中 第二十四幕 診療所
先週は体調不良で休んでしまいすみませんでした。
明かり取りの窓から差す光があっても馬車の中は薄暗い闇に浸され等間隔で聞こえてくる馬達の蹄の立てる音に乗せてゆっくりと揺れていた。
中にいるのは一人の老紳士といった服装の男とその護衛らしき傭兵風の男、黒づくめの女性と顔を包帯で隠しさらに目深に鍔広の帽子を被った大柄の男の四人だ。
誰も口を利く者は無く、馬車の中の空気はどこかヒリついている。
「…………ポートギスにレインフォルトの根拠地がある……その情報は確かなのかしら、ミシュパート殿?」
黒を纏った女性がその目に鋭い光を湛えたまま微笑を浮かべて老人に話しかける
「私を疑うのかな、ジャハンナ殿……まぁ、存在そのものが確かではない者に対して確かも何もないだろうが……しかし、言い切れもする……」
話しかけられた老人、ミシュパートは昔を懐かしむように目を細め雌獅子の意匠の施された杖を撫でて言葉を続ける。
「……そうでなければあの時代……異端者狩り最盛期を異端審問官と帝国を相手取って生き残ることなどできぬよ……」
女性はため息が漏らし
「いかに優れた技術を持っているとはいえ一介の魔術師でしょうに、皇帝陛下は何を考えているのかしらね……教皇猊下もよくわからないけれど……」
「ジャハンナ殿……貴女はレインフォルトの有用性を誰よりも知っておるのだろう?道化を演じるのは止してもらおうか……」
ミシュパートは視線を尖らせ低い声音で牽制する。
「あら、才気を隠せていなかったかしら……失礼、ミスター・ミシュパート」
突き刺すような視線に晒されてもジャハンナは微笑と余裕を崩さず皮肉を口にする。
ミシュパートは不機嫌に一つ鼻を鳴らして立てた杖に体を預け目を瞑る。
ジャハンナも黙り込む。
隣の御者も不気味に沈黙し、ミシュパートの護衛はずっと御者を睨みつけている。
(……そろそろ街に着く……帝国とポートギスは激しい交戦状態……この情勢ではおいそれと越境とはいくまい……おそらく奴はこの街に居る……)
(狂犬のような男かと思ってたけど意外に頭がキレるようね……厄介な老耄ね)
その場にいる者達のそれぞれの思惑を乗せて馬車は国境付近の街へと歩みを進めていった。
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あれから数日が経った。
私達は酒場の店主トビーの口利きで目立たない廃屋を借り受けて闇医者として幾人もの人を救っていた。
この時点で只者ではないあの店主が何者なのか気になるところだが、今の私はそれどころではない過酷な状況にあった。
単純に患者の数が多いのが理由だ。
ここは戦争の最前線に近い町……それ故に怪我人や病人には事欠かない。
正規の医師だけでは間に合わないため帝国軍も闇医者のような存在を黙認し頼っているのが現状だった。
設備がないことを理由に重症患者を受け入れていないのがせめてもの救いだろう……それを受け入れたら文字通り戦場になりそうだ。
診療に於けるレインフォルトの判断は迷いなく的確だった。
そこから私は少しずつ診断の仕方や薬の処方を学んでいく。
意外にもアリアが優秀で、薬の効能や道具の使い方をどんどん吸収していってくれている。
ちなみにアリアはエレノアには懐いてくれた。
カルロスは相変わらず苦戦中だ。
薬師のエレノアも対応できる患者は対応してくれている。
荒くれ紛いの帝国兵が起こすトラブル等はカルロスが話術と時々だが力技を駆使して上手く解決してくれている。
元とはいえ聖騎士団長の名は伊達ではないようで腕っ節は強かった。
こうしてなんとかこの廃墟の診療所は回っている。
レインフォルトはこの状況でも余裕があるようだが、なかなかポートギスに行けずにいることに苛立ち始めていた。
ミシュパートとかいう異端審問官はかなり厄介のようだし、帝国からもレインフォルトは追われているのはわかっている。
帝国側がおそらくだが現状を理解できていないことがせめてもの救いなのかもしれない。
あの酒場の店主が手を尽くしているようだが私達の出国の目処は未だ立っていなかった。
私も胸の中に渦巻く焦燥感を自覚せずにはいられなかった。




