叡智と技術に頼って延命し、さらにそれを利用し違う存在と成り変わってまで命を永らえ"教えの頂点"という権力の椅子に固執する……最早哀れですね……度し難いとさえ言える……」
レインフォルトは皮肉たっぷりの慇懃無礼な口調で言葉を紡ぐ。
ジャハンナは静かに微笑みを浮かべたまま次の言葉を待っているようだった。
「……謹んで"契約変更は出来かねる"と教皇猊下にお伝えを……追伸として月並みですが"もう貴方に用はない、地獄に堕ちろ"とでもお伝え願いましょうか……伝えられたなら、ですが」
その時、凄まじい剣戟の音が響く。
音の出所に目をやるとをガイウスとハーストが剣を交えていた。
「クレアッ無事かっ!?」
ガイウスはハーストを睨み据えながらも私を案じて言葉をかけてくる。
ハーストと正面から切り結ぶガイウスに目を向けたジャハンナは小さく感嘆の吐息を漏らして改めて私に向き直り
「……そう言われて、はいそうですか……と帰るわけにはいかないのだけれど……邪魔が入ったようね……」
ジャハンナは笑みに苦味を混ぜ
「一つ、聞かせて……貴方の中に姉様はいるの……?」
その言葉にレインフォルトは俯く。
珍しく彼の強い感情に触れて私は困惑する……
これは……悲しみだろうか……そう、とても深い悲しみ……しかしそこには様々な感情が去来しているようだった。
「……話には聞いていましたが、やはり貴女が妹君でしたが……残念ながら……」
ジャハンナは珍しく言い淀んだレインフォルトの言葉に目を閉じる。
その時、ハーストがガイウスを弾き飛ばす。
「さぁ、今回は引きましょうか……」
ジャハンナはハーストに対して撤退の合図らしき動きを見せる。
「一つ、お伝えしましょう……御師様は人を救うことに懸命でしたが、それ以上に貴女を救いたいと強く望んでいました……たった一人の妹であり肉親だと……そう聞き及んでいます……その想いは確かに本物だった……それは私が保証しましょう」
レインフォルトの言葉にジャハンナは笑みを返すのとほぼ同時に彼女はハーストに抱きかかえられる。
二人は風のような速さで乱戦の中を突っ切り建物の群れの中へと消えていった。
辺りでは未だに激しい戦闘は続いている。
ミシュパートが唾を飛ばしながら兵達を叱咤し、その兵達もガイウスの部下達も一歩も引かず、収拾がつかなくなりつつあった。
そこに炸裂音と言うべき轟音が鳴り響く。
それと同時に人が地面に倒れ伏す音……
そして、場を包む水を打ったような静寂が周囲を包んだ。
全員が動きを止める中、レインフォルトが視界を巡らせる。
そこには血溜まりに倒れ伏す男と、その先の屋根の上に陣取った奇妙な鉄の筒らしき物を構えている男の姿
その筒先からは白い一筋の煙が立ち上っている。
程なくして独特な臭いが鼻をついた。
銃……その存在は耳にしてはいたが、実用されているのを見るのは初めてだ。
「我々のシマでこれだけの騒ぎを起こされて見過ごしたのでは面子が立たないのでな……手向かわないならこれ以上の攻撃はしない……とっととここからお引き取り願おう」
煙を上げる筒先を下ろし、立ち上がった顔中傷だらけのその男は鋭い視線で辺りを牽制するように見渡す。
その傍にはエレノアがいた。
続いて町の奥の路から何人もの男達が姿を現す。
彼らの手にも同じく銃が握られている。
そして、先程まで剣で切り結んでいた者達に無数の銃口が死を突きつける。
「おのれ異端者共!!小賢しい妖術を……しかし、我らの正義は揺るがぬ……皆の者!神とアリエラの名の下に殉ぜよ!!」
ミシュパートが声を上げる。
「冗談じゃねぇ……これ以上気狂いジジイに付き合ってられるか!引き上げだ!!」
ミシュパートの私兵達は上がったその言葉を皮切りに撤退を始める。
「なっ、貴様等待たんか!!敵前逃亡は重罪だ!神の敵を倒さんかっ!!」
癇癪を起こし喚くミシュパートを私はただ見ていた。
その時、素早く乱入したカルロスがミシュパートを組み伏せる。
「何をする!!私は神の……アリエラの代行者!異端審問官ぞ!!このようなことが許されると思うか!神罰が下るぞ!!」
カルロスは厳しい表情でミシュパートを見据え
「神は人を裁かない……人を裁き罰するのも、人を欺くのも人だ……人を欺き裁き……そして罰してきたお前はその代償を支払う時がきたんだ……」
「黙れ貴族の犬がっ!『罪』を"富"と"偽りの信仰"で飾り立てて覆い隠してきた異端者にも劣る畜生風情が!!」
カルロスの言葉にミシュパートは顔を真っ赤にして激昂し罵詈雑言を捲し立てて暴れようとするが、老人が体格が良く訓練を受けたカルロスを押し退けることなど出来ようはずもない。
「クレア……」
突然の呼びかけに私が振り向くと、少し照れ臭そうに苦笑を浮かべるアウラと彼女に肩を貸しているいつになく真剣な表情をしたガイウスの姿があった。
いつの間にか私に体の主導権が戻っている。
「陛下のためにも、君の兄君達のためにも何より君自身のために必ず君を帝都に連れ帰る……だが、今は引き下がろう……そして、部下を手当てしてくれたことに心からの感謝と敬意を…………また会おう」
ガイウスは私に頭を下げて仲間達を引き連れ去って行く。
私はそれを見送ることなく急いで銃撃を受けて倒れ伏した男に駆け寄った。




