中 第二十七幕 包囲(ほうい)
次々と患者が押し寄せる激務の後、私達は帰路についていた。
町は疾うに夜の帷の只中にあるものの、眠りにはついていない。
至るところに配された篝火が町並みを照らし出し、軍靴の底で石畳を叩く音を撒き散らしながら兵士達が至る所を闊歩している。
この町は戦場の最前線に程近いこともあり、いつも物々しく緊張感のある空気が流れている。
しかし、非番の兵らしき酔っ払い達がポツリポツリと路上で座り込み壁に背を預けて酒を煽っている様が隠しきれない悲壮感と退廃的な雰囲気を醸している。
まるで死に魅入られた町のようだ……
『人間……とりわけ為政者というのはいつの世も歴史に学ぼうとしないものですね……このようなことを繰り返したところで栄華どころか破滅しか手に入らないというのに……』
レインフォルトの呟きに私は心の中で相槌を打たざるを得なかった。
この光景の先に明るい未来があるとは思えない。
侵略国家としての歴史が長い帝国は貴族社会や貿易商などの一部は豊かに見えるかもしれないが、度重なる増税と徴兵による国内の疲弊は色濃く、民衆の不満が高まる一方なのは世事に疎い私でさえ感じている。
私達は滞在させてもらっているエレノアの家に帰るためカルロスを先頭に歩いていた。
込み入った場所にあるエレノアの家は潜伏場所としては申し分かった。
その上広くはないがカルロスを除いた3人で過ごすには困らない。
カルロスはすぐ近くに別の宿を取っており、いつも私達を送ってからそちらに帰っている。
もう少しで目的地に着く所でカルロスが突然足を止める。
私達は戸惑いながら道の先を見ると、そこに広がるのは深い闇だった。
「……おかしい……なぜ今日はこの先で篝火が焚かれていない……?」
カルロスの言葉に私は嫌な予感が悪寒となって背筋を走るのを感じる。
ゆっくりと闇の中から現れた数人の人影は一様に抜き身の剣を手に提げていた。
「アリア、私の後ろに……」
私の呼びかけに応じてアリアが寄り添ってくる。
「なるほど、これは収穫だ……そこの小さなお嬢さんがアリアか……」
後ろから響いた声音に振り向くと、そこには皺一つないスーツを纏い山高帽を目深に被り杖をついて立つ姿勢の良い老紳士の姿があった。
老紳士は目深に被った山高帽の鍔を徐ろに持ち上げ口を開く
「告解室でご両親が待っていますよ……異端者アリア=オルラント、お前が生きているだけで罪深いということを思い知るがいい……」
山高帽の下から現れたのは歪んだ嘲笑だった。
見開いたその視線から感じるのは敵意と侮蔑。
吹き付ける鬼気とさえ言える程の狂気に私は気圧される、同時に背中越しにアリアが身を固くするのを感じた。
「……おっと……私としたことが、失礼……」
咳払いをして再び落ち着き払った態度と口調に戻り老紳士は言葉を続ける。
「……そして、そちらのお嬢さんがクレア=ブランフォード殿ですな……上流貴族の方と見えるとは光栄の至りです、しかしながら異端とあれば容赦はできませんな……私はミシュパート=アスカロン……"鋼の経典"に名を連ねております」
老紳士が悪名高い"鋼の経典"として自己紹介を終えると、隠れていた武装した人影が至る所から姿を現しミシュパートの周りを固める。
私達は武装した集団に取り囲まれる形となっていた。
(鋼の経典……異端審問官……)
考え得る最悪の邂逅に私は心の中で舌打ちをした。




