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中 第三十五幕 煙草(たばこ)

「とりあえず焦るなレイチェル」


 経緯を聞いたバートはレイチェルにそう声をかけた。


「だけどさぁ……アタシも年長組だぜ、稼がないとよぉ……というかここから移ろうぜ、厄介な奴もいるし、ここじゃ皆食ってけねぇよ……」


 レイチェルはどこか拗ねているように見える。


「僕達がそう簡単に受け容れられないというのはわかってたことだよ……それでもシェリーみたいに働く道を示せてる、少しずつ行こう」


 レイナードの言葉にレイチェルは複雑な表情を浮かべる。


「話は変わるんだが、ジェイクさんから依頼が来てな……」


 その名前を聞いてレイチェルが顔をしかめる。


 ジェイク……私は会ったことがないが変わった憲兵らしく、凄腕でレイチェルを捕まえて見せたらしい。


 その後、バートに取引を持ちかけて、バートがそれに応じたためレイチェルを解放してくれたが、そのかわりバートに時折依頼をこなすことを要求してきた。


 もう5回程ジェイクからの依頼というか仕事の斡旋を私達はこなしているが、ジェイクは3割程稼ぎから抜き取って私達にお金をちゃんと払ってくれていた。


「少し前にいきなり前金を押し付けられた……もう撒けてるとは思うけど、結構回り道して帰ってきたんだが……」


 バートは皮袋を朽ちかけたテーブルに置き珍しく不安げな表情を浮かべる。


 前回の依頼は建築現場の手伝いということで、数人の男の子達が行って給金をちゃんと貰って帰ってきた。


 レイチェルは悪し様にジェイクのことを語るが、私としては悪い人に思えない……少なくともマフィアよりマシだろう。


 その証拠にマフィアについては不満を言うバートもジェイクに対して悪いことを言わない。


 バートの置いた皮袋の口からはそこそこの数の銀貨がのぞいていた。


「これってすごいお金なんじゃ……」


 私は思わずそう口にする。


「今回の依頼は危険だ……どうやらこの辺に墓荒らしをしてる奴がいるらしい……それで」


「よう、邪魔するぜ」


 バートの話の途中で突然ドアが開き男が入ってくる。


「テメェは……!」


 レイチェルが隠し持っているナイフを引き抜く。

 

「ジェイクさん……なんで!?」


 バートが驚きの声を上げる。


「ここくらいとっくに特定できていたさ……それにまぁ、顔見せと作戦会議ってやつをしようと思ってな……改めて、俺がジェイクだ……ヨロシクな」


 憲兵の制服は着ていないが、この男がジェイクらしかった。


 黒めの褐色の肌、長めの後ろに流した髪に鋭い目付きの黒髪赤瞳こくはつしゃくとうの男だ。

 体格はかなり大きく、粗野な雰囲気を隠そうともしていない。


 ジェイクは懐から紙巻煙草を取り出して咥えその先にマッチで火を灯してゆっくりと紫煙しえんくゆらせる。


 狭い部屋に充満した嗅ぎ慣れない煙の臭いに私を含めた場の一同が顔を歪める。


 最近ごく少数の人間が始めた嗜好品にそういったものがあるとは聞いていたが、見るのは初めてだ。


「……さて、今回の話は俺からの直接の依頼ってことになる……」


 ジェイクは口元から煙草を外して煙を吐き出し話を切り出す。


「待ってください!……貴方は憲兵なんですよね!?ならなんでこんなことを?」


 私の問いにジェイクは鋭い目つきのまま口元だけで笑みを浮かべ


「……下らんことを聞く嬢ちゃんだ……少々事情があって憲兵の安月給じゃ足りねぇんでな、お前らをかませたビジネスをしようって話をこないだそこのバート君としたんだよ……平和的にな……そこまではいいな?」


「ざけんな!何が平和的だクソがっ!!」


 レイチェルがナイフを手にジェイクに襲い掛かろうとするが、バートがすかさずレイチェルを止める。


 ジェイクは興味も無さそうにレイチェルを一瞥し


「相変わらず威勢のいい嬢ちゃんだ……俺からすれば平和的かつ紳士的に交渉をしたつもりなんだがな……もっと荒っぽくしようと思えばそうできてたんだぜ……」


 語尾と共にジェイクは笑みを見せるが、裏腹にそこから発せられた鬼気とも言える程の威圧感に場の全員が固まる。


 レイチェルも悔しげだが引き下がらざるを得ないほどの力がそこにはあった。


 今までマフィアなど悪い大人と関わることはあったが、ここまで危険を感じる人間を初めて見た。


 ジェイクは圧を緩めて笑みを深め


「……まぁ、お前らにとっても俺は悪くない存在だろう?……仕事を当てがった上でちゃんと金を回してやってる……仕事の内容は真っ当で、しかもマフィアに比べれば遥かに良心的な割合でだ……これからもお互い仲良くやろうじゃねぇか……なぁ?」


 ジェイクは取り出した灰袋(はいぶくろ)の中に煙草の灰を落としつつ少しおどけて見せる。


「さて……話が逸れちまったが、今回お前らに頼みたいのは墓荒らしが何のためにそんな事をするのかを確かめてもらいたいからだ……」


「……それを知ってどうするんです?」


 レイナードの問いにジェイクは目をつぶってふたたびタバコをくわえて一服いっぷく


「もしかしたらそいつは俺の求める人材かも知れねぇ……憲兵としてしょっぴいちまったら異端審問官への引渡しになりかねねぇからな……今の内にお前らに先に接触してもらいたいってワケだ……」


 ジェイクは銀貨の入った皮袋に手を入れて一枚の紙片を取り出してバートに手渡し、さらに腰に提げているカンテラと油入れ、そしてマッチを机に置く


「このカンテラは必要経費だ、やるからお前らで上手く使え……内職のお供にもなるだろうしな……」


 ジェイクは少し私を見て少し笑みを浮かべる。


「さて、本題だがお前らには今日の夕方から深夜にかけてこの紙に書いている場所にある墓場に行ってもらう……今日遺体が埋葬されたのはここだけだからな……」


 ジェイクの口から出た不穏な言葉に私達は固唾を飲む。


かんのいい奴らしいから少人数で行け……墓場で待ち伏せ組と、申し合わせた時間に墓場の奴らが帰ってこない場合に道中で隠れて助けを呼びに行く組、各2人で行動しろ」


 ジェイクは計画を淡々と説明する。


「灯りを使うなら助けを呼びに行く時だけにしとけ、居場所を教えちまうからな……俺は夜勤だから第二憲兵詰め所にいる、ヤバそうなら迷わず俺を呼びに来い……妙な術を使うようだから油断はするなよ……頼んだぜ」


 ジェイクはそう言って灰袋に煙草をねじ込み、バートの肩を軽く叩いて去っていった。


 その後、小さな子達が泣き出して私達は宥めるのに苦労することになった。

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