中 第五十幕 懺悔(ざんげ)
カルロスとアリアは結局クレアを攫って行った馬車の残した轍を辿って横並びで歩いていた。
新しい上に急いで走ったその跡は舗装がされていない地面にはっきりと刻まれている。
クレアが攫われてから時間が経ち、もう街から出てしまっている可能性もある。
しかし、もしかしたら何かの拍子にクレアを助けられるかもしれない……今はそんな淡い期待に縋るしかない。
「なんでカルロスさんはクレアお姉ちゃんと一緒にきてるんですか……?」
そんな中、アリアの口にした問いにカルロスは苦笑を浮かべ
「自分の為だよ……結果的に言うとね」
カルロスの言葉にアリアは小首を傾げる
それを横目に見ながらカルロスは少し微笑むが、すぐに真剣な表情を浮かべる。
「……アルフレッド=レミアル=ヴァロワレアンという人物を知っているかい?」
カルロスの返した問いにアリアは頭を横に振る。
「まぁ、簡単に言うと悪い人……さ、俺はその男が犯した罪の隠蔽をしていた……ここで言うには憚られるような酷いことの手助けをしていたんだよ……」
カルロスは自身に言い聞かせるようにそう言って渋い表情を浮かべる。
「罪……?」
「奴のしたことはアリエラの教えでも帝国の法でも人道的見地からしても許されるべき所業ではなかった……奴は狂っていた……知って手助けしていた俺も同罪だがね……」
「そんな酷い人をなんで手助けしたの?」
アリアの真っ直ぐな問いにカルロスは目を細め
「単純に俺が弱かったからだ……大貴族ヴァロワレアン家から支援を受けて落ちぶれかけていた俺の家は再興できた……その見返りに俺が聖騎士団長になりアルフレッドのしている罪を上手く隠蔽するように立ち回ること……それがマクシミリアン家に残された最後の選択肢だった……俺は自分の何不自由ない生活を壊すことと、俺を疎んじていたとはいえ家族を見捨てることができなかったのさ……」
アリアは俯き黙り込む。
「それもただの言い訳に過ぎないのかもな……事実として俺の行いによって不幸な人間と犠牲者は増えていくばかりだった……俺は彼らから糾弾され裁かれるのを恐れたんだ、そして罪の意識や家の柵に囚われて、もうこの道から抜け出せないと思い込んだ……」
カルロスはいつになく自分が饒舌になっていることを自覚しながらも言葉を続けた。
(まるで懺悔だな……)
カルロスはそんなことを考えながら苦笑に自嘲の色を混ぜる。
「それが……どう関係しているんですか?」
アリアの言葉にカルロスは目を閉じ
「……後ろ盾のアルフレッドが死んで、いろいろと知り過ぎてしまっていた俺は自分の命を守るため何もかも捨てて出奔せざるを得なかった……この期に及んで自分の命が惜しいなんてお笑い種だがね……それでもただ座して口封じのために殺されるのを待つのは違うと俺は思った……」
アリアは顔を上げてカルロスの横顔を見る。
「そこで頼った裏社会の有名人の所でかつての部下だったクレアと再会してね……彼女に関する事情も知っていたし、同行を申し出たのさ……最初は何かあった時の囮にでも使おうと思ってたんだがね……」
気まずい沈黙が場を包む
「……だが、クレアがレインフォルトという存在の力を借りているとはいえ異端者となってまで医師として人を救っている姿を見て考えが変わった……」
カルロスは目を細め
「部下だった頃はただの無鉄砲な小娘くらいにしか思ってなかった……そんな彼女が懸命に人を救っている姿に……都合がいいかもしれないが彼女といれば俺も変われるんじゃないか……そう思えたんだ……そして、禊の意味も大きい……」
「みそぎ……?」
「償いのことさ……クレアが人を救うのを手助けすることで、今まで重ねてきた罪の償いができているような……そんな気がしていた……」
カルロスは一つ息を吐きだし
「こうやって話してみると我ながら勝手なものだな……やはり俺は都合の良い自分のための理屈で生きてる……」
少しの間、二人の足音だけが流れていく。
「……こんなことをしても過去は消えない、犠牲者も済われない、ましてや死者も還らない……それでも、俺はクレアが人を救う姿に希望を見たんだ……だから俺は許されるならこれからもクレアが人を救う道を支えていきたいと思っている……ま、そんなところさ……難しい話をベラベラとしてしまい、すまなかったね……」
カルロスは目を開けて苦笑いを浮かべる。
「……あなたは……身勝手なんかじゃない……償おうとしてるし……それに、あなたはあなたなりに家族のために苦しんだんでしょう?」
アリアの言葉にカルロスは目を見開く。
「私も……お父さんやお母さんのためになるならなんだってしてあげたい……なんだって……」
アリアは語尾を震わせ言葉を詰まらせる。
アリアの両親のことはカルロスも聞いていた。
異端審問官に連行され生きて帰れた者は少なく、何事もなかった者はほぼ皆無だ……恐らくアリアの両親も……
カルロスは目を細め
「……ありがとう……少し、救われた気がするよ……」
そう呟き曇り空を見上げ何かを噛み締めるような表情を浮かべる。
その時、吹いてきた風に乗って微かな剣戟の音がカルロスの耳に入ってくる。
走りだすカルロスにアリアが慌てて続く。
やがて二人の目に入ってきたのはクレアを攫った馬車を中心に入り乱れて戦いを繰り広げる男達の姿だった。
あまりに凄まじい戦闘にカルロスは足を止めざるを得なかった。
それでも視線を巡らせ懸命に周囲を見回すと、程なく血塗れで立つクレアの姿を見つける。
一瞬その姿に驚くが、様子からして怪我は無さそうに見えたためカルロスは安堵する。
そして、クレアの傍にこの間のミシュパートの襲撃時に姿を見せた女……ジャハンナの姿があった。
状況が全く解らないが、クレアと同じく彼女も血塗れだ。
追いついてきたアリアも状況に驚きはしたがカルロスの側に立ち、どうにか取り乱さずクレアを見ていた。
当のクレアはカルロス達に気づくことなく何かを見つめてただ佇んでいる。
その表情は遠目に見ても驚きに目を見開いているように見える。
カルロスがクレアの視線の先へと目をやると、そこには一人の男が佇んでいた。
その格好には見覚えがあった。
以前もジャハンナと共に居た只者ではない空気を纏った異容の男だ。
しかし、以前見た時とは違いその頭には帽子はなく顔には包帯が巻かれていない……
その晒された素顔にカルロスは驚きを隠せず絶句する。
「…………ハースト……」
クレアの口から出たその名は、距離が離れている上に剣戟の音と怒号の飛び交う乱戦の渦中にも関わらず、はっきりとカルロスの耳に届いた。




