中 第四十八幕 治療
「君も帝国の臣民であるなら陛下の御意志に従うべきだ……何より一緒に来ればランドルフやアーネストと共にまた貴族として暮らせるよ……君はまだ戻れるんだ……」
ガイウスの言葉は甘く私の心を揺さぶった。
私は少しの間目を閉じて考える。
ランドルフ兄様、アーネスト兄様、エリスや家の者達は皆私の心配をしているはずだ。
もう私が聖都から出て1カ月以上が経った。
家族にまた会って、また貴族として何不自由ない生活に戻れるのなら……正直戻りたい。
家族に会いたい気持ちは本物だ。
しかしその時、私の脳裏にアリアの姿が浮かぶ。
私が初めて救った生命
そして共に生きることを選んだ少女……
この旅の始まり……
たった1カ月程だが今まで生きてきた年月よりも密度の濃い日々だった。
救えなかった兵士のことや苦しいことや悲しい事もたくさんあった
しかし、何より人を救う喜びを知ることができた……
私はこの道に……そして何よりアリアに対して誠実でありたい……
私はゆっくり瞼を上げガイウスに目を向ける。
しかし、私の目が捉えたのはガイウスの向こう側の窓越しの景色の中に佇む見覚えのある老紳士の姿だった。
「ミシュパート!!?」
私は声を上げた。
次の瞬間、屋根の上から音がした。
馬車の上に何かが飛び乗ったような……そんな音
次の瞬間、屋根を何かが貫きアウラの脚に突き立った。
驚きにアウラは目を見開き自らの脚に突き立った黒い刃を見つめたまま動けずにいた。
すぐに吸い込まれるように刃は再び天井へと消えるが、その特徴的な刀身は一瞬見ただけでもそれの持ち主の姿を私の脳内に鮮明に浮かび上がらせた。
御者だ。
アウラが傷口を押さえて痛みに呻く声に我に帰ったガイウスが屋根に抜き打ちを繰り出す。
鋭い斬撃が派手な音と共に馬車の屋根を砕くように切り裂くが、御者は既に飛び退いていたようで既に姿がない。
(流石ガイウスさん……相変わらず凄まじい太刀筋……いや、昔より冴えてるかも……)
私はその一撃に感嘆しつつもアウラの身体を強引に押しのけて穿いているズボンに空いた穴を広げて血塗れの傷を見る。
幸い傷の場所は動脈も骨も無く、さほど問題のある位置ではない、傷跡は残るが問題なく回復するだろう。
しかし襲撃を受けているという現在の状況と思ったより多い出血量が問題だ……もしかしたら剣に血を固まり難くくする毒が塗られていたのかもしれない……どちらにしろ急いで治療をする必要がある。
私が周囲を確認しようと顔を上げると、いつの間にか馬車は停まっていた。
窓の外には数人の剣を持った男達……
私達は包囲されているようだった。
ガイウスは素早い動きで馬車の外へと打って出る。
「旦那、何者か知らねぇがかなりの使い手達に囲まれてる!」
響くガイウスの部下らしき男の声が外で響く。
「先程の攻撃でアウラが負傷した!馬車を死守するぞ!!」
ガイウスの号令に男達の声が応じる。
周囲で響き始める剣戟の音、私またアウラに目を遣る。
「……油断した……こんなところで負傷をしてしまうなんて……」
アウラは悔しげに呟きつつ傷口を押さえうずくまっている。
私は再びアウラの手を押しのけて傷口に口をつけて強く血を吸い出し、吐き捨てる。
「っつぁ!……な……何を……!?」
「剣に毒が塗られていたかもしれない……痛いでしょうけど我慢して!」
私はアウラの問いに答えてまた傷口から血をを吸い吐き捨てる。
その間にも外からは剣戟の音が喧しく鳴り続けている。
「手を……出して……早く!」
アウラに言われ私は枷のつけられた手を差し出す。
アウラは脂汗を流しながらも懐から鍵を取り出し私の手を拘束している枷を外す。
「……ごめんなさい……任務とはいえ私だって女性を攫うようなことはしたくなかった……できるならこのまま逃げて……」
「痛むけど我慢して」
私はアウラの言葉を無視してまた傷口を押さえる彼女の手を押し除け懐から取り出した消毒薬を口に含み傷口に吹き付ける。
さらに有無を言わさずアウラの体勢を崩して身動きが取れない状況を作り出し包帯を素早く且つキツく巻きつけると、彼女はたまらず叫び声を上げた。
治療が終わった後、アウラは涙目で恨めしそうにこちらを睨んできている。
「……手枷、外してくれてありがとう……応急処置だけど出血は抑えられた……手荒にしたことはごめんなさい」
詫びの言葉と共に私はアウラに微笑みを向ける。
アウラは怒る気力も失せたのか湧かないのか力無くため息を吐き
「強引過ぎですね……それに、私はあなたを攫った相手ですよ……さっき私が言った通りに放って逃げることもできたはず……ですよね?」
アウラの問いに私は苦笑して口の周りの血を袖で拭い
「我ながらお人好しだとは思うけど、優先するのは私情じゃなくて患者を救うことと決めてる……少しくらいは意趣返しの意味もあるけど」
私は笑みに少しイタズラっぽさを混ぜさらに言葉を続ける。
「……あと、こういう時に逃げるのは性に合わないの……知ってるでしょ、私の不本意な二つ名……」
私はさらに口の片端を上げて護身用の剣を抜き放ち馬車の外で繰り広げられている乱戦の渦中へと打って出た。




