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中 四十二幕 医師

『何を……したの?』


 私はレインフォルトに問うた。


 目の前には負傷兵が安らかな表情で眠るようにその身を横たえている。


 レインフォルトは無言で負傷兵の顔についた血を水で濡らした布で拭う。


『何をしたのっ!?答えてっッ!!』


 私は強く訴えた。


「……彼は慈悲を望みました……私はそれに応えた……それだけです」


 レインフォルトは答えて私の身体を通して祈る。


『殺すことがそれなの!?……慈悲ってもっと優しい言葉じゃないの!?』


 私は怒りを込めて叫んだ。


『優しさとは……救いとはそれぞれの人の選択と心の中にある……あなたの思うような単純なものでも生易しいものでもありません……』


 レインフォルトは思念を紡いだ。


 いつの間にか身体の支配権は私に戻っていた。


 私は地面に座り込み下唇を噛み地面を何度も強く叩く。


 涙が溢れ出てくる。


 悔しかった……手を尽くして彼を救いたかった。


 納得がいかなかった。


『……彼を引き合いに出したくありませんが、ヴァロワレアンが持っていた短剣が慈悲ミセリコルデの名を冠している意味を考えなさい……』


 私は目を閉じる。


 戦場で負傷した者に止めを刺す為に在る斬りつける刃のない短剣……


 それは武器と呼ぶにはあまりにも異質だった……敵ではなく、死に行く者への手向けとしてそれは作られている……


 ミセリコルデ……スティレットには宗教的な意匠がほどこされたり、祈りの言葉が刻まれたものがあるのは知っていた。


 騎士の葬儀には必ず供に埋葬される。


 そう言った意味でも特別な存在……


『救えぬ命を引き延ばすのはそれをされる者の苦しみを長引かせるだけです……死を悟り慈悲を求める者にそれを与えないことは死に行く者の人としての選択を、そして尊厳を奪うことに他ならない……』


「でも!……それでも!私はそれを選ぶべきではないと思う!!」


 アリア達が聞いていることもお構いなしで私は叫ぶ。


『……人の死には尊厳があって然るべきだ……あなたは一見綺麗に見える理屈とあなたの都合で彼の選択を否定し尊厳を踏みにじるつもりですか?』

 

 私はそれ以上言葉を紡ぐことが出来ず顔をクシャクシャにして泣いていた。


「お姉ちゃん……」


 アリアが心配そうに私に声をかけてくる。


 これではどちらが子供なのかわからない。


 それでも涙は止まってくれない。


『……あなたなりの救いの形を問い続けなさい……あなたが医師を志すならば多くの死と直面することになる……救えない命は決して少なくない……いや、本当の意味で我々は誰も救えていないのかも知れない……人は皆いつか死ぬのですから……』


 レインフォルトの悲しげな言葉に私は俯く。


『だからこそ問い続けなさい、あなたの答えはあなたにしか出せないのですから……さあ、立ちなさい、あなたに救いを求める患者がこの旅路の先に居る限り、あなたの命ある限りそれに応えなさい……あなたが医師で在らんとするならば……!』


 私は顔を上げる。


 そこにはアリア、カルロス、エレノア……縁あって集った仲間……


 アリアを救った時歩むことを決めた人を救う道……


 私は涙を拭いて立ち上がる。


「……行こう……次の患者が待ってる……!」


 私の言葉に3人は微笑み、共に歩き始める。


 行く手には険しい斜面が続き、幾重にも連なる木々と重なり合う枝葉に遮られ先は見通せない。


 それでも行くしかない……


 これが私の選んだ道だから……

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